第33部分 夢の途中
第33部分 夢の途中
俺はレナと結婚した。といってもレナの事情が事情で、披露宴はキャンセルしたが、ドレスアップした写真を二人で撮影した。二人のアパートを借りた。レナとは毎日いちゃいちゃしている。レナは可憐で美しくて、たまらなく可愛い。温かで柔らかいクチビルは何者にも代えがたい。そして甘えにかかる姿態と肢体を見れば、いつでも臨戦体制がとれる自分が幸せである。
いったん服を脱げば、白く埋まってしまいそうな肌に覆われた、何度見ても感嘆のため息が出てしまう見事な身体が飛び出してくる。もしもミケランジェロが見たとしたら、彫刻の歴史は変わったに違いない。オレはその肢体に溺れながら、窒息寸前のシアワセを味わい尽くすのだ。その気分は、
「もう世の中のみなさん、ごめんなさい」としか言いようがない。
一番のお気に入りは、呼吸するだけでいじらしく揺れ動く胸。プリンみたいに柔らかくて、手のひらに吸い付いてくるようなしっとり感があって、そして良い香りで満たされている。オレがいつか死ぬときは、ここで溺れるんだって決めてるんだ。
二人で重なって揺れるとき、レナは足を絡めてくれる、絶対離さないでって。向かい合ってキスしながら揺れるとき、レナは腕で背中を巻き締めてくれる。絶対離れないよって。オレもささやき返すんだ。
「レナ、大好き」
それは本気だ。心の底から思ってる。
新婚旅行は季節を考えてもう少し後に計画している。そのくらいのカネはある。レナお勧めのオーストラリアに行くんだ。レナ憧れの南十字星とウルル(エアーズロック)を見て、オレの好きな有袋類をいっぱい見て、北部の熱帯雨林を楽しむつもりだ。ただ…
初めての企画会議は一週間先にある。
オレが持って行くアイデアは二つだ。一つは広大な駐車場で自分の車をどこに停めたか分からなくなってしまうヒトが意外にも多いことだった。たしかにF8などと案内掲示はあるが、
その番号自体を忘れるともうお手上げで、貴重な帰りの時間をクルマ捜しに費やすヒトは一定数いるのだという。
そこで監視カメラの番号読み取り技術と追跡を用いて、番号か入庫時間を入力すれば、自分の車の駐車位置を検索できるアプリを提案する。設置してある端末ならそのクルマの映像を映しそこまでの経路を印刷できるようにしたい。
二つめにはグループの待ち合わせアプリ。GPS機能と合わせて、グループの誰が施設内のどこに何分いるかを表示させることができる。普段からずっとGPSで見張られている感じなのはイヤだ。だけどここにいるときだけは、という限定条件付きになる。ラインなどで問い合わせなくても、相手から返信がなくても一目でわかる機能は使えると思うが、どうだろうか。
その日がやってきた。
不安な想いで社長室に行くと、
『今日はタク、昼間は用事だらけでね、一八時にここへいらっしゃい』
差し出されたカード型の紙は、ちょっと贅沢な料理店のものだった。
『今は悪いわね、タク。そのかわり夕食食べながら聞きましょうか。ダイジョブでしょ?』
返事は一種類しかなかった。
「あ、恐縮です。それでは御馳走になります、でよろしいですか」
『もちろんよ。残業手当の代わりにね』
向かい合って座り、夕ご飯を御馳走になった。足が軽く触れあっていた。故意だと思うけど、オレはそのままにしていた。食べ終わって説明に入ると、
『逆さまじゃ見難いでしょ』
と言って、わざわざすぐ隣に位置を変えてくれた… けど近いんだ。気付くと女の顔をした顔が下から見上げてきている。一番近くにクチビルがある。オレは木や石ではないから、ついクラクラしてしまう。正直に言うと賢くて話が合うこういう女性には弱いんだ。
この日報告が終わると、社長は左後ろから彼女の右手をオレ右肩にまわしてこう言った。
『タクおつかれ。今度の会議で提案するから、紙ベースでアタシに提出ね、頑張ってね』
「はい、わかりました」
『あと、ルーベッドはね、今すぐでなくても研究と準備と布石を進めてちょうだい』
「しかし、②と③がどう考えても難関ですよ」
『承知の上よ。アタシ無理かもって諦めるのが大嫌いなの』
