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古きもの、愛しきもの、座敷童子の花嫁〜ストレスフルな日常の手芸屋店員ですがイケオジ座敷童子に溺愛されています〜  作者: TYOUKO


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15 心は極力フラットに

 なんだか最近色々ありすぎるような気がする。


 春華は緑が濃くなり始めた公園のベンチに座って深めのため息を吐く。

 職場のあれこれ。

 あれはそもそも自分に原因はない、と思うし、そうである以上避けようがない。

 なんだか勝手にマウント取られてるような気がする。


 で、家でのあれこれ。

 ……綾ちゃんねぇ……。

 これは考えれば考えるほど……悩ましい。

 解決策も見当たらない。

 あの子、そもそも正常なのだろうか。

 などという不穏な疑問が頭をもたげてくる。

 まさか本当にあのお皿を割られるとは思わなかった。しかもこのタイミングだ。考えたくないけど……わざとやった、という可能性すら……いやいやいや、人の動機を疑っちゃダメ。そもそもあの子、定期的にお皿とかコップとか割ってたし。

 でも……あの子もまた、変に負けず嫌いというか、マウント取る癖があるというか……。

 年齢的には私の方が結構上なのに、自分の方が高く評価されるとか、自分の方が良いものを持っているとかじゃないと不機嫌になる。なんで私が比較対象になるのかよくわからない。


 ちょっと前に、生活するにはある程度のお金がいるんだよ、という話をした。

「だって春華さんはその収入でちゃんとできてるんでしょ? なら私だってこれ以上働く必要ないですよね」いう雰囲気だったので急にお金が必要になる可能性のあれこれをとりあえず話した。

 車の維持費や急な出費の可能性、健康管理にまつわる可能性。

 ……なんなら私の節約術はもはや例外だ。

 私は健康上の理由からあまり多くは働けない。なのでその中で必要最低限のやりくりをする方法を結構な時間をかけて体得したのだ。いざという時には栄養面に気をつけつつ食費を削る知識と覚悟もある。

 で。

 その私の提案を「大袈裟なんだからー」という勢いで受け流されたのだが。


 昨日。

 彼女、事故ったのだ。

 帰宅したら駐車場に彼女の車の代わりに見慣れない車があったので「おや」と思ったら。

「なんかー、車ぶつけちゃったんですよねー」

 と。

 代車があるくらいだから結構な事故だったのでは? と思ったら案の定。

 どうやら一時停止をしないで交差点に突っ込んで横から走ってきた車にぶつけたらしい。相手は徐行していたとはいえ、結構なスピードで突っ込んだらしく車のフロントが潰れた、と。

 綾ちゃんは無傷で、相手の車の運転手と乗っていた子供に多少の怪我があったとのことで……申し訳ないけど「だから言ったでしょ」という気持ちで一杯だった。本人も凹んでいたので言葉にはしなかったけど。

 これでもう二度と「私は慎重なんだから事故なんか起こさない」とは言わなくなるだろう。と思ったのは秘密だ。


 なんとなく心が重苦しい。

 という感覚。

 これは、よろしくない。


 自分ではどうしようもないことで思い悩むのは精神衛生上良くない。

 これを続けると、心を病んでしまう。


 そんなことは重々承知。

 でも、毎日繰り返される……なんなら更なる出来事が上乗せされる毎日で息苦しさが続き過ぎているような気がする。

 そんな事を思うとつい、思い浮かべてしまう人ができた。


 ヒスイ。


「そばにいて安らぐ」と言われたのは初めてだった。

 子供の姿で子供の声だったのが……なんとも残念だけど……いや。あれ、むしろそれで良かったのかもしれない。

 大人の姿で言われたら……恥ずかし過ぎて二度と顔を見られなくなってるはず。

 そして少年が、恥ずかしそうに、顔を背けてあんな事を言ってくるその姿もまた……めちゃめちゃ可愛かったの!


 いやもとい。

 うん。

 ヒスイのことを思うと、ぎゅっと潰されているような心の奥が僅かに緩む。

 そういう気持ちの変化も……気づかれているのだろうか。と、思うと……なんだか照れ臭くもあり、割れたお皿は丁寧にハンカチで包んだまま……今日は持ち歩いている。


 いや、これは。

 訳があるのです!


 お皿が割れたことをヒスイが柊さんに伝えたらしく「一度店に持って来てみてください」と言われたのだ。直せるかもしれない、と。

 なので今、まさに、ひいらぎ屋へ向かうべく出て来たところで。


「はああああああ」

 かなり重めのため息が漏れた。


 ああ、私の馬鹿。

 まさかこんなことになるなんて。いや、ちょっと考えたら可能性はあったのに。


 先程、ひいらぎ屋に到着して車を停めたところで、隣に停まっている車があったから「あ、珍しい。他のお客さんと一緒になるなんて」と、思ったんだけど。

 綾の車だった。例の代車。

 ええ、なんで?

