11 味方の存在
結局分けて食べられそうなものは分けて一緒に食べようということになり、皿や器を出して来た春華によって食事はなんとなく取り分けられ、それぞれの皿に盛り付けられた。
なんとなれば、テーブルに出されていたのは一部で、他にも色々あったのだ。
なので只今、少なくとも春華の前の大きめの皿には端にサンドイッチが一つ乗っており、マカロニサラダ、煮物、卵焼きが盛り付けられている。
小さめの器に半分ずつ入れたうどんは春華とヒスイ。
柊はスープを一人分確保。
他にも唐揚げや大学芋、蒸し鶏、そしてプリンやシュークリームなんかも……と、ちょっとしたパーティーかな、という感じだ。
「で、なんで私が寝込んでるの知ってたの?」
春華が食べながら尋ねる。
これはもう要確認事項。
さっきまで頭がぼんやりしていたから「あれ? どっかのルートからそんな情報が流れることあるかな?」なんて呑気に思ってたけど、そんなルートあるわけない。
一瞬綾ちゃんが……? とか思ったけど、今朝は彼女とは非接触。私が熱出してるなんて知らないはずだし、そもそも彼女はひいらぎ屋も柊さんも知らない。いや、個人的に店を知っていたとしても、私との繋がりは知らない。
この広い世の中、今日の私の体調不良は私しか知らない、と断言できる。
「あ……ああ、それな」
ヒスイがどうにも歯切れ悪く口を開いた。
いいんだけどね。
今まで頭もぼんやりしてたからあんまり深く考えてなかったけど、今日のヒスイ、和装じゃないんだ。今気づいた、というか今改めて認識した。
ざっくりしたニットってイケオジが着ると妙な色気があるもんなのね。……あ、まだ熱があって私の視野に何かのフィルターかかってるのかな?
なんて春華がどうでもいい事を考えている間に。
「僕も最初は疑心暗鬼でしたけど……本当に分かるもんなんですね」
柊が意味ありげに頷いて見せる。
そしてそんなヒスイと柊に「?」という視線を送る春華は二人の視線が気になってその先にあるものに目をやる。
ちょっと不自然な視線の先は。
シュークリームが乗った、春華の皿。
「え、なに? シュークリーム、これ、なんか曰く付きなの?」
やだ、変なもん持って来たなら食べる前に言ってよね。
ってゆーか、これ、パッケージからしてちゃんとコンビニの正規の品物だと思うけど……?
「曰く付きなのは皿の方です」
柊が呆れたように笑う。
「え?」
目を丸くした春華は。
思わず皿を凝視してしまった。
先日貰った皿だ。
なにしろかなりお気に入りなので何かと理由を作ってほぼ毎日使っている。
おかずをちょっとだけ乗せることもあるし、今日のようにお菓子を乗せることもある。
なんなら食パン一枚ならギリギリ乗るサイズなので、トーストを乗せたりおにぎりを乗せることもある。
「そういうものを通して持ち主の安否的なものが分かるらしいですよ」
「……え? そういうものを通して?」
柊のセリフに春華が真顔で聞き返す。
「まぁ。つまり、だな。ひいらぎ屋にある物なら俺が知ったものばかりだからそれを大切に扱ってくれている限り、こっちがその気になれば持ち主がどんな状態かっていうのが気配みたいなもんで伝わってくるってことだ」
ヒスイがどことなくおどおどしながら説明してくれる。
「えー……気配……」
春華が個包装のままのシュークリームを下ろすと、皿だけを両手で持ち上げてまじまじと見つめる。
気配が伝わる。
……なんとなくイメージできないことも、ない。
同じ場所で長く共に過ごした物と妖。古い物なら何かの媒体にもなりそうな気がする。彼がよく知っている物を引き取った私が、それを使うたびに私の状況、というか、使っている時とか手元に置いている時とかの状態を伝える事ができちゃってる、みたいなことだろうか。
えええ、何それ。
なんかカッコいいんだけど! ザ・妖怪! って感じ?
