24 親睦会の、支度
今朝は早くからオーブンがフル稼働だ。
なぜなら。
「よし。二本目、とりあえず良い感じ、っと」
春華が焼き上がってオーブンから出したパウンドケーキを確認して、型ごと一度テーブルの上に打ちつける。
これで冷めると同時に萎んでしまうことはない。
そんな感じのパウンドケーキ、三本目を続けてオーブンに入れる。
今日の親睦会は昼前に公園に集合ということになっているのでそれまでに三本パウンドケーキを仕上げて持っていくことになっているのだ。
毎回場所が変わるらしいのだが今回はたまたま春華がいつも行く公園だった。
散歩目的でよく通っていた公園はかなり広くて、その一角にバーベキューが出来るようになっている区画もある。
基本的な食材は揃えられているけれど、そのほかは何でも持ち込み自由。
端田が楽しみにしていて、他の店舗の仲良しのスタッフにも宣伝したと言っていたので期待を裏切ってはならないな、と、とりあえず簡単で失敗しなさそうなパウンドケーキを持っていくことにしたのだ。
それでも一応、アレンジはしたほうがいいかな、と。
オーブンに只今入っているのはココア生地とバニラ生地のマーブル。
焼き上がったばかりのものは抹茶の生地で、一番最初に焼き上げたものは林檎入りで既に冷蔵庫で冷やしている。
「昨日のうちに作れたら一晩寝かせられてんだけどねぇ」
つい呟きながら冷蔵庫から林檎入りのケーキを出す。
粉砂糖にレモン果汁を目分量で混ぜてアイシングを作りながら。
昨日も何だか色々大変だった。
食事当番の綾が夕食に作っていたのはホットケーキ。メニューとしてのツッコミどころはあるけどまずは置いといて。
「ホットケーキって難しいんですねー」
そう言いながらテーブルに出されているものに春華は一瞬目を疑った。
え……今ホットケーキって聞こえたのは聞き間違いかな?
という言葉を一回飲み込んで。
お皿をつい凝視した。
そこに乗っかっていたものは、黒い、何か。
うん。黒。ココアが入ってるとかそういう色ではなく、ガチガチに焦げた、炭化した黒。
そして丸くない。形はもはや丸くしようとした努力のかけらもない、楕円形とかでもなく……強いていうなら、スクランブルエッグの形。
で、表面も平らではなくボコボコとした……だからスクランブルエッグ。なので、隙間から中が見えるのだけど、中がドロッとしているのが見える。
で、そこにバターと蜂蜜がふんだんにかけてあり。
「え、これ、綾ちゃん食べたの?」
仕事から帰ってきてテーブルに出されたのはそれ一品だった。何なら彼女の分はなかったので思わず訊いてしまった。
普段から「私はお腹空いたので先に食べちゃいました」と言われることがあったのでまぁ、そういう事なのだろうとは思ったのだけど。……いやそれにしても、これと同じ物を食べた……? ホントに? と怖い物見たさみたいな感覚で訊いたら。
「あ、私はさっき友達と外食してきたので、もうお腹いっぱいでー」
けろっとした顔で言われた。
……ほう、なるほど?
「そっかー、何食べてきたの?」
思わず返す言葉が棒読みになった。
「えっとー、一番大きなステーキとライス大盛りのセットにサイドメニューでフライドポテトの大盛りつけて、デザートはホットケーキに果物とかクリームとか沢山乗っかってるやつを食べました! でね、友達が最近ホットケーキは家でよく作るから今日はいらない、って言うから私も作ってみようと思って!」
「あー……なるほど……そうなんだ……でも、それだけ食べた後によくホットケーキまで食べられたね……」
色々思うところはあったよ。でもまず真っ先に、思わずそこだった。
普段から食べる量が半端じゃない彼女は、下手したらご飯は一度に三合は食べてしまう。でも外で食べる時には「お金がかかる」という理由でそんなにたくさんは食べないのだ。食べ放題とかでない限りは。
「あ、今回は友達のおごりだったんですよー。ほら私、こないだ車ぶつけちゃったり、胃腸炎になったりしたじゃないですか。で、今度一人暮らしを始めることになってもう色々大変って話をしたら、お見舞いにおごってあげるって言われて」
……ほう、なるほど?
「やっぱり、外食はおごりじゃなきゃ食べられないですよね。出してもらえるってわかった時には好きなだけ食べるようにしているんです私」
「え……ちなみにその友達とは今まで割り勘とかで一緒にご飯食べたことあったの?」
「ありましたよ?」
「そういう時はどのくらい食べてたの?」
「んー、みんな少食だからランチメニューだけで足りちゃうって言うんですよね。だからちゃんとみんなに合わせてましたよ?」
……ほう、なるほど?
普段自分と同じ程度の量を食べるところしか見ていない人がいきなりそんなに食べたら、お財布事情が予定とは若干変更されるよね。そもそも食後にそのメニューにいける人はそうそういないと思う。そのパンケーキメニューはそれだけを食べに来た人用のメニューじゃないかと思うけど。
……そのうち友達無くすんじゃないかな。
「あ、そうだ!今月のお洗濯当番は春華さんですよね! 帰ってきてから気がついたんだけど今日着て行ったブラウスがステーキソースで汚れててー。洗濯お願いしますー」
そう言ってくるりと部屋に向かった綾が持ってきた白いブラウスの胸元には、ちょっと跳ねた、というレベルではなくてダラダラとこぼした、というレベルのソース汚れ。
……え、これ、帰ってきてから気づいたの? と思えてならないので。
「綾ちゃん、これ、お友達は何も言わなかったの?」
と尋ねてみると。
「そうなんですよー、もうその友達もぼーっとしてるタイプの人なんですよねー! 本当は食事の後買い物する予定だったんですけど、用事があるの忘れてたって言って帰っちゃったし」
……ほう、なるほど?
