3-2 執筆の条件は?
「えええええ!?」
絶叫するのも当然だ。太陽神・天照大神がじきじきに、神話の加筆を依頼してきたのだから。
「ど、どうして……」
「最近、人間たちから神様への信仰がどんどん薄れてきているの。ほら、地上では、ハラハラドキドキのラブロマンスや、スリル満点のアクションものが流行っているでしょう。きっと古臭い神話は退屈なのね。だから、もう少し刺激を足したいなあと——」
アマテラスが早口でまくし立てた。鼻先がくっつきそうな距離で、ぎゅううっと手を握られる。
「ね、いいでしょ。お願い」
笑顔を浮かべてはいるが、これは脅迫そのものだ。
途方に暮れたわたしの視線を受け取り、エンマ様が助け舟を出してくれた。
「彼女はおれの部下です。いくらあなた様であろうと、勝手に仕事をお与えになっては困ります」
「やだあ、つれないのね。でも償いがなければ、わたし、この子を許せない」
アマテラスは唇を尖らせた。同時に手の力が強まる。指を逃がす気はまるでない。どうやら本気のようだ。
エンマ様が、わたしにたずねる。
「おまえはどうしたい」
「この子に聞くんじゃなくて、あなたが決めればいいでしょ。上司なんだから」
アマテラスがおかしそうに笑いながら口を挟む。
「彼女は冥府に身を置いていますが、今も記者です。記事を書くかどうかは、彼女自身が決めること」
エンマ様は、アマテラスを見もせずに答えた。わたしの目を見つめている。
わたしはアマテラスの胸元へと視線を落とした。衣の下には、ヒイ様の首飾りが隠されている。
「……書けば、返してくださるのですか」
「それは記事の出来次第ね」
にんまりと口角を上げるアマテラス。
わたしには、うなずくという選択肢しか残されていなかった。
あの世って、どうしてこうも怖い人ばかりなの。エンマ様しかり、アマテラスしかり、勝手者が多すぎる!
「では、本日の裁きが終わるまでお待ちください。業務後に、おれも同行させていただきます」
「ええっ、嫌よ。待てないわ。わたしを誰だと思っているの。太陽神よ。忙しいのよ」
アマテラスが、ぶうぶうと文句を垂れる。
「今日一日だけ、彼女を貸してちょうだい。夜には返すから。これで万事解決ね」
「何も解決していません」
エンマ様が無愛想に突っ返す。
アマテラスの瞳がきらりと光った。
「よほど優秀なのね。この子がいないと冥府の仕事は回らないのかしら? それとも、並々ならぬ愛着があったりして?」
エンマ様はアマテラスの視線を受け流し、ひとつため息をついた。埒の明かない相手だとあきらめたようだ。
「承知つかまつりました。ただし、取材は冥府の中で行ってください。外には連れ出さないように」
「ええっ、嫌よ。辛気臭いお城でおしゃべりなんて、気が滅入るじゃないの。高天原でパフェを食べながら話しちゃだめ?」
「またわがままを。あなたにとっては一日でも、時間の流れがずれていたら困りますので」
アマテラスはわざとらしく肩を落とす。
「どうしてこうも暗いのかしら。シャンデリアでも吊るしたらどう?」
「元気や明るさを求められる職場ではございませんので」
「それはどうかしら。死者たちからのクレームを忘れたの? あなたたち三人とも、ちっとも反省していないらしいじゃないの」
「しております。だから彼女を雇いました」
なんということだ。アマテラスは、冥府に職場改革を突きつけた張本人らしい。これじゃますます無下にできないぞ。
「まあ、わたしはかまわないのだけれど。そろそろ成果を出さないと、わたしの家族がうるさくなるかもね」
アマテラスはくすりと笑った。これが〝高天原のロイヤルファミリー〟か。
血筋、家柄、権力。地上と何も変わりゃしない。そう思えば、少し気持ちが楽になった。
腹は立っていたものの、胸の内では好奇心がむくむくと起き上がる。
神話の中心人物であるアマテラス自身が語る——それを直接、取材できるなんて。しかも、ご指名で。
アマテラスはわたしのことが憎いはず。弟の活躍を台無しにしたのだから。そんな俗物に頼んでまで記事にしたいとは、一体どんな内容なんだろう?
こうなったら、本人も度肝を抜くような記事を書き上げる!
・・・・・・・・・・
仕事を休み、わたしの部屋で取材を行うことになった。
パフェはもちろんお預けだ。高天原にカフェがあるのかは知らないが。
扉を開けるなり、アマテラスは「あらあら、地味な部屋」と言い、家具を見て回っては、「まあまあ、小さな衣装箪笥」と言った。すみませんね。
床には、くしゃくしゃに丸めた紙屑が散らばっている。掃除しておけばよかった。でも、昨日の今日でお客が来るとは思わなかった。それどころか、七十年間で初めての来客だ。
「二人分の椅子がなく、申し訳ございません」
「かまわないわ。一緒に座りましょうよ」
アマテラスが寝台にダイブした。空いた場所を、ぽんぽんと叩く。女子会か!
しかし他にどうしようもなく、アマテラスの隣にちんまりと腰掛けた。手帳をぱらぱらとめくる。
すると、ひょいと片手で取り上げられた。
「ちょ、ちょっと」
「ねえ、れいれい」
突然、馴れ馴れしいあだ名で呼ばれた。アマテラスは枕を両腕で抱えている。女子会か!
「好きな人はいる?」
女子会か! ……いや、もはやツッコむのも面倒になってきた。
アマテラス様は何がしたいのやら。
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