 と思ったけど、昨日のやりとりを一気に思い出した。


 事故を起こして落ち込んでいた綾は珍しく色々謝ってきたのだ。「いつも春華さんに言われていることは正しいのに私が頑固だから失敗ばっかりしてる。大切なお皿も割ってしまってごめんなさい」と。そんな風に謝られたらそりゃ私だって許すし。

 なのでその流れで「直せるかもしれない」と言われたので大丈夫。と話したら「どういうこと?」と言われて聞かれるままに答えてしまった。ひいらぎ屋のことまで。

 ……彼女、前に柊さんとヒスイがお見舞いに来てくれたときに、柊さんのこと気に入った様子だったんだよね。


 で、彼女の車を認識した途端、道路を挟んで向かいにあるいつもの公園まで逃げて来てしまって……今に至る。



「ああ、やっぱりここか」

 聞き慣れた声に春華が振り返ると、ヒスイ。

「……あ」

 すでに見慣れたとはいえ、素敵和装イケオジ。はいはい、濃紺の絣が雅ですね。

 つい小さく声を上げて嬉しそうな顔を作ってしまってから「そうだ今私は逃げて来たところなんだ」というのを思い出して、気まずさから視線を逸らしてしまった。

 そんな春華を見ると、ヒスイはベンチの正面に回り込んで来て。

「……そろそろ店に来ても大丈夫だぞ」

 隣に座るかと思ったら腕組みをしてこちらを見下ろしながらそう言うあたり、事情は察しているのかもしれない。

「あ……えーと……」

 別にここで待ってるから呼びに来てと言ったわけではない以上「そうなんだ、ありがとう」とか返すのもいかがなものかと思われるので返す言葉に困っていると。

「なんだか……異常に疲れる女だな。お前の同居人。表情を失くした巽を初めて見た」

 笑いを噛み殺すような雰囲気に春華が目を上げると、視線を横に滑らせたヒスイが苦笑する口元を片手で隠すようにしながら眉間にシワを寄せている。

「あ……そ、そう?」

 つい同情の目で返すのは……致し方ない。

 なんとなく想像出来てしまったので。


 ……綾ちゃん、自分が興味のある人を目の前にすると勢いが止まらない感じになるのだ。もうあからさまに「好きオーラ」が出まくる。相手も好意を持っていれば嫌な気はしないだろうけど……うん、柊さんのタイプではないだろうな。そして彼女、空気を読むってことはしない。

