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真・宝仙伝  作者: 武壱
鬼女母人之章
5/7

宝仙―壱―(2)

「御防様、どうかこの村を救ってくだせぇ…」

「森に出る鬼を退治してくだせぇ!!」

「あ、あの…えっと…」


 人集りに近づくにつれ、発せられる声が鮮明に聞こえてくる。


 状況は概ね俺の予想通り、人集りの中心で聖が村人達に捕まり、口々から紡がれる懇願にどう対処して良いのか解らない、という様子のようだった。


 余りにも予想通りだったとは言え、村人達に懇願されて狼狽える聖の姿に、軽く呆れてため息を吐いた俺は、人集りから少し離れた位置で立ち止まり、事の成り行きを暫く見守る事にする。


 村人は勿論だが、弟子だからと言って聖を甘やかすつもりも俺には無い。


 彼女と行動を共にするようになって二年が経つが、まだまだ世間を知らない甘ちゃんだ。


 こういった場数をしっかり積ませて、弱者を気取る輩に対する免疫と対応力を、しっかり勉強して身に付けて貰うとしよう。


「御防様、何卒…何卒儂の娘の仇を…」

「そ、そんな!頭を上げてください…」


 暫く様子を見ていると、不意に村人の一人が彼女に対し土下座し始める。


 それを目の当たりにして、慌ててその村人の側まで近づき、腰を下ろして頭を上げさせようとする。


 その行動は、彼女の根の素直さ・優しさの現れからだ。


 しかし、その行為が時として仇と成る事が在る事を、彼女はまだ理解出来ていない。


「それでは、引き受けてくださるのですな?!」


 俺の予想通り、その村人は彼女の行動を依頼の了承とこじつけ、満面の笑みで顔を上げる。


「…申し訳有りません。私も皆さんのご期待に応えたいのですが、なにぶん私は修行中の身のため、皆様のご期待にお応え出来ません。」


 村人の期待の眼差しに対し、根が真面目で素直な聖は、申し訳なさそうに誠心誠意謝罪の気持ちを込めてそう答える。


 それが、集団で弱者を気取って演じる、愚か者共に対して一番取っては成らない行動であると気が付かずに――


 彼女の答えを聞いて、それまで土下座していた村人の表情が一変し、それと同じくして周りの村人達の表情もあからさまに変わっていくのだった。


「あんた!それでも御坊様なのか!?」

「わしらがこんなに苦しんでいるというのに…仏心がないんじゃろ!」

「坊様なら、あんたの命を差し出してでもわしらの為に鬼を退治したらどうじゃ!」


 先程まで、あれ程しおらしかった村人達の態度とは思えぬ程、今度は聖に罵声を浴びせ始める村人達。


 人伝いに拡大していく感情の波に、聖は気圧され怯えた表情を浮かべながら後ずさるが、背後にも当然のように村人達が居り、逃げ場など最早存在しない。


(全く、勝手なものだな。それに聖も聖だ、こう言った時の対処法は、前もって教えて置いた筈なんだが…)


 これが、奴等のような弱者を演じる者達の常套手段だ。


 こちらの同情を引くような態度を取る手合いには、明確に相手と自分との立ち位置をはっきりと示しておかなければならない。


 下手にこちらが相手と同じ目線を取れば、手綱は向こうに奪われ、こちらにとって不利益な事態を招く結果に成る。


 相手がこちらと同等と思われては、向こうに人数が有る分有利と捉えられ、今度はその分強気に出られてしまうからだ。


 そうならない為にも、演技でも良いから、縋り付く相手を突き放すような態度を取るようにと、前々から聖には言い聞かせていたのだが…


演技とは言え、根が素直で真面目な聖に、それを求める事は、やはり酷な事なのだろうか。


(…さて、見ていないでそろそろ助け船を出すか。)


