18 お人好し説
「桜が終わったと思ったらあっという間に梅雨入りですねぇ」
ひいらぎ屋の店内で、柊がお茶を手にほう、と息を吐く。
そういえば街路樹のハナミズキが満開だったな、と思いながら春華がまだ熱い日本茶をゆっくり口に運び、店内の古道具たちに目をやる。
「そうですね……そろそろ湿気対策……?」
木製の物や古布の物が多い店内は……湿気対策……いや、エアコン完備のこのご時世、そう気にすることはないのかもしれないな、なんて要らぬ心配を振り払う。
「ああ、うちは大丈夫ですよ。エアコンのおかげもありますけど……そもそも座敷童がいますからね」
「え、そこですか?」
思わず隣で頬杖をつきながらぼんやりしているヒスイに目を向ける。
と、その視線がゆっくり春華の方に向いてニヤリと笑われた。
「まぁ、俺がいればここの品物は悪いようにはならない、な。商売の邪魔になる事とは基本無縁でいられるからな」
「うわ。便利ねぇ」
そういうもんなのか。
目を丸くしながら春華は自分の適応能力にも感心する。
ちょっと前までだったら妖怪が実在する事だって本気で信じたりはしなかっただろうけど、今となっては彼の持っているチートといってもいいような能力に驚くことすらない。
「じゃなくて。梅雨入り前には蔵への引越しが間に合うようにしたいと思っていたんですよね」
変な方向に話が飛びかけたのを軌道修正するが如く、柊がこほんと小さく咳払いをした。
「え、引越し……?」
つい聞き返してしまってから、ああそうだった、と春華が背筋を伸ばした。
そうです。ワタクシ、こちらにお引越しすることになってました。
なんだか最近色々ありすぎてすっかり忘れてた。
「そろそろ完成しそうなんです。なので、住まいの方の完成と蔵の部分の完成を記念してちょっとしたイベントを開催しようかと思いまして」
「え?」
あれ、ちょっと意味がわからなかった。
と、春華が聞き返す。
「あ、えーと、ですね」
そうか、説明してなかったかな、と柊が一旦視線を飛ばしてから説明を付け足したことによると。
柊家の蔵の中身。
これが結構残っていたらしい。
で、一階部分は蔵として残して二階を住居にリノベーション、ということになっていたのだが、それでも入りきらない。
そりゃ、今まで二階建ての蔵の中にぎっしり入っていたような古道具たちだ。しかも特に急いで売ろうという気もなく、本当に大切にしてくれそうな人に売る、みたいな売り方をしている店主のもとではそう簡単には減らない。
そもそも柊家は元々祖父が残したものだけで相当な財産があるらしく、親も亡くした柊は結婚しているわけでもないし独り身なら一生困らないくらいの生活はできるとかで商売っけがない生活をしていても困らないらしい。
ここには座敷童が住み着いているという付加的な要素も関係しているようだが。
で、蔵問題。
二階を住居にするならば、多少物を減らさなければということで考えついたのが。
お得意さんに向けた展示即売会。
だそうだ。
住居としてのリフォームと同時進行で一階部分にも手を入れた蔵は、ちょっとした展示即売会会場になるらしく、一度その形で品物の数を整理することにしたらしい。
「日にちが決まったら春華さんにもお知らせのダイレクトメールを送りますね」
嬉しそうに説明する柊は終始笑顔だ。
「へぇ……ダイレクトメール。そんなことまでするんですねー。なんか意外ー」
つい春華が茶化すような笑みを浮かべて返すと。
「え? 意外ですか?」
柊が目を丸くする。
なので。
「え、だって柊さん、積極的に商売するタイプに見えないんだもん。展示即売会なら一度に複数人のお客さんの相手をするわけでしょ? そーゆーのやるように見えなーい」
至って無責任な発言なのでほぼ棒読みだ。
と、聞いていたヒスイが「ぷ」と小さく吹き出した。
「まあ、そうなるよなー。巽は自分から売り込むようなことはしないし……勢いのある客が大勢来たら……相手できないんじゃないのか?」
意味ありげな視線をチラリと春華の方にまで飛ばしてくるあたり……春華は柊が接客しているところはたまにしか見ないので、思い当たるところが無いのになぁ……と思ったところで若干一名思い当たった。
勢いのある客……綾ちゃんかな。
「……やめてください。なんか変なトラウマを思い出すじゃないですか……」
そう言うと柊がわざとらしく額に片手を当てながら視線を泳がせた。
わざとらしいと思ったけど……よく見ると本当に顔色が悪くなっているところがもはや笑えない。
「そういえばここ最近……来ないですね」
少し間を置いてから春華の方にチラリと柊の視線が向いた。
「……え?」
誰が、とハッキリ言われたわけではないけど……綾ちゃんのことだろうか?
