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真・宝仙伝  作者: 武壱
鬼女母人之章
4/7

宝仙―壱―(1)

 ――村へと辿り着き暫くの休憩を挟んだ後、食料と水の調達の為、俺達は二手に別れた。


 街道沿いにある為か、割と大きな村なので用はすぐに済むだろう。


 問題があるとするならば、例の噂を真に受けた馬鹿共が、俺の恰好を見て『退治してくれ』等と泣き付いてくる位だが…今の所、その心配は無さそうだ。


 等と思いながら歩いていると、丁度乾物屋を見つけた俺は、そちらへと足を向けた。


「干し芋を二日分…それと、煙管の葉が有るようなら少し売ってくれ。」


 その乾物屋へと入るなり、店主を見つけた俺は早速注文を通した。


 するとその注文を聞いた店主は、意外な物でも見るように、丸くした目を俺へと向けてくる。


「あんた御防様…だよな?なのに、煙管を呑むんかい、意外だねぇ~」


 さも意外といった感じに、店の店主にそう言われ、俺は苦笑を浮かべながら肩を竦める。


「見た目通りの生臭でね。生憎俺も、今の所俺以外に嗜む奴と出会った事が無い。」

「ハッハッハッ!そうじゃろうそうじゃろう。俺もあんた以外で、煙管を呑む坊さんなんざ初めて見たよ。え~っと、干し芋じゃったな。一人分で良いのかい?」

「いや、二人分で二日分頼む。」

「はいよ。」


 俺が改めて注文を通すと、店に陳列されている商品の中から、干し芋を袋に詰め始める店主。


「あんた、今日はここに泊まるのかい?」


 店主に許可を貰い、懐から煙管の入った箱を取り出していると、不意に彼の方から話しを振られた。


「いや、弟子と合流したら、すぐにでも発つつもりだ。今日中に森を抜けようと思ってな…」


 店主の質問に対し、俺は煙管に葉を詰め、火打ち石で火を付けながらそう答えた。


「そうかい…これから森を抜けるのなら、十分気を付けなさい。」

「…噂の事かい?」


 煙管を銜えゆっくりと紫煙を吸い込み、暫く肺に留まらせ、同じようにゆっくりと吐き出した後、俺は店主にそう聞き返した。


 噂とは、この村に着く前に聞いた『鬼』の噂の事。


 この店主も、ここの住人ならば知っていておかしくはない。


 だがそんな俺の考えに反し、店主は商品を袋に入れる手を止め、一瞬不思議そうな表情で振り返ってくる。


「噂…あぁ、あの話しの事か。」


 一旦間を置き、店主はそれだけ呟くと、再び袋に注文の品を詰める作業を再開する。


「鬼が出る…か。そんな噂が立っているようだが、俺は信じちゃいないよ。」

「ほぉ?あんたは、噂の真相は獣か何かと考えているのか?」


 噂の出所の住人にしては、随分と落ち着いている店主の反応に、俺は少なからずこの噂に関し興味を持ち始めていた。


 この村に着く前、聖が俺に対し言ったように、火のない所に煙は立たない。


 例えそれが、根も葉もないただの噂だとしてもだ。


 その噂を聞いて、信じる信じないは別にしても、旅人や商人が行き交う街道沿いの村であるなら、通行量に影響が出そうなそんな噂が流れているだけで迷惑な筈だ。


 だがこの店主の反応は、あからさまに薄い。


 そしてそれは、この店主に限った事ではなく、この村に着いてから今に至るまでの、村の住人の反応に対しても言える事だ。


 噂の大小に構わず、妖怪が住み着いただとか、或いは妖怪が頻繁に出ると噂される場所に、生臭とは言え俺の様な坊主の格好をした者が現れれば、必ずと言っていい程に妖怪退治を依頼される…噂の真偽は別としてだ。


 だがこの村は、今の所そういった類の依頼をする者は現れていない。


 尤も、そういった類の視線位ならば感じてはいたが――現に今も視線を感じるのだが、姿を見せようとしないので無視している。


(この村の住人は、よほど引っ込み思案なのか…ね。視線だけを送られても、こちらから話しかけるような義理など無いと言うのにな。)