 それまで少し離れた場所から、事の成り行きを見守っていたが、これ以上村人の感情が増幅すると聖の身も危うい。


 そう思った俺は、聖を取り囲む人集りに、ゆっくりと近づいていく。


「聖、何を遊んでいる。水の調達は済んだのか?」


 人集りに近づき、周囲の声にかき消されぬよう、やや張り上げるように聖に声を掛ける。


 すると、それまで騒がしかった村人達は、水を差したかのように静まり、その場に集まる者達の視線が、全て俺へと向けられる。


「…師匠…」


 突然の俺の登場に、聖は呆けたような表情をして呟いた後、安堵の表情を浮かべて息を吐く。


 村人達の豹変ぶりがよほど怖かったのだろう、目に見えて気が抜けた様子で、俺の質問に応える程の余裕さえない様だった。


「…聞こえなかったのか?水の調達は済んでるのかと聞いているんだ。」

「あ…は、はい!」


 周りの状況を完全に無視し、俺が再び同じ質問を投げかけると、慌てた様子でそれに答える聖。


 それを聞いて俺は、聖とその周りを取り囲む村人達に背中を向ける。


「ならもう用は無いんだ、行くぞ。」

「え?で、でも…」


 何か言いかけようとする聖を無視し、俺は村の出口を目指し歩き出そうとする。


「ま、待ってくだせぇ!御防様!!」


 俺が歩き出そうとしたその時、それまで聖の周りを取り囲んでいた村人達が、今度は俺の行く手を塞ぐように立ちはだかる。


(やはり、このまますんなり行かせてはくれない…か。全く、しょうの無い連中だな。)


「…俺に何か用でも有るのか?」


 行く手を塞がれた俺は、不機嫌さを隠そうともせずに村人達を睨み付け、低く呟くように問いかける。


 彼等の用向きは、それまでの聖とのやり取りを観ていたので、聞かずとも解ってはいたが、今一度相手との立ち位置を仕切り直すには、この方が都合が良いと判断したからだった。


「御防様、お願いで御座います。森に住み着いた鬼を、退治してくだせぇ…」

「何卒、何卒…」

「オラの娘の仇を、討ってくだせぇ!!」


 俺の考えなど知らず、当たり前のように村人達は、先程聖に対ししていた通り件の鬼を俺に退治してくれと懇願してくる。


 ある者は、神や仏を拝むように手を併せ、又ある者は、俺に対し土下座までしてくる。


 そんな村人達に対し俺は、冷ややかな視線で睥睨しつつ、懐に仕舞った煙管を収めた箱を取り出した。


「…師匠。」


 俺の挙動を観てか、俺の側にやって来ていた聖が、心配そうな声で呟くのが聞こえる。


 だが俺は、その声には応えず、慣れた手つきで煙管に葉を詰め込み、石を打って葉に火を付けて銜える。


「…退け。」


 肺に留めていた紫煙をゆっくりと吐き終えた後、取り囲んでいる村人達に対し、目を瞑りながら俺はそう呟いた。


「…は?」


 その俺の呟きに対し、村人達から返ってきたのは、間の抜けた返事だけだった。


 その反応からして、俺の呟きが聞こえなかった――と言うよりかは、俺の言葉が信じられないといった風に見えた。


「そこを退け、通行の邪魔だろうが。」


 それまで、俺の呟きを聞いてざわめいていた村人達に対し、俺は瞑っていた目を開き、村人達を見据えると、今度は聞き間違いだと思われない様、はっきり聞こえるように言い放つ。


 そして改めてそう告げる同時、それまでざわめいていた彼等は、水を差したかのように静まる。


 しかしそれは、嵐の前の静けさと言う奴である。


 俺の言葉に対し、彼等の顔色がみるみる赤くなっていくのが見て取れる。


 この後に続く村人達の反応は、火を見るよりも明らかだった。


「そ、それが坊様の言う言葉か!!」

「そうじゃ!物の怪の退治はあんたら坊様のお勤めじゃろうに!!」

「坊主のくせに、煙管なんぞ呑みおって…この生臭坊主が!!」


 案の定激昂した村人達は、今にも食いかからんばかりの勢いで、俺に対し罵声を浴びせ始める。


 そんな村人達の態度に対し、しかし全く意に介す素振りを見せず、むしろ涼しい表情で煙管を口に銜えてゆっくりと紫煙を吸い込む。


 そんな俺の態度が癪に触ったのか、村人達の怒気は更に膨れ上がっていくのを、内心でほくそ笑みながら見つめていた。


「なんだ、耳が遠いのか?俺は、道を開けろと言っているんだがな。」

「なっ!?あんた、人の心が有るならば、子を失った親の気持ちくらい容易に想像できるんじゃないのかの?」


 彼等を小馬鹿にした俺の台詞を聞き、村人達の中から初老の男が一人、握った拳を戦慄かせながら怒りを押し殺し呟いた。


(罵声が効かないとなると、今度は泣き落としか。やれやれ、芸の無い事だな。)

 

