第9話『完売御礼と、本気の公爵様は逃がしてくれません』
王都の夜会での大不祥事により、マルセル商会と悪徳ギルド長は速やかに失脚・収監された。
そして、妨害工作が完全に消え去った『ヴァルハイト・ガラス』は――王都で爆発的な空前の大ヒットを記録していた。
「――エレノア様! 王都の主要店舗に出荷した第1弾、ならびに第2弾の高級硝子製品ですが、本日正午をもちまして【すべて完売】いたしました!」
本館の執務室で、若き商人ギルドの代理人が大興奮で報告してきた。
「王妃様をはじめとする上流階級の貴婦人方の間で『光の結晶のような美しさ』と大評判になりまして! 現在、予約待ちが3ヶ月先まで埋まっております! 今月の売上純利益だけで、なんと金貨12,000枚を突破いたしました!」
「12,000枚……!?」
報告を聞いた執事のアルフや使用人たちが、驚きのあまり「おおお……!」と歓声を上げ、感涙している。
かつて破産寸前で「あと90日で倒産」とまで言われていた公爵家は、たった数週間で王都屈指の超絶大金持ち貴族へと返り咲いたのだ。
「ふふ、予想通りのマーケティング成果ですわね」
私は優雅に紅茶を一口すすり、満足気に頷いた。
「職人たちの技術力と、適正な価格設定、そして希少性を演出する限定販売戦略。数字は嘘をつきませんわ。これでもう我が家の財務基盤は盤石。騎士団の給与も、領民への福祉予算も10年分は確保できました!」
パンッと手を叩き、私は清々しい笑顔で向かいに座る男を見つめた。
「さあ! 旦那様! これで公爵家の危機は100%去りました! 約束通り、私は離れで悠々自適の過労死ゼロ・完全ニート生活に入らせていただきますわ!」
晴れやかに離れへ向かおうと立ち上がった――その時だった。
ガタッ!
重厚な椅子が勢いよく引かれる音が響いた。
気づいた時には、目の前にヴィンセント様が立っていた。
逃げ場を塞ぐように、長テーブルにドンッと両手が突かれ、いわゆる『壁ドン』……ならぬ『卓ドン』の体制で私は閉じ込められていた。
「な、なんですか旦那様? 契約違反の追加業務なら別料金が発生しますが……」
「……逃がさないぞ、エレノア」
ヴィンセント様の低く甘い声が、耳元で鼓膜を揺らす。
極上の銀髪から立ち上る品の良い香りと、氷のように冴え渡っていたはずの青い瞳に宿る、メラメラとした熱い情熱。
冷酷な仮面など微塵も残っていない「本気の男」の顔が、目と鼻の先にあつた。
「領地の危機は去った。資金の問題も解決した。……ならば、もう私が君を遠ざける理由はどこにもない」
「え、いや、あの……私は静かな離れで読書を……」
「離れなど行かせない。本館の私の部屋へ来てもらう」
ヴィンセント様は強引に私の手を取り、その指先に愛おしそうに何度もキスを落とした。
「『愛するつもりはない』と言った愚かな私を、君のその圧倒的な才覚と美しさで叩き潰してくれたあの日から……私は君以外の女性など考えられなくなったのだ。ビジネスパートナーなどという冷たい関係で終わらせるつもりは、毛頭ない」
「っ……!? け、契約の変更には双方の合意が――」
「合意ならいくらでも取り付けてみせる。君が『はい』と言うまで、毎日バラの花束と極上のスイーツを贈り、毎晩君を抱きしめて愛を囁き続けると決めた」
「ぐ、過剰な営業攻撃は規律違反ですわ……っ!」
耳たぶまで真っ赤にして抗議する私に対し、ヴィンセント様は満足そうに口角を上げ、妖艶で美しすぎる笑みを浮かべた。
「数字と合理性を愛する元会計士殿? 私のこの『本気の求愛』が、どれほど本気か……これから一生かけて計算してみるといい」
(あ、ダメだこれ……! 経営難の課題はすべてクリアしたのに、この溺愛モンスター化した公爵様から逃げ切る計算式だけは、前世の知識を使っても全く導き出せないーーー!?)
真っ赤になった私の顔を見て、後ろでアルフたちが「ああ、お二人ともお幸せに……!」と嬉しそうに頷き合っていたのだった。




