23 同時進行の職場事情
「なんだか最近、高瀬さん目当てで来るお客様が結構いるんですよね」
ニヤニヤと笑いながら端田が春華の隣に移動してきてこそっと告げてきた。
はたから見たら作業中の二人。
春華は入荷した商品を品出しすべく出す棚ごとにカゴに仕分けしている。
端田はその入荷した物の中から単品ごとに値段をつけないと品出しできない商品をピックアップして、値段を印刷したシールを貼り付けている。
で、そんな作業をわざわざ春華の隣まで来てやっているということは、お喋り目的だ。
「え、そうなの?」
なんとなく空気を読んだ春華は声をひそめつつも応じる。
昼の特定の時間帯。来客数が一旦落ち着く時間がある。
そういう時間のうちに店内作業をガッツリ進めておかないとまた来客数が増えてきた時に手が回らなくなるので気を抜くことはできないのだが、店内に客がいないときはつい私語が出るものだ。
「そうですよ。こないだも高瀬さんが午前中で帰ったあとご来店のお客様が高瀬さんをご指名で。結局木下さんが接客してましたけど帰り際に私『今日の店員さんは感じ悪かったわ。高瀬さんは次はいつ来るの?』って言われちゃいました」
「ええ……そんなことがあったんだ……」
春華はつい苦笑が漏れる。
……そうか……木下さん……接客が下手な人ではないんだけど元々声量があるのと、自分が気に入らないタイプの人にはちょっと態度が高圧的になる傾向があるから……嫌な思いをする人もいるかもしれないな。彼女的には「専門店のスタッフ」っていうプライドがあってのことかもしれないんだけど。
なんて思いつつもさすがにそれは口に出せない。
「あと、だいたい『いつものお姉さんは今日はいないんですか?』って聞いてくる人は高瀬さん目当てです」
ニヤニヤしながら端田が春華の方に視線をよこす。
そんなことを言いながらも手元は全く澱みなく動いているんだからそこは仕事人だ。
「えーなにそれ。それは何かの思い違いでは?」
そこは春華も否定する方向で。
だって、この店スタッフは結構いるのだ。
店長以外、全員パートだから毎日日替わりに近い感じでいろんなスタッフが店にいる。
その中でも春華は契約の関係上出勤時間は多い方であるとはいえ、好印象を与えるスタッフは他にもいるだろう。……と思っている。
「いやいや。大体そういう人って前回の接客の様子とか教えてくれるんですけど、確実に高瀬さんです。……あ、なんなら、事務所にある菓子折り、そのお客様から頂いたやつですよ。こないだ生地をたくさん買っていかれた方です。接客のお礼だそうです」
「え、そうなの? ……うわ。どの生地の方だろう……」
たくさん生地を買ってくださる方はけっこういるしなぁ……お客様を名前で覚えているわけでもないし……と春華が眉間にシワ寄せると。
「ほらね。そもそも生地の大量買いをしてくれるお客様を何人も接客している人自体、高瀬さんくらいなんですって。そこで思い当たるお客様が特定できない事自体凄いですよー」
そう言いながら手元の作業を終えた端田は値付けの終わった品物を品出しすべくカゴに詰め込んで売り場へ移動してしまった。
えーそんなもんかな。
ちょっと視線を宙に浮かせてここ最近の他のスタッフの接客を思い返してみるのだが。
うん……これは、さ。私が他人の接客とかいちいち覚えてないっていうのが原因かもしれないけど、他の人がお客様と話が弾んでお買い上げに結びついてる光景って見た事ないかもしれないな。
なんなら、たとえ簡単なレジでの対応でも私が接客するとお客様が「これ、お礼!」とカバンの中から飴とかチョコレートとか、時には「今買ってきた」というお菓子を袋ごとどさっとくれる事があるけど、他の人がそんな風にお客様から何か貰ってるのってあんまり見た事ないかも。
これは……ヒスイ効果……あ、いや、こういうのは昔からあったっけ。
思わずヒスイの顔を思い浮かべたせいか、つい顔がニヤけてしまう。
これはさっきの端田さんのニヤニヤ顔と一緒かもしれない、なんて思うけど……なんだろうね、ヒスイのことを考えると表情が締まらなくなるな。まぁ、接客業、ニコニコしているのはいいことだと思います!