 どこからそのポジティブな発想が出るのか疑問だけど、相手は自分と同じ気持ちのはず! という前提でいる。

 ……そういうところが可愛い、って思う人もいるとは思うけど。なんなら私も時々根負けして「ま、いっか」という気持ちにはなるけど。


「お前が入ってくると思っていたらそのまま車が引き返したのと、かといって遠くまで行った気配がないからここかと思って迎えに来たんだけどな……」

 ふ、とため息にも似た短い息を吐いてこちらを覗き込んでくるヒスイに。

「……えへへ……お見通しでしたか……ありがとう」

 今度こそ春華はお礼を言った。


 改めましてひいらぎ屋に向かう。

 車で公園まで逃げて来てしまっているので助手席にヒスイを乗せる。

 うん……当然のように乗り込まれたけど……まあ、嫁だからいいか。異性を助手席に乗せるの初めてですけど。そもそも公園の駐車場から店まではそう遠くない。

 そんなほんの数分の出来事でもなんだか胸が高鳴る。さっきまでのモヤモヤが薄れる。


 店の入り口をヒスイが開けてくれるので、おおこれはレディファーストってやつですか、と中に入る。と、待ち構えていたような柊。

「ああ、春華さん。お待たせしました」

「……え、あ……すみません」

 妙な言われように一瞬戸惑ったが、ああこれはヒスイを通して自分が逃げたことがバレているんだな、と春華は開き直ることにする。


「あの、これを直すってどういうことですか?」

 もうあれこれ聞くのはやめて、今日の来訪目的である割れたお皿をそっとバッグから出して。

 広げだハンカチの上の皿は大きく三枚に分かれて、更にちょっと小さなかけらが幾つか。

 柊の目の前で売り物のテーブルの上にそっと並べてみると。

「ああ、こんな感じなんですね……金継ぎって知ってますか?」

「え……ええ? 金継ぎ? あれって……そんなお手軽にできるんですか?」

 思わず春華の声が大きくなった。


 聞いたことくらいはある。

 大切な焼き物なら割れたとしても金継ぎで修理して、その形を保つことができる。なんなら新たな命を吹き込むようなものだと思う。

 とはいえ。あれってれっきとした、伝統的な技法だ。……いくらかかるんだろう。これだけ派手に割れてるんだし、きっと万単位だ。


「友人がね、最近始めたんですよ。で、練習用にうちに割れた焼き物がないかって言われたので今ならタダでやってもらえますよ」

 ふ、と表情を和らげる柊はこちらの懐事情にも優しい。

「……タダで……」

 思わず肝心だと思えるところだけ声に出てしまったことに気がついた春華が、視線を上げると柊が笑いだすのを堪えるように口元を歪めている。

「そのかわり、練習なのでクオリティは期待できませんし、失敗もあり得ます。最悪戻ってこないかもしれないので……それでもよければ、ですが」

「あ……そうか」


 なるほど。うん。それはわかる。まぁ、だから無料なんですし。

 でもそうか。戻ってこないこともあるのか。


「あの……もし失敗しても、欠片だけでも返してもらうことってできますかね?」

 恐る恐る尋ねてみる。

「欠片だけでも?」

 柊が目を丸くするので。

「あ……えーと今のままの状態でということではなくて。最悪何も手元に残らないのってちょっと寂しいので……もし小さな欠片になっても返してもらえるならそこからアクセサリーに加工して身につけられるようにしてもいいかなって」

 つい往生際の悪いことを言ってしまった、と後悔しかけるんだけど。


 もちろん金継ぎなんて素敵な技法で再び食器として使えるならそれは素晴らしいと思う。

 でも、万が一戻ってこない可能性があると言われると……このお皿、とても気に入っていたし、ヒスイが私にくれた経緯を考えると手元に何も残らないというのはちょっと寂しすぎる。

 そして昨今の手芸事情。

 陶器の欠片なら何かで加工してペンダントとかブローチにできると思う。そもそもこのお皿、柄がとても綺麗なのだ。どの部分でもいいから少しでも残っていたら全体を思い出すことが出来そう。


「分かりました。ではそのように話しておきましょう」

 柊はそう言うと割れた皿を小さな風呂敷に丁寧に包み直して店の奥に持っていく。


 で、残ったのはヒスイと春華。

「……やっぱり、これ……貰ってくれないか?」

 ヒスイが春華の前に手を出す。

 握られていた手が目の前で開かれると、いつか見たブレスレット。

「え……」

 思わず春華が目を見開いた。


 確か以前は箱に収まっていた。

 なので剥き出しで手の中から出てくるのはちょっと意外。

 なんだか前に見た時よりも、カジュアルに見えるというか……親しみがあるというか……手を出してはいけない高級品というイメージが崩れた。

 いやいやいや。

 これを見た時の柊さんの顔、ちょっと意味ありげだったもん。

 こんな気軽に扱っていいものじゃない筈。

 百歩譲って、ヒスイは座敷童だし、この店にある骨董の類とは相性がいいとかで、こんな気軽な扱い方してもいいのかもしれないけど私は別だから。


「いや、あの……それ、相当高価なものなんじゃないの?」

 そろりと視線を上げてヒスイの瞳を覗き込む。

 と。

「え……高価……?」

 意外にもヒスイの表情に戸惑いが出た。

 そして少し考え込んでから。

「いや……価値の程はわからんが……俺にとっては思い入れのある品だ。……ああ、この店の商品ってわけじゃないから値段がどうつくかは巽に聞かないと分からない、か。……なんだ、値段とか気にするのか?」

「へ? ……あ、いや、えーっと……そういうことじゃなくて……え、じゃあそれってひいらぎ屋の物じゃなくて……?」

「ああ、俺個人の物だ。妖怪の俺が人のお前に正式に譲ってやれるものなんてそうそうないからな。嫁になってくれるなら何かそれっぽい物を、と思ったんだが……」

「あ、そういうこと……」


 ふ。と、肩の力が抜けた。

 ああなんだ。柊さんの変な反応のせいで妙な気を使ってしまったじゃない。


「ほら、手ぇ出せ」

 なんとなく気が抜けたので思わず言われるままに左手を出すと、ヒスイがブレスレットの金具を外して手首に巻き、カチッと金具を留めつける。

 直接肌に触れないように気をつけてくれているらしく仕草がぎこちなくてそれもまた微笑ましい。

 ブレスレットはヒスイの手から離れて手首に収まるとひんやりとした金属の感触に僅かな重量感。

 ああやっぱり、これ、いい物じゃないだろうか。と思えてならない。


「ああ、結局着けちゃったんですね、それ」

 春華がしげしげと手首についた新しいアクセサリーを眺めていると戻って来た柊が声をかけて来た。

「え……あ……ハイ」

 なんとなく気まずくて照れたように春華が返すと。

「なんだ。他人のもんをまるで呪いの腕輪みたいに言うな」

 と、隣でヒスイが不機嫌そうに返す。

「え……呪い……?」

「みたいなもんでしょう」

 春華がヒスイの言葉尻を捉えて固まると、しれっとした顔で柊が答えた。ので。


「えええええ! 何それどういうことっ?」

 春華が叫んだ。

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― 新着の感想 ―
テリトリーである店の中であの巽んを無表情にする女…汚嬢すげぇな。どんだけ無遠慮なのよ。 まぁ、遠慮なんていう項目、汚嬢の辞書にはなかったわ。事故ってもすぐ反省すら放り投げそう。さすがっす汚嬢! 関わり…
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