第30部分 始末
第30部分 始末
ホテルの捜査は長引いている。仕組みだけでもかなり複雑だし、殺人や嘱託殺人も一日一人ペースだったから、長引かないワケがない。医者は逮捕・医師免許の剥奪は確実だし、警察上層部にも手は伸びていたから当たり前といえば当たり前だ。
ただ、大物にはいつ捕まっても良いほどの分け前が手渡されていたことも確実で、可哀想なのはむしろ小者かもしれない。罰はあっても利益は少ない…おれも期間が短い分、甘い汁までは行くことができなかったから、なんか同情してしまうところがある。
ホテル関係者では、社長、専務、マネージャ、サブマネージャまでが身柄を拘束され、葬儀・霊柩車等葬祭関係者は七人、市役所関係者が四人、警察関係者は八人が同様に拘束されているとのウワサだ。
S階の総員三百五十八人では、実際に殺人に手を染めた百七十四人が取り調べを受けているという情報があった。これらの話は、かつてのバイトのグループラインで回ってきたもので、確実とも言える気がするし、単なるデマかもしれなかった。
被害者は全員亡くなっている。もちろん加害者だったけど、被害者になった客もいる。加害者はかなり生き残っているし、ダブルトリプルで手を染めている客もいる。いやむしろ人格的に加虐性を持った異常者は、罪を重ねまくっている傾向がある。最高は二十八人に手を下しているというウワサで、こうなるともはや「連続殺人事件」としか表現できない。|切り裂きジャック|(ジャック ザ リッパー)顔負けどころか、はるかに凌駕している。
殺人嗜好の人間には、絶好の隠れ家だったに違いないが、このたびの事件では、「溜まりまくった年貢」を完済させられることになるだろう。
殺人事件の目撃者には不自由はしないだろうが、犯人はトボケたり忘れたりしているに違いなく、警察の捜査は一つずつの事実確認をしていくのに大変な手間と時間を掛けざるを得ない。
たとえばつい先日のミナの場合でさえ…
日時 二〇二某年某月某日 二三時三〇分頃
場所 帝北ホテル S一階 共通遊戯室
被害者 (甲)九十九 ミナ
被疑者 (乙)山下 篤馬、他 (丙・丁・戊・己)ホテル従業員4名
(庚)医師 上島 幸則
から始まり、以下数十ページにわたる調書が作成され、いちいち署名捺印をしてやっと被害者一名分が終わるのだ。
そしてつい最近、警察に友人がいるバイト仲間から妙な話が聞こえてきた。それは今回の捜査が難航している理由のもう一つだそうである。ビデオを撮り、映像でもTV画面に流していたにも関わらず、その様子を記録したメディアが一つも見つからない、という妙な話なのだ。メディアがあれば、それだけで証拠になる。無いから地道に証拠を固めなければならなくて面倒くさい…といった話だった。
そうかっ! オレには閃くものがあった。みんな口が堅いな、オレが助太刀できればな…
罪状は殺人、殺人教唆、殺人幇助、公文書偽造、犯人隠匿、薬物売買、薬物使用、薬物使用幇助… など大量にあり、いちいち証拠をあげる必要があるワケだ。話題は被害者数からホテル営業の実情、被害者の殺され方や加害者のサディストぶり、医師や警察との癒着など多岐にのぼり、時の政権・内閣が覆りそうな盛り上がりそうなほどの勢いを見せていた。
今回の事件に、IR自体は無関係だが、IRの入場者数も激減し、ホテルと共倒れしかねない批判に晒されていた。
そんな中、オレはあさってから五月雨ホテルに出社する。
『ねえレナと結婚するなら、働く必要なんかないよ』
「レナ、ありがとう。でもせっかく声掛けてもらったからさ」
『レナとずっと一緒はイヤ?』
「まさか、そりゃずっと一緒が良いよ」
『じゃいいじゃん、働かなくても』
「まだ若いし、ちゃんと仕事を持っていたいよ。履歴書がプーになる」
『ぷー?』
「あ、プー太郎、無職。子供に見せられん」
『それもそうか』
「その代わりさ、ときどき大旅行に行きたいな」
『あ、うん!』
「レナの財布を当てにする」
『まかせて。パパにねだる』
「無理しないでね」
『ダイジョブよ』
「ヨーロッパ巡り」
『それ行こう』
「豪華客船クルーズとか」
『なかなかいいものよ』
「憧れなんだ」
『世界一周?』
「そんなに休暇あるかな」
『ないか』
実際オレがレナにフラれるかもしれないし、逆も有り得なくはない。特に若いうちはちゃんと仕事は持っておくべきだと自分で判断したのだ。夢は豪華客船。船酔いとやらが気になるけど、オレまだ本格的な船なんかに乗ったことないんだよ。
「飛行機なら? 無着陸で」
『目的何?(笑)』
「冗談。美味しいもの食べたい」
『それ採用!』
「実は飛行機も未体験」
『え、怖くないよ』
「必要もカネも無かったんだよ」
『え、ごめん』
「あとさ、無事着陸できると拍手するの?」
『誰から聞いた?』
「まさか、しないの? あと憧れの機内食」
『しないって。機内食もあんま美味しくない… 味が濃いのよ』
「はは、ミートかフィッシュか聞かれてみたいだけ」
『えっ? そんなの聞かれたかな?』
さすがお嬢様だ。あとで知ったのだが、ビジネスクラス以上は事前注文で、フィッシュだのミートだのとそんな野暮は無いらしい。あああ、どうやら格差婚というヤツになりそうだ。
ところが… それから数日経った日に、レナからメールがあった。
『タク、何があってもレナを捨てないで、約束して』
「どうしたの? ダイジョブ、約束する。なにがあってもレナと一緒だよ」
『本当に。レナのおカネがなくなっても?』
「あたりまえ。レナ本体が好きだから」
『ねえ、いまから会ってくれる?』
「もちろん」
会って聞いたことを、書きとめておこう。
レナの義父は某租税回避地の高官に繋がり、金融を手掛けていた。帝北ホテルのスキャンダルを避けて本国に帰ったところでクーデターに遭遇して汚職が表面化、現在は身柄拘束の上資産も凍結され、いずれは没収されるだろうとのこと。
早い話、今までは大金持ちだったけど、これからは無一文になる、ということだ。おそらく金持ちの常套手段で、スイスだの海外の銀行とかにいくらかずつを分散してあるのだろうが、それを隠しとおし保持できるかどうかは分からない。披露宴はキャンセルするしかなかった。
確かにショックな話ではあったが、レナとの婚約を破棄する選択肢など考えることもできなかった。もちろん続行だ。オレは元からほぼ無一文だし、レナのことを好きなのは金持ちだからじゃない。レナの甘えん坊ちゃんなところや、笑った顔や、可愛い仕草や態度や拗ねたとこ、嫉妬するとこまで好きなんだ。贅沢ではなくても。レナと笑顔で暮らせるシアワセな家庭を造る自信は、ある。それに… カネがあるのは有難いけど、オレがシアワセにしたっていう実感には、むしろ邪魔な気もしてたんだ…
これ秘密ね。




