5 嫁、と言われましても。
「嫁ってなんですか嫁って!」
食ってかかってしまうのはもう仕方ないと思う。
何を言い出すんだこの人は。
春華が柊を睨みつけつつ声を荒らげると柊はちょっと哀れなモノを見るような視線をヒスイにチラリと向けて。
「だってね、彼、結構かわいそうなんですよ。もうここは嫁がいたほうがいいと思うんですよね」
「いや、あの……ああ、そうか呪いのことね?」
さっきの話の中で一人で生きるのはなんだかなー、だから二人でなんちゃらっていうのあったな、と思い当たった春華が勢いをなくした。
「そうそう。で、妖怪の嫁になってくれるような女の子なんてそうそういないでしょ? ここは春華さんしか頼れる人がいないわけですよ」
……うそ。
そんな簡単に嫁になっていいわけがないでしょう?
勿論そんな気はする。
けど。
柊の言葉にやけに説得力があると思えてしまうのも事実。
ここは人助け……いや妖怪助けだと思って……?
「……本当にお人好しなんだな」
ふ、っと笑みを漏らす空気感が隣であって、ヒスイの声がした。
春華がチラリと視線をそちらに向けるとヒスイの表情が和らいでいる。
そして。
「おい巽、お前もいい加減にしろよ。こういう純粋なお嬢さんを丸め込もうとするな。お前、俺のこと起こした責任を取ろうとか変なこと考えてるだろ。まぁ……それはそれで責任とってもらうがな。お嬢さんもお嬢さんだぞ。お前、そんなだと色んな厄介ごとを片っ端から引き受けて損ばっかりしてんじゃないのか?」
え。
ぎく。
なんかこっちに身に覚えのある言葉が飛んできた。
そんな気がして春華が冷や汗をかく。
「なんだ図星か」
ヒスイが呟くと柊がうんうんと頷く。
まぁ、そうだよね。
今ルームシェアしてる綾はそんな感じの流れで引き受けてしまっている。
「そして巽、お前のそれは確信犯か。お嬢さんが可哀想だろうが」
「いやいや。捨て猫を捨て置けない人っていうのは大体家が猫屋敷になる定めなんですよ。そうやって世の中回ってるんです。それで可哀想な捨て猫が野良猫化しなくて済むんだから世のため人のためです」
柊がうんうんと頷きながらヒスイに返すので。
「ちょっと柊さん! うちは別に妖怪屋敷じゃないからね! それにヒスイ、私をお嬢さん呼びするのやめてくれる? もう三十過ぎてるんだからなんか恥ずかしいわ!」
……あ、勢いでつい呼び捨てにしてしまった。と思いながら春華が声を上げた。
「え……三十?」
変なところで固まるヒスイは放っておく。
いいよ別に。三十過ぎは三十過ぎだ。
時々三十代には見えないと言われるが今そういう話を掘り下げてる場合じゃない。
「じゃああとは若いお二人で? 僕はこれから所用で出ますので、そこの公園にでも行ってきたらどうですか?」
春華の食ってかかる勢いをスルリとかわすようにそんな事を言いながら柊が立ち上がりいそいそと周りを片付け始めた。
柊が片付け始めるのでなんとなく席を立つ。
柊がいそいそと出かける支度を始めるのでなんとなく帰り支度をする。
で、一緒に店を出る。
「……なんでヒスイも出てくるの?」
店の入り口にちょっとレトロな「クローズ」の札をかける柊の後ろで春華が隣のヒスイにジトッとした視線を向ける。
「出ちゃ悪いのか?」
イケオジヒスイがこちらに視線だけ向けながらボソッと返してくるので。
「座敷童は屋敷にいたままでいいんじゃないの? 私はただの客だから店主が出るなら出て行くけど」
いやまさか、さっきの「公園デートでもしてこい」的なお見合いの席紛いの言葉を鵜呑みにしてないよね? と思うので春華が念を押すようにボソリと返す。
「だって、行くんだろ? 公園」
……鵜呑み!