「村の衆の中には、本当に鬼の仕業と思っている者も居るようだがね。俺は、獣か何かの仕業と思っとるよ。第一、あの婆さんが鬼の筈無いしな。」

「…あの婆さん?噂になっている人物が居るのか。」


 一人、考え事をしながら、背中越しに感じる視線を探っていた俺は、店主の話の中で気になる節を聞き、一旦思考を中断し聞き返す。


 その問い返しに店主は、作業の手を再び休めると、どこか憤慨しているような雰囲気を漂わせ振り返ってくる。


「…その噂はな、村の年寄り連中が囃し立てた事なんだよ。正確には解らんが、俺が産まれた頃には、もうすでに噂されていた筈だ。」

「…と言う事は、少なくとも三十年以上は、この噂が続いている…と言う事か。」


 店主の風体を観察し、予想した年齢をそのまま口にして聞いてみる。


「まぁそう言う事だな。当時何があったかは知らんが、村の大人連中は、子供だった俺達に決して森に近づくなと言い聞かせていた…」

「それは単に、獣が出て危ないから…と言う事ではないのか?」


 そこまで店主の話を聞いて、思った事をそのまま聞くと、店主は大きく顔を左右に振って俺の言葉を否定する。


 「それも多少あっただろうが、それだけじゃねぇんだ。あの森には、俺が産まれる前から一人の婆様が住んでるんだ。」


 そう言って店主は、店の中から顎で外を指し、そのまま視線を俺の背後へと向ける。


 それにつられ俺も後ろを振り向くと、店主の視線の先には、これから俺達が向かう事になる森が広がっていた。


「…当時俺と仲間達は、親の言いつけ通り、森に住んでる婆様には近づかんようにしてた。だがある日、俺達が森の川で遊んでいると、仲間の一人が川の水を飲みに来た狐にちょっかいを出して、足を咬まれちまってな。幸い狐はすぐに追っ払えたんだが、仲間の負った傷は割と深く、俺達だけじゃ手に負えなくてな、慌てて大人を呼んでこようとしたんだが…」

「そこで、件の老婆と出会った…か。」


 店主の話に耳を傾けながら、肺に溜まった紫煙をゆっくりと吐き出しつつ、その後に続くであろう言葉を引き継ぐ。


「あぁ、その通りだ。」


 重い口取りでそう呟かれ、少し気になり横目で店主を見てみると、昔を思い出しているのか、眉間に皺を寄せ目を閉じている姿があった。


「…俺達は、大人の言う事を真に受けすぎていたんだな。今思い返しても、情けなくて仕方がない…婆様がやってくる事に気付いた俺達は、怪我で動けない仲間を護るようにして、婆様を睨みつけ罵った…鬼だの妖怪だのとな。」


 過去の自分への自己嫌悪か…店主はそこまで話すと、一旦言葉を止めため息を一つ吐く。


 店主の話しが再開されるまで、俺は黙って外の景色を眺めていた。


「…だがそれにめげず、婆様は俺達の側まで来ると、優しい目をしてこう言った――」


『儂を罵るのは勝手じゃが、早く手当をしなければ、その子が何時までも苦しむ事になる…儂ならその子の苦痛を和らげる術を知っておる…今だけでも良い、儂を信用しておくれ…』


「…良く出来た婆さんだな。」


 そこまで話しを聞いて、俺は素直に思った事を口にする。


「あぁ、まったくだ。村の者に嫌われても尚、あんな事を言えるもんじゃない。結局仲間は手当の甲斐もあり、すぐに良くなったよ。それからだ、俺達が村の大人達の目を盗んでは、ちょくちょく婆様に会いに行くようになったのは…色々な事を教えて貰ったよ、薬草の事や村の外の事なんかもな。」

「成る程…な。しかし解せんのは、何故その老婆の事を、村の者達はそこまで恐れるのかだな。話を聞く限り、その老婆はこの村の者では無さそうだが…それだけが理由ではないだろう。」

「確かに…だが、その事については、今も俺には解らないんだ。村の年寄り連中に聞いても、一向に話そうとはしない。ただ言える事は、婆様がこの村にやってきた頃に、何かがあったと言う事だけだ。」


