表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真・宝仙伝  作者: 武壱
鬼女母人之章
7/7

聖―弐―(2)

「ったく!珍しく前に出るから任せてみればこれだ。」

「うぅ…す、すいません。」


 まだうずくまっている私の頭上から、師匠の不機嫌そうな声が聞こえてくる。


 何が起こったのかと言えば、師匠が進んでいた道をちゃんと真っ直ぐ歩いていたつもりだったんだけど、いつの間にか道を間違えていたみたいで、森の出口と思って抜けた先は断崖になっていて、完全に行き止まりになっていた。


「完全に道に迷ったようだな…」


 少し痛みが引いた所で、頭上から舌打ちに続いてそんな呟きが聞こえてくる。


 うずくまったまま見上げると、腰に手を当て星空を見つめている師匠の姿があった。


 その姿を見て私は、痛みを感じる部分を撫でながらヨロヨロと立ち上がった。


「…こっちだ、行くぞ。」


 暫く空と睨めっこをしていた師匠が、不意にそう呟いたかと思うと、さっき放り投げた錫杖を拾いに向かって、そのまま振り返らず崖の壁伝いに歩いていく。


「あ、待ってくださいよ!」


 少し遅れて私は、置いて行かれまいと師匠の後を小走りで追っていく。


 そのまま師匠に追いついて、歩く速度を落として横に並んだ。


「…うん?」


 申し訳なさから押し黙り、結果気まずい雰囲気となって暫く無言で崖伝いに歩き続けていると、不意に師匠が何かを見つけたのか、その場で立ち止まって森の方へと視線を巡らせる。

 

「…どうしたんですか?」


 少し遅れて私も立ち止まり、師匠が見ている方向に視線を向けてみる。


 その視線の先にあったのは、人がそこで生活している事を示す灯りだった。


「あの明かりって、もしかして…」

「…あぁ。」


 私が何を言いたいのか解ったのか、師匠はそう呟いて押し黙り、気になって横目で確認してみると、眉間に皺を寄せて難しい表情でその明かりを見つめている姿があった。


 その姿と歩みを再開しない事に疑問を抱きつつも、私は村での出来事を思い出しながら、複雑な心境でその明かりを再び見つめる。


「聖。」

「あ、はい。」


 そして暫くの沈黙の後、不意に呼ばれて振り返り師匠に顔を向ける。


 けど師匠は、呼びかけた筈の私じゃなくって、難しい表情を浮かべたまま、見つけた灯りを見つめていた。


「今夜は、あそこに泊まるぞ。」

「え?あ…」


 そう言ったかと思うと師匠は、私の返事を待たずに見つけた灯りを目指して、再び森の中へと入っていく。


「ま、待ってくださいよ!」


 急いで師匠の後に続いて歩き出して、隣からソッと師匠の表情を伺ってみる。


 見てみると、師匠はいつにも増して、険しい表情をしていた。


(急にどうしたんだろう、師匠…なんだか…怖い。)


 師匠の表情を見ているとゾクリと悪寒が背筋に走り、それが否応なく不安を激しく掻き立てる。


 けどその不安をぶつける事が出来ない――それどころか、時々聞こえてくる獣の遠吠えに、不安は一層大きくなっていく。


 そんな私の不安を余所に、師匠はシャランシャランと錫杖を鳴らしながら、黙々と灯りに向かって歩いていく。


 やがて私達の向かう先に、こぢんまりとした小屋が現れる。


 それは暗い森の中にポツンと建てられた山小屋の様で、土壁に刻まれた無数の亀裂からは、その小屋が大分昔に建てられた事を物語っている。


「…あれ、師匠?」


 小屋の入り口に辿り着いた所で、余りにもその小屋を注視する余り、師匠が隣に居ない事に気が付いた。


 その場で振り返ると、少し離れた場所で小屋を見渡したり、目を瞑って何か考え事をしたりしている師匠の姿を見つける。


 それを疑問に思いながらも、私もそれに習う様にしてもう一度小屋を観察してみる。


 けど結局私には、古いという事以外に特に変わった様子も無い、ただの小屋にしか見えなかった。


(どうしたんだろう?急にここに泊まるって言い出したかと思えば、挨拶もしようとしないなんて…)

