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真・宝仙伝  作者: 武壱
鬼女母人之章
6/7

聖―弐―(1)

 私達が村を後にして森の中へと入る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。


 薄暗い森の中、月明かりと星の瞬きだけを頼りに、秋虫の鳴き声と錫杖が奏でる音が響かせながら、私と師匠は肩を並べて歩いていた。


「チッ、時間を取らせやがって。夜までには森を抜けるつもりだったってのによ…」


 錫杖が奏でる綺麗な音とは裏腹に、その持ち主である師匠の表情は不機嫌そのもので、苛立たしげに舌打ちしながら文句を呟いていた。


「しょうがないですよ。村の人たちも必死だったんだと思いますよ?」

「んな事、俺の知った話じゃ無い。」

「もぉ~…そんな事言ってるから、誤解されるような事になるんですよ。」


 その言葉に私が呆れながらに口を開くと、師匠は不機嫌な表情のまま鼻を鳴らして、そっぽを向いてしまった。


(もう、普段は冷静沈着なのに、たまに子供っぽい所があるんだよなぁ~)

「道はこのまま真っ直ぐで良いんですか?」


 心の中でそんな事を思いながら軽く嘆息して見せて、隣を歩く師匠にそう問い掛ける。


 それに対して、師匠が小さく「あぁ。」と首肯しながら返したのを見てから、ちょっとだけ歩く速度を上げて前に進み出た。


(こういう時の師匠って、機嫌が直るまで何もしたがらないからなぁ~…)


 そんな事を考えながら、肩越しに振り返り師匠の表情を覗き見る。


 見ると師匠は、目を瞑って何か考え事をしながら、私が歩いた後をなぞるようにして付いてきていた。


「…師匠。」

「なんだ?」


 暫くの間、秋虫と錫杖の鈴の音を聞きながら無言で森の中を歩いていたけど、とうとう沈黙に堪えられなくなった私は、ずっと気になっていた事を師匠に聞こうと声を掛けた。


「あの、さっきの村の人達に言ってた事って…」

「それは鬼の話か?それとも、婆さんの話か?」

「あ、お婆さんのお話です!」


 逆に問われて慌てて返事を返すと、師匠は軽く嘆息してから目を伏せた。


「…なんて事はない。何処にでも居るような普通の婆さんの話さ――」


 そう前置きして師匠は、乾物屋さんで聞いたと言うお婆さんのお話を、私にも教えてくれた――


「――良いお婆さんですね。村の人達から嫌われてるのに、そんな事が言えるなんて…誰にでも言える事じゃないですよね。」


 問題のお婆さんのお話しを一通り師匠から聞いた私は、思った事をそのまま口にした。


 もし自分がお婆さんの立場だったら、同じ事を言えるだろうかと、そんなとりとめも無い事を思ってしまう。


「そんな人がどうして…」


 そしてそれ以上に、どうしてそんな人が村の人達から嫌われているのかと、考えずには居られなかった。


 だけど、そう考えた所で答えが導き出せるはずも無く、ただただ寂しくも悲しい気持ちだけが心の中に広がっていく。


「…なんて顔してやがる。俺達には関係の無い話しだろう?」

「そうかもしれないですけど、そんな言い方は無いじゃ無いですか。」


 私が漏らした呟きに、師匠はため息交じりに冷たくそう告げる。


 その言葉に、直ぐさま抗議の声を上げたけど、その冷たい言葉が師匠の本音で無い事を私はよく知っている。


 口ではああ言ってるけど、きっと師匠も同じ気持ちなんだと思う。


 そうで無ければ、普段そこまで過敏な反応を見せない師匠が、村の人達に対してあんなにも激情を露わにする筈が無いから――


 不器用でぶっきらぼうで一見冷淡にも見えるけれど、ちゃんと暖かくて優しい面もある。


 それが、私の自慢の師匠だから。


「いつまでも辛気くさい顔してんじゃねぇよ。俺達に出来る事は何も無い…これは村の問題だ。」


 師匠のその言葉は、一見厳しいようにも聞こえるけれど、お婆さんの事をちゃんと考えての発言だとすぐに解った。


 私達が不用意に関わって良い問題じゃない――余所者の私達が興味本位で関わってしまえば、この問題を更に悪化させるかもしれない。


 今現在、村の中ではお婆さんを排斥しようとしている人達と、それに同調していない人達との絶妙な均衡があって、その均衡のお陰でお婆さんの安全は保たれている。


 そこに私達が加わって、その均衡を傾けるような事にでも成れば、対立している人達との確執が深まり、村人同士の諍いだって起きかねない――きっと師匠は、そう言いたいんだと思う。


