第31部分 社長
第31部分 社長
今朝から五月雨ホテルに出社する。オレは念入りに顔を洗い、身支度の終わりにネクタイを締めた。このビラビラなヒモを締めるとなぜフォーマルなのかちっともわからないが、何も自分から印象を悪くすることもない。体調も悪くない。
「さあ、行ってくるね」 オレは幻のレナに話し掛ける。
『早く帰ってね、帰ったら、ね、一緒にごはん食べよ』
「楽しみだな」
『そしたら並んでテレビ見るの』
「レナはね。オレはそんなレナをずっと見てるよ、たぶん」
『もう、バカ、タクったら』
もちろん妄想の会話である。もうじきリアルになるだろう。ああ、もう行かなくっちゃ。
五月雨ホテルに着いたら、南風原が迎えに出てきた。
『おはようございます。月見里さん』
「南風原さん、おはようございます」
『今から社長室にご案内申し上げます』
「よろしくお願いいたします」
『失礼いたします』
ノックのあとに告げる。
『どうぞ』
応えのあと、南風原と社長室に入る。
そこには、上品で顔立ちの整った女性が腰掛けていた。
オレが挨拶しようとすると、女性は顔の前に手のひらを広げ、左右にひらひらと振ってみせた。
『時間の無駄よ。月見里さんのことはだいぶ調べたから、もう知り合い同然なの』
「はい、わかりました」
『逆にアタシが自己紹介しなくちゃね。知らないおばさんでしょ』
「恐縮ですが図星です、まことに」
女性はにっこりと微笑んだ。
『アタシが社長の熊野御堂 玲子、父の後を継いで社長になったわ』
このあと、好きな食べもの、嫌いな食べもの、好きなこと、苦手なこと、座右の銘、男性の好み、独身であること、など、およそ十五分にわたる独演会が始まった。
ちょっと時間の無駄な気がする。
それはそうと… 玲子は南風原を顧みて、
『条件は倍だっけ?』
『左様でございます』
『月見里さん、基本給が倍の意味ね。手当はみんなと同じよ、それで良い?』
「はい、もちろん。あと、タクと呼んでください。みんなにもお願いするつもりです。」
『わかったわ、タク。あ、南風原さんはもういいわ、お疲れ』
今日は初めてだから軽くウォームアップね。そう言いながらも玲子は果敢に斬りこんできた。
『帝北さんはいつからアレをやってたの?』
「今から十四年前だそうです」
『儲けは正直どう?』
「収入は多いですが、必要経費はバカになりません、主に接待と贈賄ですね」
『そうでしょうね。でもカネが大きく動くのは魅力的ね。料金は?』
「いくつかランクとオプションが付いたコース設定がありました。最低ランクは一部屋四人の契約金が三千万円、月で三百万。そんなケチ臭いコースのお客様はいらっしゃいませんでしたけど」
『スタンダードだと?』
「契約金七千万円、月七百万というコースがダントツでした。ラッキーセブンだそうです」
『会計はカードね』
「もうホテルに任せる…と専用のカードをホテルに預けてる方が多かったですね」
『さすが、豪儀だわ』
「何でもOKなんです、基本。トランク一杯のキャッシュで銀行呼んだ伝説がありました」
『じゃ今度はね… 誰を抱き込んでたの』
「そこは詳しく知りません、新米なので。わかる範囲で勘弁してください」
『いいわ』
「まず最初は専用の従業員。ここから漏れては元も子も… 身元と家族チェック」
『当然ね』
「言動チェック、個人SNSチェックそして交友と交遊のチェック。興信所を使います。そして、口の軽さチェック。まず試しに興信所の人間と共に他の部署で採用しまして…」
『採用して…?』
「仲良くなって飲みに誘って、上司の悪口やウワサで誘って様子を見ます」