「…聖。」

「あ、はい。」


 そんな風に思って居ると、急に呼びかけられて慌てて振り向くと、いつの間にか小屋の観察を終えた師匠が、私のすぐ背後に迫っていてそこ声を掛けて来たようだった。


 でもその視線は、呼びかけた私じゃなくて、相変わらず小屋へと向けられている。


「これから先は、俺の話に合わせろ。良いな?」

「え?それって――」

「御免!夜分遅くにお騒がせする、何方かいらっしゃらないか?」


 その言葉を不思議に思い聞き返そうとするけれど、次の瞬間には既に小屋の中へと向けて、師匠は声を投げかけていた。


「…どなたかのぉ?」


 それからほんの少し間を置いて、小屋の中から返事が返ってくる。


 聞こえてきた声の感じからも、私達の予想通り件のお婆さんが、この小屋に住んでいるみたいだった。


「我々は旅の途中の僧だで、この闇夜に道に迷ってしまった。ご迷惑でなければ、ここに一泊置いて貰えないだろうか?」

「え…?」


 小屋の中に居るお婆さんに向かって続けざまに師匠はそう告げて、それを聞いた私は、反射的に疑問の呟きを漏らしてしまう。


 するとその漏れた呟きを聞いた為か、師匠は私の口に手を当てて、その先を問答無用で遮った。


 口を出すなと言う意味のその仕草の所為で、気になった事さえ私は聞けない。


(どういうつもりなんだろう、師匠…道に迷ってなんて――迷ったけど、方角はちゃんと判った筈なのに。)


 ――コトッ…


 師匠の言動に疑問を感じて考えていると、不意に戸の閂を外す音が聞こえて、ゆっくりと小屋の戸が開かれていく。


「まぁまぁ、それは難儀じゃったのぉ…こんな所で良ければ、一夜を明かしてくだされ。」


 そして開かれた戸から出てきたのは、人当たりの良さそうな笑みを浮かべたお婆さんだった。


 一目見ただけじゃ歳までは判らないけど、優しい瞳が印象的な感じの良いお婆さんにしか見えない。


「申し訳ない、御言葉に甘えさせて頂く。私の名は宝仙、こちらは弟子の聖だ。」

「あ…は、初めまして!」


 いきなり師匠から紹介されて、私は慌ててお婆さんにお辞儀をする。


「ホッホッホッ、めんこい尼さんじゃのぉ。長旅で疲れたじゃろうて、ささっ中へお入んなさい。」

「おじゃましま~す。」

「厄介になる。」


 ニコニコと笑顔を浮かべて家の中へと招かれた私達は、お婆さんの横を通り抜けて、中へと入っていく。


 家の中に入ってみると、そこはすぐに囲炉裏がある居間になっていて、部屋の奥にはお勝手と更に奥に部屋があるのか襖が見える。


 お婆さんに勧められるまま囲炉裏の側に並んで座り、ちょうどその対面にお婆さんが座り込む。


 私たちが座ると同時に、囲炉裏にくべられた火の暖かさと一緒に、吊されたお鍋からいい匂いが漂ってくる。


(そう言えばまだ、晩ご飯食べてなかったんだっけ…)


 長い事旅をしてきたからか、歩いている間は多少の空腹なら忘れる事が出来るようになっている。


 けど、こうやって歩くのを止めて火に当たったりなんかすると、その日一日の疲れと一緒に急にお腹が空いちゃうんだよね。


「長旅で疲れたじゃろう、ゆっくり休んでいきなされ…ところで、夕餉はもう済んだのかい?」

「いえ、まだです。」


 この部屋に通されて人心地付いた頃、まるで私の考えを見透かしているみたいに、不意にお婆さんが聞いてくる。


 それに師匠が素早く答えると、お婆さんは私達に向けていた視線を囲炉裏のお鍋へと移した。


「儂はもう済んだんじゃが、この歳になると食も細くなってきてのぉ。残り物で申し訳ないが、良かったら喰っていきなされ。」

「え、そんな悪いで――」

「有り難く頂戴いたします。」


 お婆さんの申し出はとっても嬉しいけど、宿を借りてご飯までご馳走になるのは、さすがに厚かましいと思った私は、後ろ髪を引かれるような気分になりながらも、やんわりと断ろうと口を開いた。