 初老の村人の言葉に呆れつつ、ため息を吐いて見せた後、俺はその村人を睨みつけた。


「…ならば問う。子を失った親ならば、何故今も此処でのうのうと生きている。」

「「ッ?!」」

「師匠…」


 初老の村人を睨みつけ、冷徹に言い放つ俺に対し村人達は言葉を失う。


 側に控える聖の声音からは、より一層の不安が伝わってくる。


 それに構わず俺は、追い打ちを掛けるかのように口を開く。


「子を殺された親ならば、刺し違えてでも仇を取ろうとするものだろう?まさか、相手が鬼だから敵わぬと、最初から諦めて畑でも耕していたのか?ならば犬畜生の方がまだマシだな。」

「こ、この歳で、儂に何が出来るというのじゃ…そりゃ儂だって、出来るものならばこの手で、この手で…」


 更に続く俺の言葉に、その村人は顔を両手で覆い隠し、ついには泣き崩れてしまう。


 その村人を前に俺は、全く動じる事無く冷徹に見下ろす。


「…都合の良い言い訳だな。何もしない内から敵わぬと嘆き、手を拱くか…歳なんざ関係ないだろう?子を殺された獣は、それが敵わぬ相手であろうと立ち向かう、それが親子の絆と言う物ではないのか?それが出来ないと言うのならば、自身の無力さを嘆きながら大人しく家で酒でも浴びていろ。」


 泣き崩れた初老の男に対し、冷徹に振る舞って更にそう言い放つと、それまで押し殺されていた声を上げ、喚きに似た泣き声を高らかに上げる。


 そして、それを見ていた他の村人達の間からは、再び怒気が漂い始める。


「あんたみたいな坊主は見た事がない!ここまで追いつめられていた者を更に追い込むような事を言うなんて、ろくでなしにも程があるぞ!!」


 俺に向けられたその言葉を皮切りに、他の者達も今度は人でなしだのろくでなしだのと、口々に罵声を浴びせ始める。


「…生憎と、その手の言葉には慣れているのでな、言いたければ好きなだけ言えば良い。ただし、気が済んだのならば、さっさとそこを退け。」


 そう言い捨て、煙管を口に銜えた俺は、腕を組み目を閉じる。


 不意に、俺の羽織の裾を掴まれ、薄目を空けて横目で確認すると、何時の間にか隣に控えていた聖が、怯えた表情を浮かべながら、暴徒と化しつつある村人達を見回していた。


 今の所殴りかかってくる気配はないが、それも時間の問題だろう。


 尤もそうなればそうなったで、こちらとしても馬鹿共を殴り倒す良い切っ掛けになるのだが。


 「オラ達が鬼に怯えて暮らしているというのに!退治出来ないのなら坊主なんて辞めちまえ!!」


 不意のその一言に、俺は目を開いて視線を移し、その言葉を吐いた村人を睨みつける。


 睨むと同時、押し殺した殺気を視線に込めると、それまで騒いでいた村人達は怯み押し黙る。


「…救いだけを求める馬鹿共が。」


 苦々しくそう吐き捨てて、俺を取り囲む村人達に向かって、ゆっくりと一歩踏み出した。


 「…俗に言う『鬼』と呼ばれる存在は、妖怪と呼ばれる者達とは、全く異なる種族だ。種類は大きく分けて三種、人間が墜ちて発生する混血種。土塊等を身体の代用品にしている自然発生した雑種。そしてそれらを統べる事の出来る純血種だ。しかし純血種と呼ばれる『鬼』は、一部の例外を除き現存しない…過去存在した純血種達は、偉人達の手によりそのことごとくが討伐されたか、或いは封印されたからだ。つまり件の老婆は、純血の『鬼』ではあり得ない。」


 眉間に皺を寄せ目をつり上げ、低い地声を更に低くし凄みを効かせ、ゆっくりと村人達に向かって歩み寄りながら静かに『鬼』について語っていく。


 その俺の威圧感に当てられてか、村人達は少しずつ後ずさっていく。


「仮に、その老婆が『鬼』だとするならば、鬼に堕ちたと言う事になる。鬼に堕ちた人間の末路を教えてやろうか?鬼に墜ちた者は、人間の形はしていても、おおよそ人間の姿などしていない。そして殺戮の限りを尽くし、人だった頃に近しかった者、愛する者さえ糧として食む畜生にまで墜ちるのだ。つまり、自我など微塵も残る訳がない。だが俺が聞いた限りでは、その老婆が鬼に堕ちている素振りはなかった…」