と、春華が視線をなんとなくヒスイの方に回す。
「ああ、あの女だろ?」
小さく頷きながら口元を歪めるあたり……って、いや待て待て、考えてる事がわかるわけじゃない、筈なんだけど! と、春華が手首のブレスレットを凝視する。
「いや、そういうことじゃなくて! 今の話の流れだ!」
「いいですねぇ……以心伝心ってやつじゃないんですか?」
「違う!」
柊の変なツッコミに春華が反射的に即答すると、ヒスイが微妙に寂しそうな顔をした。
それはそれでなんだか笑えるのだが、ここはスルーの方向で。
「綾ちゃん、結局仕事増やしたみたいなんですよ」
とりあえず、噂の御仁の話題に戻ってみる。
「……ほう……?」
お茶のおかわりを注ぎながら柊が小さく眉を上げて相槌を打つ。
ので。
「こないだ風邪ひいたって言ってたんだけど、結局胃腸炎だったらしくて仕事柄治るまで出勤停止だったんですよね」
「……胃腸炎って……なんだ?」
ヒスイが子供のような質問をしてくるので春華がつい笑みをこぼしながら。
「あー、ウイルスが入って炎症を起こすっていうことなんだけど……まぁ、感染する可能性があるから職場には行けないっていうことで。彼女看護師だからさ」
職種に関わりなく、人と接する職場ならどこでも出勤停止にはなるだろうけど……医療関係は他の職場よりそういうのは厳しそうだ。
そんな説明をすると。
「え、それ、お前は大丈夫だったのか?」
「へ? 私?」
きょとん、として春華が聞き返すと。
「ああ、ウイルス性なら春華さんだって感染してたかもしれないんですよね」
柊が身を乗り出して聞いてくる。
「え、ああ、そう、ね。大丈夫だったわよ。一応自分の部屋に自主的に隔離してもらったし」
春華が視線をちょっと遠くに飛ばした。
実は彼女の部屋に入ってあれこれ世話を焼く事もしなくて済んだのだ。
なにしろ。
彼女の部屋、見事な、汚部屋だった。
一度、作ったお粥を持ってドアを開けたのだが、そのまま何も見なかったことにしてドアを閉めた。で、ドアの横に、台所で踏み台がわりに使っている椅子を置き、そこに作ったものを置くことにして自分のタイミングで取ってもらい、食べ終わったら空の食器はそこにまた置いておいてもらう、という事にしたのでほぼ非接触だったのだ。
そういえばあの部屋で掃除機をかける音とか聞いた事がなかったし……そしてドアを開けた時のあの臭い……ベッドじゃないのに布団干した事もなさそうだなぁ……いや、干さないのは知ってたけどそれは布団乾燥機的な物を持ってて使ってるんだろうと思っていたんだよね。
で、そもそもごくたまにしか入浴していないというのはもうデフォルトなのでその状態で寝具使ったりしてたら結構な事になっていそうだ……などと、いくつか思い当たる事があってそれ以降頭が考える事を拒否しているのだ。
「そういえばしばらく前に車で事故を起こしてましたよね」
春華の微妙な沈黙をどう取ったのか柊が話題を変えた。
「あ、そうね。なんかここんとこそういうの、続いててね」
春華がそういえば本題はこれだった。と、思い出した。
「出費が結構かさんだらしいのよね。で、仕事は休んでるから収入はないわけで。元々働きたくないって言って最低限の仕事しかしてなかったから、ちょっと何かあると途端にお金がなくなるっていうの、ようやく納得したみたい」
「ああ、それで仕事を増やしたのか」
春華の説明にヒスイが深く頷いた。
「……それ、わざわざ経験しなくてもちょっと考えたら分かる事なんじゃ……」
柊が眉間に皺を寄せながら宙を見つめてぼそっと呟く。
「……わかります」
春華がかくんと肩を落として頷いた。
本当に、わざわざ経験しなくても、分かる事だと思ったんだけど。
少し前にそういう話をした時には全く聞く耳持たずで笑い飛ばされた。
事故なんか起こすわけない、とか、風邪だってひかないくらい丈夫なのに仕事を病気で休むなんてありえない、とか。
で、今回そう間を空けずに立て続けにそれがあったもんで、本人も言ってみれば「舌の根も乾かぬうちに」だったから流石にもう私にあれこれ言われなくてもそこは納得したらしい。
とりあえず今は週に三日は仕事をしている。
「前から思ってたんですが、春華さんって、お母さんですよね」
柊が笑いを噛み殺すようにして言った。
「へ?」
春華が顔を上げると。
「なんだか本当によく面倒を見てるな、と思って。普通そこまでします? 追い出してしまえばそれで済むでしょうに、一つずつ説明してあげたり教えてあげたりして相手を育ててるじゃないですか」
「え……あ……うん……そうか……」
追い出すっていう選択肢は思いつかなかったなー……と、思わずへらりと笑ってしまう。
「で、いろんなものを全部背負い込んで、一旦抱え込んだら人に頼らず自分で片付けなければいけないと思ってるんでしょう?」
「……う」
返す言葉もなく、言葉に詰まる。
「……お人好し」
とどめとばかりにヒスイがボソリと呟いた。
「……スミマセン」
「まぁ、そのお人好しにつけ込んで座敷童を押し付けてるんですけどね」
反射的に謝ってしまった春華に答えるようにため息混じりの柊はチラリと視線をヒスイの方に向けている。
と、ヒスイが。
「え、俺か? ええ、おい! 俺をあんなのと一緒にするな」
軽い口調とは裏腹に目が本気であるところを見ると、綾と一緒にされたのは心底心外だったらしい。
「いえね、春華さんからしたら同じようなことですよ? 自ら望んで知り合ったわけでも、自分のタイミングでの嫁入りでもないわけですし」
どこか上から目線な柊に、ヒスイがはっと息を呑んでからそろりと視線を春華にむけてくる。ので。
「や、やだなぁ……ヒスイは綾ちゃんとは違うから。大丈夫よ」
少々頬がひきつるのを感じながら春華が答えると、ヒスイが「ほら見ろ」という顔で柊の方を見やる。
「……大丈夫、が当てにならない人っているんですよねぇ……」
なんて言いながら静かにお茶を飲む柊はどことなく悪そうな笑みを浮かべており……。