「姿を変えられるのって、便利ね」
仕方なく店の前に止めた車を放置して公園まで歩いてきた春華は、仕方なくヒスイと並んで歩き、仕方なくいつも座っているベンチに腰をおろした。
そして仕方なく……何か話したほうがいいかな、と、ごく自然に隣に座ったヒスイに目をやりながら話しかけ。
彼の外見は子供の姿から一瞬で大人の姿に変わったのだ。
「ああ……こういうのは妖の得意技みたいなもんだ」
「ふーん……」
「お前、三十過ぎてるのか?」
「え……ああそうね。今年三十五だけど」
そうかそこ、そんなに気になるか。
まぁ、隠したところでなんの意味もないし、下手に誤魔化したら後で悲しくなるのは自分だし、と思うのでここは正直に。
そして年齢になんの後ろめたさもないので至って平坦に答える。
「さ、三十五……」
え、ちょっと……なんかいちいち失礼ね。
「今の日本はどうなってんだ? 俺の知る限り三十過ぎの女ってもっとこう……」
「……ああそうか……」
はは、と、春華が乾いた笑いを漏らす。
そういえば昔の三十代ってもっと貫禄があった。なんなら私が小学生くらいの頃の三十歳のイメージはおばさんだったけど、最近の三十歳ってまだまだ子供だ。……いやこれは私の思い込みじゃないと思う。同年代の人の考え方とか言動を見てると「中学生か?」と思うようなことが多いし……良くも悪くも若いし幼いんだと思う。
そしてこの人、どんだけ昔の日本文化と今を比較してるのかと思うと……ちょっと気の毒にすらなる。
「まぁ……時代の変化だと思いますよ?」
「恐ろしいな……そうか……そんなに眠ってたってことか……」
呆然としながらそんな言葉が出るので。
「そういえば柊さんに起こされたって言ってたわね」
「ああ……ちょっとあれこれあって眠ってたんだ。その間に相当経ってたらしいな」
……ふ。
もう、驚かないもんね。
なんか複雑な事情があるんでしょう。妖怪だし。
そう思いながら視線を泳がす春華に。
「さっき巽が言ってた嫁の件だけどな……」
言いにくそうにヒスイが切り出す。
「ああ、あれ……」
なんとなくきまり悪くて尻窄まりな返事になるのだが。
「今の時代のその歳は……その……独り身はアリなのか?」
「……え?」
まさかの同情されてる!?
春華の眉間に力が入る。
「アリです! 全くもって普通です! そりゃ早めに結婚する人もいるけどね! 今は女性も仕事するし、自由に生きるために独身生活を謳歌するっていう生き方ができるんです! その方が気楽だし楽しいの!」
「……なるほど……」
勢いよく力説する春華にヒスイは何かを読み取ったのか小さく頷くことも付け足して納得した、と意思表示してくる。
うう。
これはちょっと……自分を正当化するのに一生懸命が過ぎたかな。
そんな気がしなくもない。ので。
「まぁ……その……私は単に結婚に興味がないっていうのもあるんだけど」
と呟きながら肩の力を抜く。
ヒスイがこっそり片眉を上げた。
「結婚するということは相手の人生にも責任を持つっていうことでしょ。なんなら自分と相手の将来に責任を持つっていうことになるし……それって自分の親族だけじゃなくて相手の親族との繋がりとか……子供ができるようなことがあったらその子供に対する責任も生じるわけで」
「ああ……まぁ……そういうことになる……んだろうな」
考え込むようにしながらヒスイが相槌をうつ。
自分の意見を言うでもなく、こちらの意見を批判する気があるわけでもないような相槌の打ち方はどことなく話の続きを促されるようで妙に心地よい。
「それまで積み上げてきた人生があって、それまで関わってきた人たちがいて、大切に思ってくれる人たちがいて、どこか他の場所でも楽しく生きることができるかもしれない人の、今後の人生の責任を持つなんて私には重過ぎて出来ないし」
