3-1 閻魔vs天照、強いのはどっち?
すぐに名乗り出ることはできなかった。
しかし、アマテラスオオミカミが振りかざしている紙束は、確かに昨夜、自分が完成させた記事に見える。
「高天原のみんなで回し読みしちゃった。大変、興味深かったわ。すでに地上でも話題になっているわよ」
アマテラスの琥珀色の瞳は澄み切っていて、腰まで届く美しい髪が揺れている。
「おい、おい、おい——あれ、れーちゃんの字じゃないか?」
司命が、嘘であってくれと言わんばかりに振り向いた。
たぶんわたしも負けないくらい真っ青な顔をしている。
「でも、昨夜、カラスに預けたばかりなの。そんなに早く広まるなんて……とてもじゃないけれど……」
司録があきれて目玉をぐるりと回した。
「言ったでしょう、ここでの時間の流れ方は特殊だと。一日が千秋になったり、長久が つかの間になったりするのです」
もはや白状せざるを得ない。おずおずと手を挙げた。
「わたしがそれを書きました」
「そう? あなたのお名前は?」
「太野 礼阿と申します。あのう、どうやってその記事を手に入れて——」
言葉が止まった。あるものに目が釘付けになったのだ。
アマテラスが得意げに握っているのは、和紙の束だけではない。そのこぶしの隙間から、貝殻の首飾りも垂れている。
「それ、返してください」
思わず声がこぼれる。
「なあに? この薄汚れた貝殻のこと?」
アマテラスが首飾りを大きく振った。カチャカチャという危なっかしい音。貝殻がぶつかり合い、糸が軋む。
腹の底で、何かがふつふつと煮え立った。
「乱暴に扱わないでください!」
「これ、娘からヤマタノオロチへの供物でしょう? 記事で読んだわ。印象的なシーンだった」
「……それでもあなたには、薄汚れて見えるのですね」
「印象的とは言ったけれど、感動的とは言っていないわ」
アマテラスは貝殻を指先でつまみ上げ、ロウソクのわずかな光に透かした。首をかしげる。
「だって、これを捧げた娘は、結局生贄になったわけでしょ。何のご利益もないじゃないの」
気づけばわたしは立ち上がっていた。大声が出る。
「返してと言っているでしょう!」
「嫌あよ」
アマテラスは、紙束と首飾りを懐にしまった。試すような表情をしている。
首飾りを手放すべきではなかった。後悔に押し潰されそうだ。
「今すぐ返して。親愛を理解できないあなたが持っていていいものではありません」
アマテラスの顔から、軽薄な笑みがすっと消えた。
「……誰に向かって物を言っている。身の程をわきまえよ」
先ほどまでの戯れの調子は、影もない。
「我は天照大神。太陽と高天原の支配者ぞ」
空気がぐらりと歪んだ。アマテラスの背後に光がにじみ出す。最初は淡い。しかし次の瞬間には、目を焼くほどの輝きへと変わった。
まるで太陽がすぐそこに現れたかのようだ。視界が白く染まる。
「ひ……っ」
思わず目を閉じ、腕で顔をかばう。ただ明るいだけの光ではない。怒りの形をした熱だった。皮膚がじりじりと焼ける。
すぐ前方で、紙のめくれる音がした。続いて筆先が紙を走る。
すう、と空気が変わる。熱が引いた。
恐る恐る目を開けると、冥府に暗闇が戻っていた。まだ腕を下ろしきれないまま、周囲を見回す。
「……閻魔帳で、光を消してくださったのですか」
目をしばたかせた。
「正確には、光を消したのではなく、物象を本来の姿に戻したのです。閻魔帳に記されたのは、〝真如〟ですから」
「要するに〝あるべき姿に戻れ〟ってこと。冥府は本来、日の目を見る場所ではないからな」
双子が解説してくれた。そして揃って、「これ以上、アマテラスに背いたら承知しない」という目をわたしに向ける。
アマテラスは肩をすくめた。
「相変わらず嫌な力ね。冥府では、あなた以外の誰もあなたに勝てない」
「ご謙遜を」
エンマ様は袖をひるがえし、筆を置いた。
「わざわざ冥府にお越しになり、彼女に何を求めていらっしゃるのですか」
核心を突いてくれた。よかった。この状況で、自分じゃとても聞けない。
アマテラスは片方の眉を上げた。
「記事には苦情がつきものでしょう? そのくらいの覚悟はあって書いているのよね。
わたしが誰かお忘れかしら。スサノオノミコトの姉よ」
——そう。八岐大蛇の神話は、元来、須佐之男命の英雄譚だ。その須佐之男命の姉が、アマテラス。
弟の手柄を不意にされた怒りをぶつけに来たのか。
「それについては申し訳ないです。ご親族の方にとっては、不快な内容だったかと」
情けないほど小さな声が出た。
「申し訳ないと感じるなら、償いをして」
「償い……?」
「ええ」
アマテラスは突然、止める間もなくエンマ様の脇をすり抜け、猛進してきた。
前触れもなく両手を握られる。
「わたしの神話についても、記事にしてちょうだい!」
静まり返る冥府。
やがて。
「えええええ!?」
わたしと双子の声がきれいに重なった。
心にギャルを住まわせている陽の神、アマテラスの登場です。
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