「はい、そうですね。でも、やっぱり…」


 師匠の言葉の真意は、私にも解ってる…そしてそれが、大人としてあるべき対応だという事も理解出来る。


 けど、どうしても見過ごす事に対して後ろめたさを感じて、納得出来そうに無かった。


 そんな私の頭に、不意に師匠の大きな手が乗せられる。


「割りきれとは言わない。だがな、おまえのその優しさだけでは、何も変えられないんだ。」

「…はい。」


 私の考えをすべて見透かしているような、師匠のその言葉――


 とても厳しいその言葉に自分の無力さを痛い程感じて、その場で私は立ち止り俯いた。


 私が立ち止まると、師匠もそれに併せて立ち止まり、頷いたままの私の頭をその手で優しく撫でてくれる。


「おまえは決して無力ではない、ただ出来る事に限りがあるだけだ。そしてそれは俺も同じ…結局の所、余所者の俺達に出来る事自体少ないんだ。だからおまえが、そこまで背負い込む必要なんて無いんだ。」

「はい…」


 師匠の言葉に私は、ただ頷く事しか出来なかった。


 これで本当に良いのかって思う気持ちは、この胸の内に確かにある。


 けど、師匠の言う通りなのも事実で、答えの出ないまま想いだけがぐるぐると空回りするだけだった。


「――さて、この話はコレで終いだ。気を取り直して行くぞ、頭を切り替えろ。」


 暫くされるがままで居ると、不意に師匠がそう告げて、私の頭の上に置いていた手を退けると、ゆっくりと歩き出し私の横を通り過ぎていった。


「…はい。」


 その言葉に習って気を取り直した私は、先に歩き出した師匠に追いつこうと小走りになった後、並んで歩き出した。


 でも、意識して切り替えようとしても、やっぱり頭の片隅でさっきの事を、どうしても考えてしまう。


 そんなもやもやした気持ちを抱えながら暫く歩いていると、少し進んだ先で木が途切れているのに気が付いた。


「あっ!師匠、あれって出口じゃないですか?」


 それに気が付いた私は、そのモヤモヤした気持ちを振り払うように、努めて明るく師匠にそう聞いてみる。


「の、ようだな。」

「はぁ~…何事もなくって良かったですね~」


 森の終わりを見つけて、少しだけ安心した私は、安堵のため息を吐いて、師匠に笑顔を向けた。


「まぁな。獣の集団に出会していたら、流石に面倒な事になっていただろうからな。」

「もぉ~…そう思うんだったら、村で一泊しておけば良かったのに。久しぶりにお布団で休みたかったなぁ~」

「仕方ないだろ。あれだけ村の奴等と揉めたんだ。誰も俺達を泊めたがらなかっただろうし、居たとしても、迷惑を掛けちまうだけだからな。」

「まぁ、それはそうなんですけど…」


 師匠もいつもの調子に戻ったみたいで、私たちは普段通りの会話をしながら、森の出口へと向かっていく。


 そうこうしている内に、森の出口に差し掛かった私達は、そのまま森を抜けて、そして――


「――オイこら。」

「え~っと…アハッ!アハハハハ…」


 師匠の不機嫌そうな呟きを聞いて、私は渇いた笑い声を口の端から絞り出しながら、ゆっくりと顔を師匠へと向ける。


 その瞬間、師匠もゆっくりと私に顔を向けて、冷たい眼差しで私を見据えてくる。


 その表情を見て私は、冷や汗を浮かべながら、ゆっくりと後ずさり始めた。


「覚悟は出来てるんだろうなぁ、テメェ…」


 凄みを効かせてそう告げると、師匠は手にしていた錫杖を放り投げて、両手をバキボキと鳴らし威嚇しながら、後ずさる私に近づいてくる。


「し、師匠!あの、落ち着いて話し合う余地を…」

「言い訳は聞かんぞ、この――」


 師匠の言動を見て、不安になりながらも、私は慌てて言い繕う。


 けど師匠は、私の言葉を遮ると、ゆっくりと右腕を振り上げ、そして――


「――方向音痴が!!」


 ――ゴスッ!!


 その叫びと同時に、振り上げた右腕を勢いよく振り下した師匠。


 その直ぐ後、鈍い音が聞こえると共に鋭い痛みが私の頭に走る。


「イッターーーイッ!!」


 私は悲鳴を上げてうずくまり、師匠のゲンコツが直撃した頭上を両手で強く押さえた。


 師匠のゲンコツはとても痛くて、目尻に涙が溜まっていくのが自分でも解る。

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