そう割り切って自分の作業を進めていると今度は木下が近づいてきた。
今日は入荷の量が多いから手が空いた人からどんどん品出しの手伝いをしないと間に合わないよね。なんならすぐに品出しできるものばかりならまだいいけど、値段をつけるとか袋に個装し直すとか一手間かけなきゃいけない物があるから余計に時間がかかるし。
そう思いつつ「どこから手をつけよう?」といったふうに作業台に並んだ品物を眺める木下に「こっちのカゴの物は袋に入れ直してから出すやつですよ」と一言添えると、木下はそれを手に取り、個包装用の袋に詰め始めた。
あら、意外。
私の近くで作業する方を選ぶとは思わなかった。
そのまま品出しできる商品のカゴもあるのに……ああ、これ、けっこう重労働になるから後回しにする感じかな。
などと妙なことに思い当たりながらも春華は黙々と作業を進める。
なにしろこれは今日中に終わらないかもしれないという量なのだ。
「こないだの生地大量買いのお客様、またご来店ありましたよ」
平坦な声で話しかけられて春華が顔を上げた。
「あ、そうなんだ」
さっき端田さんが言ってたやつかな。と思いつつ。
咄嗟に、接客がお客様に不評だった件も思い出したのだがなにしろ口角が上がったままの春華なので非常に上機嫌な明るい発声となり。
「まぁ、生地の大量買いって言っても金額はたかが知れてますよね。せいぜい数万円じゃないですか」
作業しながら木下が会話を続ける。
……うん。……うん?
数万円って「たかが知れてる」金額?
こういうお店で数万円の買い物ってけっこうな出費だと思うけど?
と、春華がキョトン、としていると。
「ああ、こういうところでしか働いた事がない人にはわからないかも知れませんけど。私、昔不動産関係の仕事もしていたんですよね。だから土地とか建物とか普通に毎日扱っていたから億単位のお金を動かしたこともあるんですよ?」
「あ……なるほど、そうなんだ」
不動産関係の仕事と手芸品屋の仕事を比べたらそりゃ金額は違うよね。
木下の言っていることの意味がわかって、春華も頷きながら一度止まりかけた手を動かし始める。
「私みたいに結婚する前に大手の会社で働いたり、大きなお金を動かす経験があったりすると色々身につくからその後どこで働くにしてもそういう経験ってついてくるもんなんですよね。だから店長とかエリアマネージャーとかとも話が弾むんですよー」
「……なるほど。それは……良かったねぇ」
えーと、ここはなんて返したらいいんだろう。
てゆーか、この人、なんの話をしにきたんだろう?
そう思えてならないので、春華は無難に相槌を打っておく。
なんならこの話の落とし所がわからないので先を促す意味も込めて、の相槌。
が。
木下はそれ以上何を言うでもなく、そのまま袋詰めした商品を品出ししに行ってしまった。
……ん?
んんん?
え……なに今の?
……あ。あれか、マウント取られたの?