なんか……色々察してしまいそうになったけど?
で。
そんなスチャラカな会話の内容はさておき、ブラウスの汚れ。
これ、落ちるかな? というレベル。乾いちゃってるしガッツリしたシミ。しかもこのブラウス……本来クリーニングのみで手洗いしないようなものじゃないだろうか。
まぁ、彼女、型崩れしようが縮もうが洗濯機で洗う人だから、気にしないかもしれないけど……でも、「やって」と言われたら責任持てない。
そんなこんなで、衣類の洗い方と染み抜きに関する基礎知識を説明することから始めて、洗濯なんかにお金は出したくないとごねる綾を、こうなったものはお金がかかってもクリーニングに出さないとダメだと説得し。
そして改めて、テーブルの上の炭化物について「これは食べられない」という説明をして、夕食は自分の分だけだし春華が作り直す、という解決法をとり。
色々消耗したので昨日はケーキを焼くなんてことは出来ずに寝てしまったのだ。
ちょっとあれこれ思い出してしまったせいで遠い目になってしまいながらも、手元はしっかり動きます。
アイシングを林檎のパウンドケーキにかける。
で、乾く前にアラザンを乗せる。これは「ザ・女子」な見た目のケーキ。キラキラに仕上げます。
ちなみに抹茶のケーキの表面にはスライスアーモンドと、こちらは溶けないタイプの粉砂糖。
ココアのマーブルケーキは焼きっぱなしにするつもり。
持って行ってからスライスするのは手間だから先にスライスして……重箱に詰めるか。
と、大きめの重箱を出す。
重箱というものはとても便利。見た目よりたくさん入るので持ち寄りホームパーティ的なことをする時にも活躍する。重箱を開けたら三段ともケーキ。ってちょっと夢のような光景じゃないかな。
ひと段落したところで朝食を用意して食べる。
もちろん起きてきた綾にも朝食は用意してある。今月は彼女が食事当番だけど、彼女に任せていると「朝は眠い」という理由ですっぽかされる率が高いくせに春華が作ると起きてきて食べる、というあからさまな態度を取られるので朝は春華が早く起きたら先に作る、が定着してしまった。
これはもう、気まずさ回避だ。損得は関係ない。
「へー親睦会なんてあるんですねー、誘ってくれたら私も休み取ったのに、春華さんって意地悪ー」
なんてどこまで本気なのか色々謎な発言をスルーするのはもう慣れたもので春華はそのまま食後の台所を片付けて出かける支度に取り掛かる。
それと同時にまだ何かぶつぶつ言いながらも出勤する綾を見送って。
「はぁ……なんか疲れた……」
エプロンを外して一度椅子に座って息を吐く。
なんだか朝からどっと脱力。
まぁ、考えてみたら昨夜もあまりよく眠れていないのだ。
あれこれあって寝る時間が遅くなった、というのもあるのだけど。
なにしろ綾に「これ、本気なの?」という類の話をしなければいけない時というのはやたらと消耗する。
本来なら常識で分かっていることを前提にしているのに、その常識を実は知らないという事が多々あるので、まず常識の確認からしなければいけなくて、しかも「これ常識なのに知らないの?」という態度だと聞く耳を持たずに怒り出すという悪循環になるからそういう気配を出さないように教え諭さなければいけない。
で、ひと段落して寝ようと思ったところで、あの言い方は大丈夫だったかな……と、あれこれ脳内一人反省会を繰り広げる事になってしまうので結局寝付けないまま明け方ようやくちょっと寝た、という程度。そして今朝は「早起き」をしてケーキ作りをしていた。
そして。
これから出かける親睦会。
端田が「楽しみにしている」とキラキラの期待の目をしていたので、それはそれでとても嬉しいし、近隣店舗の方々とは店同士でやりとりをしていて、ちょっとは知っている人たちなので、会う事ができるのが楽しみではある。
でも。
苦手なのよね……大勢でワイワイやるの。しかも不特定多数。
それを自覚するとついため息が出る。
数人の知ってる間柄で集まってお茶をするとか食事をするとかならまだしも、よく知らない人たちが混ざっているとなると……どうしても気疲れしてしまうのだ。
そこまで気を使う必要がないことはわかっているし、気を使ったからといって何かしてあげられるかといえばそうでもない、という事も分かっているんだけど。
ちゃんとみんな楽しめているかな、とか、苦手なものが目の前に出ていて嫌な思いしている人がいないかな、とか、聞きたくない話題になって不快な思いをしている人がいたらどうやってフォローしてあげようかな、とか、変に気を回してしまう。
しかも、会うのが楽しみな人たちがいる一方で、今回は木下さんもいるんだよねー……。あの人、周りの人を巻き込んで他人の悪口に発展しかねない話題で盛り上がるの好きだからちょっと心配……。
「……ううう、だから毎回行かなくてもいいように対策してたのにぃ……」
つい頭を抱えてしまうのは、誰もいないから、だ。
ああ、すっかり慣れそうになってたけどさっきから軽く頭痛もしてたんだっけ。そろそろ頭痛薬も飲んでおこう。
頭を抱え込んだ拍子に「朝食後まで飲まないで我慢してみよう」と思っていたことを思い出して薬箱に手を伸ばす。
うん、胃薬も飲んでおいた方がいいかもしれない。




