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真・宝仙伝  作者: 武壱
鬼女母人之章
3/7

聖―壱―

 のどかな昼下がり、奥州へと続く街道を、私と師匠は横に並ぶ形で歩いていた。


 夏も終わりに近づいて、季節は秋へと移り変わろうとしているけれど、照りつける日差しはまだまだ強い。


 そんな中を、真っ黒い僧服を身につけて歩くのは正直辛いけど、これでも真夏の頃に比べれば、全然過ごしやすくは成ったかな。


 格好から解る通り私達は旅の僧、隣を歩いているのが私の師匠の宝仙様で、私はその弟子の聖と言います。


 隣を歩く師匠は、剃髪されていない頭と整った顔立ち、おまけに長身の上にややきつめに吊り上がっている眉と瞳の所為で、着ている物が物でなければ、決してお坊様だと思われない。


 その上眼光は鋭くて、近寄りがたい雰囲気を常に醸し出していたりする。


 けど、その手に握った錫杖が、歩く度に鈴に似た音を奏でていて、そんな雰囲気を中和しているような錯覚を、私が常に感じているのは師匠には内緒だ。


「…師匠。」


 それまで、無言で街道を歩き続けていた私達だけど、沈黙の寂しさに耐えかねた私は、横目で師匠の顔を見上げながら声を掛けた。


「なんだ?」


 それに対して師匠は、私に顔を向ける事もなく、いつもの低い地声で聞き返してくる。


「次の村には、どの位滞在するんですか?」

「滞在はしない。食料と水を揃えたら、すぐに発つぞ。」


 少し気になって、次の村に着いてからの事を聞いてみると、師匠は考える素振りも見せないで、私の質問にそう答える。


「そうなると…今日もまた野宿ですか?」

「…まぁ、そうなるな。山小屋でも在れば別だが、あまり期待は出来んだろう。」


 更に続けた問いに対する返答を聞いて、あたしは少しだけ顔をしかめた。


 思えばこの頃、路銀の節約の為に野宿ばかりで、最後にお布団で眠ってから、多分一週間くらい経っていた筈だ。


 節約は大事だと思うけれど、やっぱり野宿ばかりじゃ旅の疲れはなかなか抜けない。


 毎日お布団でなんて贅沢は言わないけれど、そろそろお布団でぐっすり休んでも、きっと罰は当たらないと思う。


 旅の疲れという、旅人にとって最大の敵を目の前にして、それだけで顔をしかめるには十分だけど、それ以外にも顔をしかめたくなる理由があった。


「…さっきのお団子屋さんでのお話し、師匠はどう思いますか?」

「…あぁ、あれか。おまえ、あの話しがそんなに怖かったのか?」


 私の振った話題に、師匠は今思い出したかのように呟いてから、からかうように鼻を鳴らしながらそう聞いてくる。


「そ、そんなんじゃないです!もう良いですよ!!」


 師匠にからかわれた事に、少し気恥ずかしくなった私は、わざと声を荒らげて顔を横に向けた。


 私達が今話している話題――それは、今から一刻程前に立ち寄った、お団子屋さんで聞かされた『鬼』の噂だった。


 何時の頃から囁かれ出したのか、それは定かじゃないらしいけれど、この街道の先にある村周辺に広がる原だから森だかに、一匹の鬼が住み着いていると言う。


 聞かされた話だと、やれ身重になった女の人のお腹を割いて、そのお腹の中の子供を食べてしまっただとか、やれその鬼の噂を聞きつけて、鬼退治に挑んだお侍様は、二度と帰ってくる事はなかっただとか、色々と噂されているみたいだった。


「くだらんな。噂は所詮噂…根と葉が無ければ、ただの虚言でしかない。大方獣の類がしでかした事に、尾ひれ背びれが付いたんだろうよ。」

「でも、火のない所に煙は立たないって言うじゃないですか。」


 噂を一蹴するように、そう言い放つ師匠に対して私は、漠然とした不安を感じてそう言い返した。


「鬼だの何だのという物は、大概が人の恐怖心から生まれる幻想に過ぎん。誰の仕業か解らない、獣の類の仕業かもしれない、或いはそのどちらでもない何かの仕業…輪郭が見えないから一層不安が募り、想像が膨らんでいく。そして、自分達の恐怖の対象となる輪郭を作り上げる――簡単な心理だ。仮に、本当に鬼の仕業だとし、出くわしたとしても、俺がそんなのにどうこうされるかよ。」


 師匠にそう言われて私は、普段の師匠と噂の鬼とを想像してみる。


「…師匠の方がよっぽど鬼に見える…かな?ハッ!?」


 ――ゴンッ!


 考えていた事が、そのまま口から出てしまい、後悔と防御をする暇もなく、すぐに師匠のゲンコツが私の頭を打ち据えた。


 そうなんです、師匠は口よりも先に手が出る人なんです。


「痛い…殴らなくても良いじゃないですか~」


 殴られた部分をさすりながら、私は師匠に非難の声を上げる。


「俺を非難するよりも、その考えてる事がそのまま口に出る癖をどうにかしろ。それに、ちゃんと加減してやってるだろうが…いちいち大袈裟なんだよ、おまえは。」

「うぅ~…そんな事言う師匠だって、怒るとすぐ手が出るじゃないですか。」


 私がそう言い返すと、師匠は私を一瞥してから、軽いため息を一つ吐いた。


「ったく、しつこい奴だ。お互い様と言う言葉を知らんのか?おまえがその癖をどうにかしたら、俺も考えてやるよ。」


 そう言うと師匠は、歩く早さを少しだけ上げる。


「あ、待ってくださいよ!」


 その早さにあわせて、置いて行かれないよう私も付いていく。


 そしてそれを切っ掛けに、それまでのやり取りが続く事はなかった。


 私が師匠と旅するようになってもう二年、お互いの事はよく解ってるし、コレがいつもの私達のやり取りだ。


 別に師匠は、本気で怒っていた訳じゃないし、私も本気で非難していた訳じゃない。


 その証拠に、さっきまで早歩きだった師匠は、いつもの私の歩幅にあわせた早さに戻っていた。


 ちょうどその時、私たちの向かう先に、村の入り口らしき物が見えてきた。


「あっ、あれですね師匠!はぁ~やっと休める…」


 村が見えてきたと同時に、疲れがドッと出てくるのを感じて、私は大きなため息を吐きながらそう呟いた。


「だが少し休んで、水と食料を揃えたらすぐに発つぞ。」

「うぅ~…は~い…」


 師匠の言葉を聞いて、少し気が重くなるのを感じながらも、私は渋々そう答えた。


 そして私たちは、鬼の噂が囁かれる問題の村へと、足を踏み入れたのだった――

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