 店主の話はそう締めくくられ、その話しの中で得られた情報を、頭の中で一通り整理し始める。


「…っと、干し芋だったな。ほら、二人分と煙管の葉だ。」


 頭の中で、聞いた話を整理していると、不意に店主が、注文の品を包んだ袋を俺に差し出してくる。


 それまで話しに夢中になっていた所為で、お互い当初の目的をうっかり忘れかけていたようだ。


「あぁ、すまない。すっかり夢中になっていたようだ。」


 店主に苦笑を向けながら、俺は煙管の火を手の平に捨て、握りつぶしてから煙管を箱へと収める。


 その箱を懐に仕舞いながら、店主が差し出した荷を受け取り、同時に勘定を済ませた。


「なに、あんな噂を信じて欲しくはないし、それにあんたみたいな面白い坊さんと話が出来て、俺も楽しかったさ。」


 不意に笑いながらそう言われ、返事代わりに苦笑を浮かべてから店主に対し背中を向ける。


「さて…そろそろお暇させていただくよ。連れを待たせているんでね。」

「あっ、ちょっと待ってくれ。」


 別れを告げ、立ち去ろうとすると、店主に後ろから呼び止められ、肩越しに振り返る。


「俺や仲間達は、あの婆さんが鬼だなんて、微塵も思っちゃいないが、今でも年寄り連中や婆さんと会った事の無い連中の中には、本気でそう思ってる奴も居る。坊さんと見たらきっと、退治を依頼されると思うが…」

「相手にするな…だろ?言われずともそのつもりだ。そんな根も葉も無い噂に、いちいち付き合っていたらキリが無い、精々軽くあしらっておくよ。」


 後に続くであろう、店主の言葉を引き継ぎつつ、苦笑を浮かべながらそう答える。


 すると店主は安堵した様な笑みを浮かべ、胸を撫で下ろす様に嘆息を一つ吐いた。


「…では、そろそろ行かせて貰う。興味深い話しを聞かせてもらった。」

「呼び止めて済まなかった。またこの村に寄ったら、贔屓にしてくれ…道中気を付けてな。」


 背中越しに聞こえる声に、右手を挙げて答えながら、俺は聖との待ち合わせ場所へと向う為に歩き始めた。


 暫く、傾き始めた夕日が作り出した俺の影法師をお供に、手にした錫杖の鈴に似た音色を伴わせながら歩き続ける。


 そして歩きながら、先程聞いた老婆の話を自分でも無意識の内に、頭の中で繰り返し反芻している事に気が付いた。


 それがまるで当然と言う程に、余りにも自然な行為だった為、俺は思わず自嘲気味に苦笑を浮かべた。


(なんだかんだ言っても、結局俺も気になっている…か。これでは聖の事を言えんな。しかし…)


 なんて事を考えながら、今は別行動をしている弟子の事を思い浮かべた後、思考を切り替えると同時に顔も引き締める。


 そして考える事と言えば、問題のその老婆が、何故村八分を受けるようになったのか、と言う理由についてだろう。


 話の内容から察するに、その老婆はこの村に元々居た人間という訳ではない様だ。


 閉塞的な村社会だ、余所者を無視するというのは、ままある話ではある。


 そして閉塞的だからこそ、逆に村人同士の結束感が強まり、気が大きくなって暴力沙汰に発展して、対象に恐怖を植え付け追い出すというのがよくある話なのだ。


 しかし、この村ではまるでその逆、問題の老婆が恐怖の対象であり、一部の村人達から恐れられていると言う。


(であるならば、村人達から恐れられる様な出来事が、何かしらあったと考えるべきであり、恐らくその辺りの顛末が、この『鬼』の噂の発端となった…と考えるべきか。)


 そこまで考えた所で、俺は一旦思考を停止させその場で立ち止まる。


 そして、それまで考えていた事を、追い払うように軽く頭を振り、再び歩き始めた。


(やれやれ、興味本位で俺は何を考えているんだかな。これはこの村の問題で、興味本位で余所者が首を突っ込んで、状況が好転する訳も無いだろうに…俺自身、興味を持ち始めている事は認めるが、ここは関わらず通り過ごすが正解だな。)


 歩きながら、再び思考を再開させ、そう結論付けた俺は、聖との待ち合わせ場所へと急ぐ。


 その間も、俺に向けられる視線はあったが、こちらから視線を送るような事は一切しない。


 救いだけを求める者に、手を貸す義理は無いというのが俺の考えだ。


 見返りを求める気は更々無いが、人の良さそうな奴を掴まえてその善意に縋ろうとする奴は、罪人以上に悪質だ。


 例えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。


 そこは丁度、聖と待ち合わせていた場所に他ならない。


 周囲を村人達に取り囲まれた弟子はと言えば、彼等から余程与し易いと思われたのだろう、周りの者達に縋られ困惑しながら、オロオロしている様子だった。


 それを見ただけで、今聖が置かれているであろう状況を察し、軽くため息を一つ吐いてから、歩く速度を少し上げ、その人集りへと向かっていく。

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