 けど師匠は、そんな私の言葉をすかさず遮って、お婆さんに感謝の言葉を告げていた。


「し、師匠…」


 そんな師匠に非難がましい視線を向けて、呆れながら咎めるように呟いた。


「こういうものは、勧められて断る方が無礼というものだ。」

「そうかもしれませんけど…」

「ホッホッホッ、良いんじゃよぅ。そちら様の言う通りじゃて…こういうものは、おもてなしの心じゃてのぉ、無下にされても悲しいものなんじゃよ。」


 私達ののやり取りを見て、お婆さんは笑いながら諭すようにそう言ってくる。


「…はい、では私も頂きます。」


 その言葉を聞いて私は、少しはにかみながら改めてそう答えると、お婆さんは満足そうに頷いてから不意に立ち上がり、お勝手へと向かって歩を進める。


 きっと、私達が使う分の食器を取りに向かおうとしているんだろう。


「あ、私手伝います!」

「ホッホッ、そのまま、そのまま。茶碗と箸を持ってくるだけじゃて。」


 お勝手へと向かっていく姿を見て、慌てて立ち上がろうとする私を、お婆さんは肩越しに振り返り笑顔を浮かべながら、やんわりとその申し出を断る。


 そして、宣言通りお箸とお茶碗をお盆に乗せて、お勝手から戻ってくると、また私たちの対面に座り込んで、囲炉裏に掛けられたお鍋の蓋を開ける。


 その中には、美味しそうなお粥がお鍋一杯にあって、ふつふつと湯気を上げていた。


(――あれ?何だろう、この感じ…)


 お鍋の蓋が開けられたその瞬間、私は奇妙な違和感を感じて首を傾げる。


 そんな私を余所に、お婆さんはお鍋からお粥をお茶碗へと盛る。


 そんな私を余所に、囲炉裏の炎は、不規則に揺らめきパチパチと爆ぜる音を響かせる。


 そんな私を余所に、炎がゆらゆらと揺らめいて、室内を暖かく照らして、どことなく懐かしくも落ち着く雰囲気を作り出している。


 一見して、何の変哲もない居間に見える。


 だけど、どこか不自然な気がして成らなかった。


「ささ、どうぞ。」

「いただきます。」


 感じる違和感の正体が判らないまま、隣に座る師匠を見てみる。


 ちょうどその時、お婆さんからおかゆの入ったお椀を受け取った師匠は、短いやり取りの後、そのまま何も言わずに出されたお粥を黙々と食べ始めるだけだった。


「…どうかしたのかねぇ?」


 その師匠の姿にも、どことなく違和感を感じて見ていると、不意にお婆さんに呼びかけられて、私は我に返って振り返った。


 見てみるとお婆さんは、心配そうな表情を浮かべながら、お粥の盛られたお茶碗とお箸、それにお茶碗を持ってきた時に一緒に持ってきたのか、お漬け物をのせた小鉢を私に差し出している姿があった。


「あ…い、いえ!すいません…何でもありません、頂きます。」


 慌てて差し出されたお茶碗とお箸、小鉢をお婆さんから受け取り、両手を併せてお辞儀してみせる。


「そうかい?儂はまた、おかずが少なくて不服かと思ってのぉ…」

「そ、そんな!滅相もありません。泊めて頂くだけでも、ご迷惑なのに…」


 心配そうに聞いてくるお婆さんに対して、私は身振り手振りを交えながら慌てて否定し、申し訳なさから頭を下げて謝罪する。


「いやいや。育ち盛りなんじゃし、何も無いが好きなだけ食べなされ。」

「はい、頂きます。」


 お婆さんに優しく笑いかけられ促され、それに従うようにして箸を手に取り食事を始める。


 本当に心配そうな表情で気遣ってくれるお婆さんを見ている内に、さっき感じていた奇妙な違和感は、少なくともその時にはもう私の中から消え去っていた――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