「……ひきますよ普通」
ボソリと柊が呟き。
「……だよな……」
と、ヒスイが項垂れた。
「うん?」
なんか空気感が重くなったなと、春華が顔を上げると。
「ストーカーですよね。家にカメラとか盗聴器仕掛けられてるみたいじゃないですか」
と、柊が神妙な面持ちでこちらを眺めてくる。
「え、ストーカー……?」
「いや、でも。別に映像で見えるとか、実際に音が聞こえるとかじゃないからな! なんとなく楽しそうな雰囲気とか、辛そうな雰囲気とか、そんなのが感じ取れるというだけで! 現に今日はそのおかげで体調が悪くて苦しそうにしてるのに気づいてやれたわけだし! あ、自動的に気配が流れ込んでくるとかじゃなくてこっちが意識して読もうとするから読めるってだけでやめようと思えばやめられるからな!」
春華の言葉に妙に反応したヒスイが慌てて声を上げた。
ので。
「え、いやいやいや。別にそんなふうに思ってないから! ストーカーだなんてとんでもない!」
春華が慌てて首を振った。
「え……?」
軽く固まったのは柊だ。
「えーと、春華さん、よく考えてくださいね。だってそれを持っている限り、気持ちの揺らぎとか心の状態とかがある程度ヒスイに分かってしまうということですよ?」
「……うん。なんか便利だよね? カッコよくない? そーゆーの」
春華がそう言うと、へらりと笑う。
「……ヒスイ。この子は本当に規格外ですからね。こんないい子を絶対泣かしたりしないでくださいね」
「あ、ああ……そりゃ、もちろんだ……」
そんなやりとりをしていると。
「……あ」
「……おや」
春華と柊が小さく声を上げ、同時にヒスイが少年の姿になった。
なんとなれば。
「ただいまー……あれ? お客さん?」
リビングのドアを開けて顔を出したのは綾だ。
いつもは帰宅して荷物を部屋に置いてから入ってくるところを、玄関に見慣れない履き物があったせいだろう、こっちに直行して来た。
ちなみに部屋の間取り的に、玄関を入って一番近いのが綾の部屋、隣に台所。その奥がリビングでその隣が春華の部屋。
「あ、そうなの。私がちょっと寝込んでいたもんだから友人がお見舞いに来てくれて」
「お邪魔してます。……柊と申します」
柊が軽く頭を下げる。ヒスイの方はなぜか不機嫌そうな顔で唇をきゅっと引き結んだまま。
……まぁ、子供の姿だから不自然ではないけど。
「わーそうなんですね! え、春華さん具合悪かったんですかぁ? やだぁ、教えてくれなかったんですねー! 知らなかったぁ! あ、私、桑野綾っていいます!」
綾はいつも以上に甲高い声でそう言うと部屋の中に入って来て柊の隣に座ろうとする、ので。
「あ、シュークリームあるから食べる? 手洗って来たら? あとその荷物も部屋に置いて来たら?」
春華が声をかけると「わー美味しそう!」と目を輝かせて荷物を持ってくるりと方向を変えた。
「……それ、本当に便利ね」
春華がしげしげと隣のヒスイを見下ろす。
子供になったヒスイは服装もそのままサイズダウンして生意気にもカッコいい。座敷童な和装じゃなくても可愛い。
「いつもの格好で色々言われたらめんどくさいだろ」
……やっぱり不機嫌そうだ。
「あー……まぁ確かに」
そう言いながら春華がまさに「色々言われそう」な和装の柊の方に目を向ける。
「僕は慣れてますから」
そう言うとグラスに注いだお茶を口に運ぶ。
「一応ね、ここに来るに当たってヒスイは春華さんに気を使ってその姿で来たんですよ。で、更に僕が一緒なら女性のいる部屋に入っていくのを誰かに見られても変な目で見られることはないだろう、と」
「え、そうなの? 子供の姿で?」
うわ。そんな気の使い方までしてくれたんだ。
うん。古風な人って色々ありがたいなぁ。
春華が感謝の眼差しを二人に向けていると、綾がいそいそと部屋に入って来て柊の隣にすとんと座った。
なので春華が先ほど皿からおろしていたシュークリームを綾の前に差し出す。
「ありがとうございます! いただきまーす!」
そう言って綾が袋から中身を出して早速頬張るので、なんとなく春華が立ち上がって台所からグラスを持って来て綾の隣に置き、ペットボトルからお茶を注ぐ。
「あ、氷いる?」
この季節、氷までは必要なさそうだから自分たちのグラスには入れなかったけど、今日は暖かい方だ。そして綾は暑いと言って汗をよくかく。ということに思い当たって声をかけると。
「あ、はい! お願いしまーす」
と声が上がったので「ハイハイ」と再び台所に行って氷を持って来て彼女のグラスに入れる。
「んー美味しい!」
そう言うと綾はこてんと首を傾げるようにして柊の顔を覗き込む。
「そうですか、良かったですね」
棒読みな柊の返事にはどことなく不愉快さが滲み出ている。で。
「なんで病人に給仕させるんだ?」
と、ヒスイが一言。
え、ちょ。
なんでそんなに不機嫌そうに……あ、いや、うん。言ってることに間違いはなくて、なんなら私、このちょっとの移動で軽くふらついたけども……そこまでぶっきらぼうな言い方しなくてもいいのに。
あ……子供だからそんなに角は立たないか?
と春華が言葉に詰まっていると。
「あー私がやろうと思ってたのにこのおねーさんが先にやってくれたんだからそれでいいのよー。働いて来た人はもう休憩しないとね。それにせっかく柊さんが買って来てくれたんだから、ちゃんといただかないと!」
と、綾の方は全くもって悪びれもせず。
うん。角は立ってなさそう。
なんかこう……「せっかく」の用法間違ってたような気がしなくもないけど、まぁいっか。
と、春華が苦笑いする。
「あ、春華さん、具合悪いんだったら部屋で寝た方がいいんじゃないですか? 私、お客様とお話ししてるからこっちは大丈夫ですよ?」
大きめのシュークリームを三口で食べ切って口の周りにクリームをつけたままの綾が春華の方を向き直って、あからさまに心配そうな顔になった。
「え……あ、うん……」
そういえば本当に熱が上がっている気がしなくもないので、春華がふらりと立ち上がった。
と。
「ああ、すみません。つい長居しました。我々も帰りましょう。春華さん、ちゃんと休んでくださいね」
柊が立ち上がり、ヒスイもしぶしぶといった感じで立ち上がった。
「えー、もう帰っちゃうんですか? 私なら大丈夫なのでもう少しゆっくりして行っていいですよ?」
なんて言う綾に小さく会釈する程度に応えた柊は……これはもう営業スマイルを貼り付けただけの顔。で、そのまま玄関の方に向かう。
行きがかり上、春華は自分の部屋ではなく玄関の方へ彼らのお見送りに。
何か言いたそうなヒスイと、気の毒そうな視線を最後にこちらに向けた柊はそのまま帰って行った。