『なるほど。興信所のヒトと仲良くなっちゃわない?』
「すく辞めますし、判定は上層部です。ICレコーダーとビデオで撮影してますので」
『そこまで…! ワルよねぇ』
「あとで紹介する方々にも、基本同様な内部審査をしていました。カネかかりますよ」
オレは続けた。
「次は医者。《精神は腐ってても口は堅い医者》を捜すんです。これは普通なら大変です」
『偽の死体検案書を作るけど、チクらない医者ってことね』
「死体が生じる限り避けられない。賄賂も大変です、イヤなら自分でやるしかない』
『それだけ?』
「もちろん画像加工も得意な方をセレクトいたしますよ」
『普通じゃない方法って?』
「ノマセルダカセルニギラセル、ですね」
『え、なんと?』
「飲ませる抱かせる握らせる、つまり飲食、女、カネのことです… あ、失礼」
『ああ、いいのよ、ダイジョブ』
「あとは弱みを握ったうえで御協力いただきます。だから興信所との繋がりは深いですよ」
『やっぱりそうでしょね』
「大部分は併用してました。だからカネはかかる。しかしここが急所です、仕方がない」
『弱みは握ってるけど、カネも与える、というワケね』
「はい。口の堅さは幹部直々に調査します。接待係の特権とかって、風俗まで同行するんです」
『ふふふ、えらい御役目と役得だわ。でも必要だわね、それ』
「情報の整理と分析とか、もう特高(特別高等警察)とかゲシュタポ並みですよ」
『ふふふ、笑えないわ、それ…戦前? うふふふ』
「警察、葬儀場、市役所の市民課… 基本みんな同じやり方です」
『ふ~ん、じゃやっぱり必要だわね、なるほど』
「おっしゃる通り、接待が得意なヤリ手営業部長や課長が必須ですよ」
『タク、さんは、いかが?』
「お調べどおり、そのへんはあまり得意ではありません。タクと呼び捨ててください」
『あ、ごめんなさいタク。もうこんな時刻。次の商談があるの。明日またお願いね』
社長は片目を瞑り、片手拝みにオレを見ている。ちょっと…いやかなり可愛い。
「はい、ではまた明日お話させていただきましょう。今日はこれで失礼いたします」
席を立ち社長室を出た。扉の内側はジャスミンの香りだったが、廊下は喧噪の只中だった。そこにいた社長秘書らしき女性が
『では、こちらへどうぞ』 と南風原のところに導いてくれた。
翌日、最初に社長室に呼ばれた。
『きのうはありがとう、タクさん。今日はね、もしもの話をしてみましょう』
「もしも… イフですね… あっ、社長、二人だけですので、遠慮は無用で行きませんか」
『何の話か分かるの』
「そのために御声掛けいただいかと思ってました」
『いいわ、いっさいがオフレコね』
「ははは、まるでワルだくみしてるみたいですね。まあワルだくみなんでしょうけど…」
社長が堪えきれずに吹きだした。オレも笑った。ちょっと連帯感が生まれてきたようだ。
「早い話、《法に触れない焼き直し》ですよね」 主語はつけない。
『そうよ。ビジネスチャンスだもの』
「前のは前ので、それなり合理的で相利共生的でしたから、需要はあったんです」
『ただ、法律的には問題ありありね』
「社長、今日は御時間よろしいですか? かなり長くなるかと思いますが…」
『そこまでは余裕ないわね』
「わかりました。では、私が紙に書いて思案して来ます。それを今度、でいかがですか?」
『オーケー、タク。ではまた明日、ね』
オレは与えられた机に戻り、思いつきを紙に書きなぐった。まずはひとりで「ブレーンストーミング」してみるのだ。ダメとか無理とか言わずに、まずアイデアを出してみよう。
ええい、めんどうくさい、殴り書きで失礼!