彼女はオレのコトバに被せるように宣言した。それから少し間をおいて付け加えた。
『経営も事業も… オトコも、ね。わかった?』
「よくわかりました。社長、今日は帰ります。明日朝一番に出掛ける用事がありますので」
彼女の右の胸は、オレの左の背中で面積を広げていた。
『そう… 今日は御疲れ。アイデアが浮かんだら、すぐ報告してね。おやすみ』
「おやすみなさい、失礼いたします。」
いつまでも胸の感触が背に残り、そしてまた甦った。複雑な気持ちだった。
その日オレはレナを抱いた。今夜はベッドサイドの電灯をぼんやり付けておいたし、レナも拒否しなかった。
大洪水、大暴風のあと、レナは虚脱していた。寝入る一瞬前にふと目を開けて、
『今日はなんか… 激しかったね。いっぱい感じちゃったじゃん、やだぁ』
相槌を打つ間もなく、穏やかな寝息が聞こえてきた。オレはそっとレナに寄り添い、毛布を引き寄せてアゴまで被った。
数日経って南風原が近づいてきた。周りに誰もいないことを確認すると、そっとささやいた。
『ヤマちゃん、オレはヘッドハンティングしたつもりだったんだがな』
にやにや笑って抜かしやがる。近頃オレはコイツと仲が良い。
「おい、バル、なにが言いたい?」
バルは南風原のバルだ。
『オレの歩んだ道だな、たぶん。社長の目線を見れば、何が起きてるかわかるさ』
「何もないよ。例の特命企画の報告さ」
『じゃ、まもなくあるさ。オレはコックハンティングしちまったみたいだな』
「まさか、良い加減にしろって」
『ふふふ、あと二か月経っても言えるかな』
オレは言葉に詰まった。
「ははは、確かに。オレの負けかもな、たぶん」
『ヤマちゃんは素直だな』
「オレもな、悩んでるんだよ。魅力も立場も、勝てる気はしないな。色気が壮絶だろ』
『あと、おっぱい押し付け攻撃な。あれで堕ちないオトコはいないってさ』
「十八番なんだ。オレだけかと思ったのに」
『いいさ、それが男だ。給料のうちだと思え。まんざら悪くもないだろ』
「なるほど良いこと聞いたよ、ありがとう。さすが友だな」
『彼女が良い気分なら会社も伸びる。みんなの生活のためだと思って励めよ』
「しかしオレ新婚なんだから。いくら何でもヨメに悪いだろ。だから…」
『そこがヤマちゃんの良いところ… でもあり、悪いところでもある』
「待てよバル、悪いってどこが?」
『民事でも不倫は犯罪だ。でもお前の肩には一家の生活が懸かってるんだろ?』
「それは… そうだよ」
バルはレナの素性を知らない、だから大富豪だったことも、今は帰る実家があるかないかも分からないなんてことまでは知らない。要するにごく普通の一家なんだよな、今は。
『一家を支えるための仕事に打ち込み、カネを稼いで帰るのは悪いことではない、だろ?』
「しかし、レナに…」
『最後まで聞け。仕事の一環が不倫なんだから仕方ないだろ。売春婦って知ってるな?』
「ああ、もちろん」
『家にはヒモが居たりする。女がヒモとの生活を守るには、身体を売るしかない、よな』
とうとうオレは売春婦にされてしまった。
「ちょっ待てよ、なんで売春…」
『聞けよ! カネを稼ぎ、嫁さんとの生活を守るためなんだろ? 何が悪いんだ?』
「それはそうなんだが…」
『その、「だが」ってのが余計なんだよ。ビシッと割り切れよ。他に手段があるのか?』
「… うっ」
『あるまい。ないなら、このまま進むのだ、わかったか。イヤじゃないんだろ』
「… う、うん、そうだな」
『ただし…もし嫁さんが将来浮気しても、決して責めてはいかんぞ。オレと約束しろ』
「わかった、約束する。バル… ありがとう、良いこと言うなぁ」
『それにそのうち飽きるさ、心配御無用』
「そっか… そりゃ、むしろ残念かもな。今度飲みに行くか?」
『待ってました。じゃ近いうちに、またな』
「またな」
『なあ、ヤマタクよ』
バルがオレを呼び止めた。そして、
『正直言うとな、ジェラシーしてるんだ… 口惜しいからさぁ』
バルはちょっと涙ぐんでいた。
「バル、お前良いヤツだな」
オレは少し戻って、バルの背中軽く叩き、軽くハグしてから別れた。