「じゃ、じゃがアレは、正しく鬼の所業じゃった!!」


 そこまで俺が言った所で、人集りの中からそう叫ぶ声が聞こえてくる。


 そこで俺は立ち止まり、声が聞こえてきた方にゆっくりと顔を向け、その一画を睨みつける。


「…人が鬼に堕ちる切っ掛けには、色々と諸説があり未だ解明されていない。恐らく、この先も解明など出来無いだろう。だが敢えてその中で有力な説を上げるなら、人に対し深い絶望を抱く者が、鬼に堕ちると言われている説だ。だからこそ鬼は、人の放つ怒り、憎しみ、悲しみと言った、負の感情に強く反応を示すんだとよ。嘘か誠かはさて置き、鬼に堕ちる為には、必ず切っ掛けが必要だと言う事だ。貴様等には、その老婆が鬼に堕ちた切っ掛けに、心当たりが在ると言うんだな?」


 俺のその言葉に返ってくる答えは無いものの、村人達の間にざわめきを生み出すだけの、一投には成ったようだった。


 やはり何か過去に起こったようだが、暫く黙って待ってみても、村人達からその何かを言われる事は無い。


 これ以上は時間の無駄だと判断した俺は、軽くため息を吐いてから、俺の前方を塞ぐ村人達に視線を移した。


「…先程も言ったが、俗に『鬼』と呼ばれる存在は、一般に妖怪と呼ばれる者達とは、全く異質の化物だ。妖怪は、産まれながらにして妖気をその身に宿し、人に在らざる力を持つ人以外の存在の総称。だが『鬼』と呼ばれる存在は、そのほとんどが人間より生まれた、人間だった存在――人間の成れの果てだ。」


 村人達のざわめきが収まるのを待たずに、呟くように俺がそう語ると、そこでようやくざわめきは収まり、視線が再び俺へと集まる。


 その瞬間俺は、それまで押し殺していた怒りを、殺気と共に解き放つ。


「『鬼』は人から生まれ、人の所為で生まれる。俺にはな、弱者を気取り近づいて、こんな小娘1人を取り囲んで、あの手この手で与しよう。それが出来無いと解ると罵詈雑言を平気で言う貴様等の方が、よっぽど鬼に見えるんだよ!」


 語尾を強め、怒りと殺気を込めた視線を向けながら、聖を指差し吐き捨てるようにそう言い放つ。


 その怒気に当てられて、目に見えて怯んだ村人達が、恐れながらに後ずさる。


 それでも俺は村人達を睨みつけるのを辞めず、またゆっくりと歩き始める。


「救いを求めるだけしかしない馬鹿共が…痛い目を見たくなければそこを退け。」

「う…あ…」

「退け…」


 尚も食い下がる――と言うよりかは、完全に萎縮してしまい、動けなくなっている彼等に向かって、道を開けるよう呟きながら近づいていく。


 道が開く事無いまま、完全に動けなくなっている村人の手前まで来た俺は、そこでようやく立ち止まり、そして――


「退けえええぇぇぇーーーッ!!」


 ――怒りの形相で一際大声で叫ぶと、俺の行く手を塞いでいた村人達は、手前から順に腰を抜かしその場でへたれ込む。


 そこで、村人を踏みつけたい衝動に駆られるが、その衝動を抑え込み、踏みつけないよう気を付けながら、出来た隙間から人集りの外へと出て、そのまま森を目指し歩き出した。


「何してる。行くぞ!」


 暫く歩いた所で聖が付いて来ない事に気が付き、その場で足を止めた俺は、肩越しに振り返って声を掛ける。


「あ…は、はい!」


 呼びかけに応えた聖は、出来ていた人垣を迂回し、小走りに俺の元までやって来る。


 それを待ってから、再び俺は歩き始める。


「あの、良いんですか?」


 暫く歩いていると、隣から呟く様な声を耳にする。


 それを聞いて、横目で彼女の姿を確認すると、不安そうな表情を浮かべながら、肩越しに後ろを見ている姿があった。


 それに倣って俺も視線を背後へと向けると、先程まで俺達を取り囲んでいた村人達が、意気消沈したかのように項垂れている姿を目にする。


「…構うものか。」


 その姿を確認してから、不機嫌さをにじみ出しながら鼻を鳴らした後、視線を前方へと戻して先程の問いに対しそう応える。


 俺達が村人達にかまけている間に、大分時間を取られてしまったようで、既に日は沈み掛け辺りには夜の帳が、もうすぐそこまでやって来ている所だった――

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