第7話『職人たちの頑固なプライドと、不躾な来訪者』
「――冗談じゃねえ! 子爵家のひよっこ令嬢に、俺たちの仕事の何がわかるってんだ!」
領内の工房が集まる中央作業場。
雷のような怒号を響かせたのは、この領地で一番の腕を持つガラス細工職人の頭領、ガルドだった。
周囲を取り囲む数十人の職人たちも、腕組みをして険しい表情で私を睨みつけている。
「これまでは原石のまま安値で叩き売られていたそうですね。ですが、この領地のガラス加工技術は王都の最高級品にも劣りません。これからは我が公爵家が資金を出し、デザインと加工を施して『ヴァルハイト・ブランド』として王都へ直販します」
「ハッ! 綺麗なことを言いいやがる! ブランドだか何だか知らんが、貴族の道楽に付き合ってる暇はねえんだよ! 俺たちはな、安くても毎月確実に買い叩いてくれる『マルセル商会』に買ってもらうしか生きる道がねえんだ!」
ガルドが吐き捨てるように言う。
長年、マルセル商会に搾取され続けたことで、彼らは「どうせ貴族も自分たちを利用して捨てるのだろう」と強い絶望と疑心暗鬼に陥っていたのだ。
(ふふ……典型的な【搾取に慣れ切った下請け企業の拒絶反応】ね。想定内ですわ!)
私はフッと不敵な笑みを浮かべると、懐から一枚の羊皮紙を取り出し、卓上に広げた。
「では、こちらの【最低利益保障契約書】および【成果に応じた歩合制報酬案】をご覧ください」
「あん……? いんせんてぃぶ……?」
「簡単に言えば、売れれば売れるほど、皆様の手元に入る報酬が青天井で増える仕組みです。さらに、病気や怪我の際の『労災補償』および『退職金積立制度』も公爵家が全額負担いたします」
「「「な、なんだと……!?」」」
職人たちの顔色が一変した。
現代の福利厚生を手厚く組み込んだ雇用条件は、この中世風の異世界において、まさに悪魔的な魅力を持つ。
「つ、手厚すぎる……! だが、そんな旨い話があるわけ――」
「さらに! ガルド殿、あなたの作るガラス製品はカットの角度に狂いがありますわ。あと【3度】角度を鋭角に研磨すれば、光の屈折率が跳ね上がり、王都の貴婦人たちが狂喜乱舞する宝石のような輝きを放ちます」
「なっ……!? お、お前、なんでそれを見抜いた……!? 俺が何年も悩んでた光の乱反射の解決策を、たった一目見ただけで……!?」
ガルドが目を見開き、ガタガタと震え出した。
(前世で光学ガラスメーカーの監査も担当していましたからね。数字と構造の分析はお手前ですわ!)
「どうでしょう? 私の提示する条件と指導のもとで、最高の作品を作ってみる気はありませんか?」
圧倒的なプレゼンと技術への深い理解。
完全に毒気を抜かれたガルドは、ゴクリと唾を飲み込むと、ドカンと頭を下げた。
「……負けた! 姫さん……いや、エレノア様! 俺たちをアンタの配下に組み込んでくれ! 一生ついて行くぜ!!」
「「「お頭!? ……いや、俺たちも頼みます、エレノア様!!」」」
一瞬で職人たちの心を掌握した私に、陰で見守っていたヴィンセント様が「すごすぎる……我が妻ながら恐ろしい手腕だ……」と、惚れ惚れとした目で吐息を漏らしていた。
――だが、その感動の空気を台無しにする、不躾な足音が響き渡った。
「ヒッヒッヒ、なんだか楽しそうな集まりですなぁ?」
ジャラジャラと派手な宝石を身につけた肥満体の男が、何人ものいかつい用心棒を引き連れて工房へ踏み込んできたのだ。
「ま、マルセル商会の王都支店長……! バザロ!!」
ガルドたちが顔を青くする。
バザロと呼ばれた男は、下品な笑みを浮かべながら私とヴィンセント様を見下ろした。
「噂を聞いて来てみれば……落ちぶれ公爵家が、身の程知らずにも新事業だと? 笑わせるな。この領地の流通はすべて我が『マルセル商会』が握っているのだぞ?」
バザロは懐から一枚の古い契約書をちらつかせた。
「前当主様と交わした【独占販売契約】がある限り、お前たちが勝手に商品を売ることは許されん! 破れば金貨10,000枚の違約金が発生する! おとなしく今まで通り、我々にタダ同然で原石を納め続けるんだな!」
「っ……そんな不当な契約……!」
ヴィンセント様が不快そうに眉をひそめる。
バザロは勝ち誇った顔で、豚のような鼻を鳴らした。
しかし――私は溜め息をひとつ吐くと、憐れみすら込めた目でバザロを見つめた。
「あの……バザロ殿とおっしゃいましたか?」
「ああん? なんだ小娘、恐怖で声も出んか?」
「いいえ。あまりにもお粗末なハッタリに、呆れて開いた口が塞がらないだけですわ」
「……あ?」
私はバザロの手に握られた契約書を指差し、フッと冷ややかな笑みを浮かべた。
「その契約書の第14条第2項。『甲(公爵家)の財務状況が著しい変化を来した場合、本契約は効力を失う』……さらに、先ほど私が追放したバルト元管理官との間で交わされた【裏金受領の証拠】も、すでに私の手元にございます」
「なっ……!? なぜそれを……!?」
「法的効力ゼロの無効な契約書で脅迫、および過去の違法な中間搾取。――今すぐこの領地から出て行かなければ、公爵家の名において、あなたを【商業詐欺および経済脅迫罪】で即座に拘束・投獄いたしますが……いかがなさいますか?」
「ひっ……!??!」
私が放つ圧倒的な覇気と、完璧すぎる法論破に、バザロの顔面は一瞬で土気色に変わった。
「お、覚えていろよ……! マルセル商会を敵に回して、タダで済むと思うなよーーーっ!?」
捨て台詞を吐きながら、豚のように悲鳴を上げて逃げ出していくバザロと用心棒たち。
「……またしても3分で解決してしまった……」
後ろでヴィンセント様が呆然と呟き、職人たちからは「エレノア様万歳!!」と割れんばかりの歓声が巻き起こるのだった。