【必須の典型パターン】
①生(病院)→ 世の中
②死→ 病院か自宅、または変死
③死体検案(医師)→ 病院か自宅、または警察:死体検案書等、死亡届、埋葬許可
④葬式(葬祭会社)→ 手近な葬祭会社
⑤火葬(火葬場)→ 師市町村の委託組み合い等
⑥骨の安置(寺) 随意
【帝北方式】
①生(病院)→ 帝北S階 ルーベッド、銃か弓の的当て
②死→ 帝北S階 生贄了解 加害者希望 ヤク処方
③死体検案(医師)→ 契約医者
④葬式(葬祭会社)→ 契約会社:湯灌等は家族が断っていた
⑤火葬(火葬場)→ 契約組合:焼き加減確認のため、炉内部は視認できる
⑥骨の安置(寺) 随意
【帝北方式の課題】
①無問題 ルーベッド(ホテル) 方法候補は多数
②課題あり 生贄選択問題あり、加害者が違法行為。殺人・幇助大問題
③死体検案(医師) 大問題(医師が違法行為)
④葬式(葬祭会社) 大問題(不特定多数に遺体を見られる危険性がある)
⑤火葬(火葬場) やや問題あり(火葬場には遺体を見られる可能性←買収?)
⑥骨の安置(寺) 無問題
★コメント
①は主に場所だ。ホテルならホテルの責任になる。
候補は、船、島、ターミナル施設、老人ホーム、宗教、カルト、病院、精神病院等
思い切って、火葬場、葬祭屋なんかでも良いけど、火葬の許可がでるには時間がかかるから、回転は悪くなるだろうか。方法はルーレットでなくても、みんなの理解が得られればなんでも良い。
②の、まず生贄の場合。選ばれたら即刻執行に近いのはスッキリするが、問題でもある。今までの標的は監視され逃げられなかった。いったん解放して、いつまでに戻ってこいというのはどうだろう。つまり自由意志で処刑の場所まで戻らせる。んんん、行方不明、逃亡者続出かな。少なくとも毎日恒例のイベントにはむかない。それとヤク等の処方も課題が多い。
②の、加害者と自殺幇助はもっと問題が多い。みんなが適当にスイッチなりボタンなりを押すと、機械がそのうちの1つを選んで実行してしまうとか、機械のせいにできるかな?
銃殺刑ってそんな感じでしょ? 銃五丁には実弾四発、空包一発が入れてあるって話。
③ここは避けて通れない大問題。もういっそ自分でヤルしかないけど。カネだけでは吊り切れないので、他の弱点と併用。
④今回はここでヤラレタ。傷跡が残る遺体が不特定多数に見られる危険が残るところだ。
でもそっか、傷跡が無ければ気付かれにくい。これは使えるアイデアかも。必ず家族葬にするとか、制限必要。
⑤いっそ火葬場も、④の葬祭会社も経営しちゃう? それがスッキリ。
⑥お寺は後継者不足が嘆かれる業界。これもいっそ経営しちゃう?。基本家族葬にして、あとは散骨、樹木葬あたりで良ければ、骨壺も不要。④⑤⑥はまとめてセット化?
やはり難題は②と③。ここを自力で賄わないと恐らく無理。委託的に特権を取れないだろうか。
ちなみに湯灌とは、遺体の入浴か清拭することである。女性は化粧で、これはわかる。男性のヒゲ剃りって、死んだら伸びるワケないじゃん…というのは素人考え。実際には、死ぬと水分を失って皮膚が引っ込み、相対的にヒゲが伸びて見えるというから剃るのだ。
最後のお別れやお花入れのときに見苦しくないように外見を整える行為を、主に葬祭会社が行うことが多いのだが… こちらとしては、遺体の傷がもろバレになってしまうので、できれば避けてもらいたい儀式なんだがな…
【プラン】 書き込み用
①生(病院)→
②死→
③死体検案(医師)→
④葬式(葬祭会社)→
⑤火葬(火葬場)→
⑥骨の安置(寺)
午後いっぱいまでかかって、ここまで書いてみた。まとめた、とまでは言えないけど、まあ分かり易くはなっただろう。
しかしまあ… ここには書かなかったけど、たくさんの約束事や慣例やしきたりがあって驚いた。さらに地方差もあって、もうどれが正解か分からなくなってきた。どうせ死んだら物質に還るだけなのに、なぜヒトはこうまで死や死後の世界にこだわるのだろうか。
まあ、いい。明日また社長に会うのが、ちょっと楽しみになってきた。