春華がふ、と小さく息を吐く。
言葉にしてみるとあんまり現実味がないな。
でも、そんなふうに思っていたのは事実だ。
何人か、告白してくれた人はいた。
仲良くしていた人だったり、これから仲良くなれそうな人だったり……みんなそれぞれに良い人だった。でも、そんなふうに考えたら……おつきあいに踏み切れなかった。
それに。
「私、自分の面倒見るのに精一杯なの」
黙って聞いていてもらえることがやけに心地よくてつい、いらない事まで口走っている。
そんな事を自覚していながらもつい続けてしまう。
「私、なんだか普段から体調が良くないことが多くてね。多分一緒に生活すると迷惑かけると思うんだ。それにうちの家族もちょっと色々面倒だから関わらせるのは申し訳ないのよ」
「……なるほど」
春華がここらで私の言い分は終わりです。という言葉の区切り方をすると少し間を置いて納得するようにヒスイが頷いて見せて小さくため息を吐いた。
そして。
「まぁ……そういうことなら……いいか。あのな、俺も嫁が欲しいわけじゃないんだ」
そう言うと軽く腕を組んで視線を空に上げる。
「え、あ……そう、なの?」
拍子抜けしたように春華がヒスイの顔を覗き込むと。
「なんだ、嫁になりたかったか?」
ニヤリ、とヒスイの唇の片端が上がる。
「べ、別にっ!」
咄嗟に春華も視線を前に戻して背筋を正した。
なにそれ。
私が結婚したそうにでも見えたってこと?
いやいやいや。ないでしょう。そんなの。
なんかこう、失礼だな!
気持ちに反比例して顔と耳が熱い。
これ、私が照れているようにでも見えたらどうしよう!
と。
「すまん冗談だ。……巽のやつがな、なんか変に気を回してるだけだ」
くすくす笑いながら話を続けるヒスイはどことなく角が取れた気さくな雰囲気になっている。
どうやらヒスイ、数百年前に何かあって持っている力を使い過ぎ、ひいらぎ屋の蔵にある、とある物の中で眠りについていたらしい。で、蔵の掃除と整理を兼ねて蔵に出入りしていた柊がうっかり起こしてしまった、と。
で、起こされた以上、改めてひいらぎ屋に居候のようなことになってしまう都合上ヒスイは自分の事情をある程度話した。
柊としては、起こされたことに当初怒りのようなものを表していたヒスイに申し訳ないと思って何かお詫びをしようとあれこれ気を回している、ということらしい。
「まぁ……俺がいる以上、ひいらぎ屋は安泰なわけだし、恩みたいなもんを感じてるっていうのもあるみたいだから……詫びと礼の両方なんだろうが……」
「あ……座敷童か」
おどけるように付け足すヒスイに春華が相槌をうつ。
オッサン相手だとイメージが徐々に薄れるとはいえ、「座敷童」だ。住み着いた家は安泰。商売している家ならなおのことありがたい存在だろう。
「で、だ。そっちがそういうつもりでいるなら手っ取り早い。巽のやつが他の相手を探し始めたりしたら面倒だから形式上でいいから嫁にならないか?」
「……は?」
い、今なんて言った?
「ああだから、特に何もしなくていい。巽が納得してくれさえすればいいんだ。あいつやけに頑固で何がなんでも相手を探すって言って聞かなかったから、お前がとりあえず相手として収まったっていうことにしといてくれたらそれでいいから」
「え……嫁、なんだよね?」
何もしない……嫁?
「ああ。形式上、だぞ」
「一緒に住むとかは……」
「今のところしなくていい。そもそもそれだとひいらぎ屋に住まなきゃ駄目だろ? あの店は人が住むところじゃないし、母屋は巽が住んでいるわけだから、あいつだってそこで他人の嫁と同居しようとは思わないだろうしな」
「ふ、ふーん……」
いいのかな、そんなんで。
つまりそれはただの肩書き、みたいなものかな……
ここから毎週月・水・土曜日の更新となります。