なんだかよくわからないまま再び手が止まりそうになった春華は無理矢理手を動かし続けることに専念する。
まぁ、確かに。
春華はここでの仕事はちょっと長い方だ。
なんならここで働く前も短期間のアルバイトに近いパートだった。
そういうのって、正社員で働いた事がある人からしたら下に見られるって事なのか。
別にね。
同じ職場で働く人全員に今までの職歴を説明しているわけではないから知られてはいないけど。
春華も最初はそこそこの規模の所に就職したのだ。
就職、した。で、働き始めてわりとすぐ、そこ、倒産したんだよね。若かったし初めての就職だったから「そんなこともあるんだ」と、気にすることもなく、次の仕事を探し。で、次の就職先も働き始めて一年くらいで……潰れた。
そんなタイミングで実家と縁を切ったりなんだりしてたから引っ越しが重なって、結構転々とすることになり。なんならその頃は働き先が決まってもこちらの引越しの関係で辞めなきゃいけなくなったりして長続きしなかった。
そして体調が悪くなって、正社員よりパートの方が体力的に都合が良くなったりで落ち着いてきた頃にここで働き始めた。
そういえば柊さんにそんな自分史語りをしたら「壮絶な人生ですねえ」と笑われた。
ほぼウケ狙いで披露したネタみたいな自分史だったので軽いノリだったが、その後仕事をくれるようになったから、彼なりに気を使ってくれているのかも知れない。
収入は限られるけど、食べていけないほどではなく。
体を壊すまで働いてその後仕事もできなくなるよりは、できる範囲の仕事をして節約しながら生活を楽しんだほうがいいと思うのでこの生活は気に入っている。
なので、他の人に何を言われても引け目を感じる事はないのだ。
そもそも自分はかなり幸運だとも思っている。
どんな職場で働くとしても、やる事はみんな正しく評価してもらえるし、そこそこ他の人との関係も良好でいられる。……いや、うん、綾ちゃんのお姉さんみたいに変な執着をされて腐れ縁が続いている人がいるにはいるけど……大体、大まかには、みんないい人。
そういえば仕事を転々としていた頃は行く先々でいろんな友達ができてそれはそれで面白かった。
でも、ちょっと前にふと、変な人に執着される確率の高さに気づいて人付き合いが嫌になりかけた時期があったんだよね。
と、過去のあれこれを思い出す。
綾の姉も然り。
桑野玲子というその人は春華と同年代だった。
マイペースが過ぎるということで周りからは一線おくような付き合い方をされていたが見た目は綾同様「美人」の範疇に入る上、物腰がおっとりとしていたので結構モテていた。
で、仲良くなりかけた人は片っ端からデートに同伴させられるという謎行動でも知られていた。
同伴させられていた人たちは「最初はね『私彼とはまだそんなに仲良くないのに二人っきりだと彼にその気があるって誤解されちゃうから一緒に来て? こんなこと頼めるの、あなたしかいないの』って言われるから仕方なく行くんだけど、結局ただ仲が良いのを見せつけられて終わりなんだよね」「彼の方からは『なんでこんな人がついてくるんだ?』って顔されるしもう意味がわからない」とか言っていた。
そのうち「欲しい物はなんでも自分のものにしようとする」とか「貸したものが返ってこない」とかいう噂が絶えなくなり……その頃春華はたまたまその職場を辞めたし、そのすぐ後、彼女も結婚して退職したらしい。
噂で聞く程度で本人とは休憩時間に少し話をする程度の付き合いだったから特に被害はなく正直安心したものだ。
なので、綾のことで連絡が来た時は、なんでわざわざ自分に連絡が来たのだろう、と本当にびっくりしたのだ。
そんなこんなで閉店時間。
そんなこんなで退勤時間。
「高瀬さん、来週の親睦会何か作ってくるんですか?」
帰り支度をしていると端田が楽しそうに声をかけてきた。
「え、親睦会……あっ……しまった……」
この店のスタッフは年に一度親睦会という名目でイベントをやるのだ。
もちろん年中無休の店なので全員参加ではなく、希望者のみ。で、仲良くしている近隣店舗合同である。
当日休みのスタッフの中で参加希望者は大抵十人程度。で、家族連れもOKなので大体三十人弱くらいが参加する。
春華の場合は毎年出勤の日に重なる事が多かったのでそもそも参加することはなかったのに今回は休みの日に当たった。
で、春華としてはもう「めんどくさいなー」という気持ちが強かったので参加しないつもりだったのに……ここ最近あれこれありすぎて断るのを忘れた。
今年はバーベキューなんかやるって言ってたし……人数分で食材の調達も進んでいるはず。……今更断れない。
なんなら柊さんとこのイベントがあるからそれを理由に断ろうかと思っていたけど……日付は微妙にずれているから「その日に別の用事が入ってしまって」は使えない。
「高瀬さんはいつも美味しいものを作ってるから、親睦会に参加なら何か手作りものを持ってきてくれるんじゃないかと私は期待しているんですけど!」
キラキラした目で訴えてくる端田に春華は苦笑しつつ。
「うん、そうね。初めての参加だし……ケーキとかが良いかな?」
と、ほぼ確定しそうな提案をしてしまった。




