第4話『公爵家の開かずの倉庫は、宝の山でした』
腐敗側近たちを叩き潰した日の午後。
私とヴィンセント様は、本館の地下奥深くに眠る『開かずの開蔵』の前に立っていた。
重厚な鉄の扉が開くと、埃っぽい空気と共に、溢れんばかりの骨董品や調度品が目に飛び込んでくる。
「ここは歴代の当主たちが収集した美術品や、他家からの贈答品を保管している倉庫だ。……だが、どれも価値が不透明で、換金しようにも鑑定に何ヶ月もかかると言われていてな……」
ヴィンセント様が重い溜め息をつく。
騎士団への給与支払期日まで、もう時間がないのだ。
しかし、私の目は輝いていた。
「鑑定に何ヶ月? お戯れを、旦那様。市場価値の算出など、適切なデータがあれば一瞬ですわ」
私は腕まくりをして倉庫へと踏み込んだ。
前世で過労死する前、私は大手会計事務所で企業買収(M&A)の資産査定を嫌というほど叩き込まれていたのだ。
美術品の相場変動からオークションでの過去落札データまで、私の脳内データベースには完璧に記憶されている。
「ほう……この壺は一見豪華ですが、焼きが甘い偽物ですね。査定額ゼロ。逆にこちらの埃をかぶった地味な羊皮紙の古文書――これ、初代国王の直筆サイン入り歴史書ではありませんか!」
「なっ……!? それは単なる古い雑記帳だと思っていたのだが……!?」
「市場価値、金貨2,000枚を下りませんわ。……さらに、こちらの美術品の数々。現在、隣国の成金貴族の間で空前の『クラシックブーム』が来ております。今オークションに出せば、通常の1.5倍で売却可能です!」
「な、なぜ隣国の流行まで把握しているんだ……!?」
私は手際よく倉庫内の物品を【即時現金化できるもの】【オークションに出すもの】【価値のないゴミ】の3つに仕分けしていった。
指先を高速で動かし、羊皮紙に爆速で目録と概算売却額を書き込んでいく。
「――はい、出来上がりました! 倉庫内の不用品をすべて整理・売却した場合の予想回収額は、合計金貨4,500枚となります!」
「よ、四千五百枚……!? 騎士団の給料はおろか、領地の当面の運転資金まで全て賄えてしまうじゃないか……!?」
ヴィンセント様は目録と私を交互に見比べ、顎が外れんばかりに驚愕していた。
彼が数年間、眠れぬ夜を過ごしながら悩んでいた財政難が、私と出逢ってたった1日で解決の目処が立ってしまったのだから当然である。
「これで資金繰りの目処は立ちましたわね! 旦那様、約束通りこれで私を快適な離れで放置していただけますわね?」
満足気な笑顔でそう尋ねると、なぜかヴィンセント様は複雑極まりない表情を浮かべた。
「……エレノア。君は……本当に私からの愛も、妻としての優遇も望まないのか?」
「もちろんです! 恋愛などという非合理的な感情に振り回されるより、静かな離れで読書に耽るほうが100倍有意義ですから!」
きっぱりと言い切る私に対し、ヴィンセント様は胸のあたりをキュッと押さえ、何やらショックを受けたように言葉を詰まらせた。
(……おかしいな。私に『愛するつもりはない』と言ったのは旦那様のほうなのに、なぜそんな『捨てられた子犬』みたいな目で見つめてくるのかしら……?)
「……分かった。約束通り、君の好きにさせよう。……だが、その……」
ヴィンセント様は気まずそうに視線を泳がせ、耳たぶをほんのり赤く染めながらボソリと呟いた。
「……夕食くらいは、本館で私と一緒に食べてくれないだろうか。……君の、その……素晴らしい仕事ぶりに感謝して、最高のシェフに腕を振るわせるから……」
「あら! 最高のディナーですか? 喜んでお付き合いいたしますわ!」
タダで美味しいものが食べられるなら拒否する理由などない。
私が即答すると、ヴィンセント様は心底ホッとしたように、これまで見たこともないような柔らかく美しい微笑みを浮かべたのだった。
(……ん? なんだか『冷酷な氷結公爵』の氷が、勝手に溶け始めていないかしら……?)
自身の「無自覚な好意」に気づいていない公爵様と、自分の「快適なニート生活」のことしか頭にない元会計士の、おかしな関係が動き出していた。




