第8話『王都の夜会で、悪徳商会を公開処刑いたします』
領地での直接取引を遮断されたマルセル商会は、なりふり構わぬ嫌がらせに出てきた。
公爵家が新たに立ち上げたブランド『ヴァルハイト・ガラス』の流通を差し止めるため、王都の商業ギルド幹部へ手を回し、「出所不明の違法粗悪品」という嫌疑をかけて差し押さえようとしたのだ。
「――というわけでエレノア、王都で開催される『夏季商業夜会』へ出席し、ギルド長に直接抗議を行う」
馬車の中で、ヴィンセント様が緊張した面持ちで言った。
最高級の黒の礼服に身を包んだ彼は、相変わらず眼福な男だ。
「相手は王都の商業を牛耳るギルド長と、マルセル商会。大物貴族たちも味方につけている。相当な難敵になるだろうが……私が君を守る」
「まあ、頼もしいことですわ、旦那様」
私の衣装は、自分たちのブランドの試作品である『極光ガラス』をあしらったシックなドレスだ。
守られるまでもなく、私の頭の中にはすでに【ギルド長の弱点とマルセル商会の不正データ】が完璧に揃っていた。
「私の仕事は数字で殴ることですので。旦那様は横で格好良く立っていてくだされば十分ですわ」
「うぐっ……相変わらず私への扱いが容赦ない……だがそこも素敵だ……」
勝手に胸をときめかせる公爵様をスルーし、私たちは絢爛豪華な夜会会場へと足を踏み入れた。
――会場に入った瞬間、突き刺さるような視線と嘲笑が飛んでくる。
「おい見ろよ、あの『破産寸前』のヴァルハイト公爵だぞ」
「田舎の子爵令嬢を娶って、怪しげなガラス細工を売ろうとしているらしいじゃないか」
ヒソヒソと囁く貴族たちの中心で、下品な笑みを浮かべていたのは、マルセル商会のバザロ。そして、その隣に立つ肥満体の老貴族――商業ギルド長のゴルドー伯爵だった。
「ハッハッハ! これはこれは、ヴァルハイト公爵閣下! 破産処理のご相談なら、いつでも乗りますぞ?」
ゴルドー伯爵が下品に腹を揺らして歩み寄ってくる。
「件の『ヴァルハイト・ガラス』ですがねぇ。品質に重大な懸念があるため、ギルドの判断で全商品の販売差押えと、回収命令を出させていただきました。悪しからず!」
「なっ……! 試作品の鑑定すら行わずに差押えだと!? それはギルドの権限乱用だ!」
ヴィンセント様が怒りを露わにするが、ゴルドー伯爵は鼻で笑う。
「ハッ! 誰が破産寸前の公爵家の言い分など聞くものか。大人しくマルセル商会に領地の利権を全て払い下げて、田舎で静かに破産されることですな!」
会場にクスクスと品のない笑い声が広がる。バザロも勝ち誇った顔で胸を張った。
しかし――私はシャンパングラスを優雅に傾けながら、優しく微笑んだ。
「ゴルドー伯爵。ひとつお伺いしてもよろしくて?」
「あん? なんだね、田舎の小娘が」
「あなたが先ほど『品質の懸念』とおっしゃった根拠についてです。……もしかして、こちらの【マルセル商会からの金貨2,000枚の秘密口座振込記録】のことでしょうか?」
「「……ッ!??!?」」
一瞬で、ゴルドー伯爵とバザロの顔から血の気が引いた。
「な、何を言っているんだバカバカしい! デタラメを――」
「デタラメ? おかしなことをおっしゃいますね」
私はドレスの隠しポケットから、サッと一枚の複写用紙を取り出した。
「ギルド長、あなたが過去5年間にわたり、マルセル商会の粗悪な輸入商品を優遇し、正規の関税を逃れさせていた脱税額――合計【金貨18,000枚】。こちらの帳簿と、裏取引の照合データが完璧に一致しておりますわ」
「ひっ……!? な、なぜそれを……!? それは我が家の最深部の金庫に隠してあったはず……!」
「数字の辻褄が合わない『違和感』を辿れば、隠し場所など簡単に割り出せますわ。前世からの私の特技ですので」
私はフッと冷ややかな笑みを浮かべ、会場全体に聞こえる通る声で言い放った。
「さらに! マルセル商会が我が領地から不当に安値で買い叩いていた原石の差額損害金、ならびに今回の名誉毀損に対する違約金――併せて【金貨25,000枚】。本日正午までに支払われない場合、王立会計監察院および近衛騎士団へこの証拠提出を行います」
「に、二万五千枚……!? そ、そんな金を払ったら我が商会は破産してしまう――!!」
「あら、破産ですか? 奇遇ですね、先ほど我が家に勧めてくださったではありませんか。ご自分たちで体験されるとよろしいわ!」
「「ひいいいいいいっ!!??!?」」
泡を吹いてその場に崩れ落ちるゴルドー伯爵とバザロ。
周囲の貴族たちは言葉を失い、静まり返った。
わずか【5分】での完全勝利。
呆然とする会場の中で、ヴィンセント様だけが「……やはり私の妻は、世界で一番格好良くて恐ろしい……」と、うっとりとした目で私を見つめていたのだった。




