第15話『隣国の皇子、スカウトに(力づくで)来航す』
不定期更新です。
王立財務院へのマニュアル提供から数週間。
マニュアルを導入した王国の財政は劇的に改善し、私は公爵領の離れで約束通りの「過労死ゼロ・快適ニート生活」を満喫していた。
「ふはぁ……冷たい紅茶と、焼き立てのクッキー。そして面白い本……至福ですわ……」
木漏れ日が差し込む庭園の東屋で、私は深々とソファに身体を沈めていた。
もちろん、隣には「公務を爆速で終わらせて飛んできた」というヴィンセント様が、嬉々として私の髪を撫でている。
「エレノア、クッキーの味はどうだ? 君の好みに合わせて、王都から一番の菓子職人を雇ったのだが」
「完璧な甘さですわ、旦那様。これで隣にいる『甘やかしモンスター』がもう少し大人しくなっていただければ100点満点なのですが」
「はは、断る。君を甘やかすのは私の生き甲斐だからな」
そんな平和そのものの空間に――ドタバタと重い足音が響き渡った。
「旦那様! エレノア様! 緊急事態にございます!!」
珍しく余裕を失った顔で駆け込んできたのは、執事のアルフだ。
「アルフ、騒々しいぞ。せっかくのエレノアとの時間が台無しだ」
「申し訳ございません! しかし……港に『ガルニア帝国』の巨大軍艦が接岸いたしました! さらに、帝国の第1皇子であられるカイル殿下が、手勢を引き連れて当邸へ向かっておられます!」
「なに……!? ガルニア帝国の皇子が……!?」
ヴィンセント様の顔から一瞬で甘さが消え、鋭い「氷結公爵」の目つきが戻った。
ガルニア帝国。我が国の北に位置する、広大な領土と強力な軍隊を持つ軍事大国だ。
政治的緊張が続く中、なぜ皇子自らが予告もなく公爵領へ乗り込んできたのか?
「……来たようですわね」
私は優雅に紅茶のカップを置いた。
「我が国の財政再建の噂を聞きつけ、自国の慢性的な財政難を解決するための『即効薬』を奪いに来た……といったところでしょうか」
「チッ……ハイエナめが。エレノア、君は奥へ下がっていなさい。私が追い返す」
ヴィンセント様が立ち上がったその時、庭園の入口からパン、パン、と不躾な拍手の音が響いた。
「ほう……さすがは『氷結公爵』。察しが良くて助かるよ」
現れたのは、見事な金髪と、野心に満ちた鋭い金色の瞳を持つ美しい青年だった。
豪奢な軍服を纏い、腰には長剣。背後には厳めしい帝国騎士を従えている。彼こそがガルニア帝国第1皇子、カイル・フォン・ガルニアだった。
「初めまして、ヴァルハイト公爵。そして……君が噂の『数字の魔女』、エレノア・ヴァルハイト殿だな?」
カイル皇子はヴィンセント様を完全に無視し、ギラギラとした粘着質な視線を私に注いだ。
「我が帝国の情報網を舐めないでほしいな。王国の財政をたった数冊のマニュアルで激変させた天才会計士……君の存在は、すでに我らの知るところだ」
「不躾な来訪者様。人の敷地に勝手に上がり込んで、何の御用かしら?」
私が冷ややかに尋ねると、カイル皇子は不敵な笑みを浮かべ、胸元から一枚の羊皮紙を取り出した。
「単刀直入に言おう。エレノア殿、我が帝国の【財務総督】として私と一緒に来てもらいたい。現在の我が国の軍備維持費と徴税システムを再構築してほしいのだ」
「お断りいたしますわ。私は現在、この地で快適なニート生活を送る契約中ですので」
即答する私に、カイル皇子はくっくっと喉を鳴らして笑った。
「ハハハ! 拒否権があるとでも思っているのかい? 拒絶するなら……我が帝国の艦隊をもって、この貧小な公爵領を火の海にするまでだ」
「なっ……!?」
ヴィンセント様が激怒し、腰の剣に手をかけた。
「貴様……我が領地と妻を脅迫するつもりか!!」
「脅迫ではない、交渉(力による解決)だよ。さあ、どうする? たかが女一人を渡せば、この領地の平和は保たれるのだぞ?」
勝ち誇った顔で私を見下ろすカイル皇子。
――だが。
彼の前に進み出た私の顔を見て、カイル皇子の笑みがピタリと固まった。
私の瞳には、恐怖など一切なかった。
あるのは……前世で【支払いを突っぱねる悪質取引先】と対峙した時以上の、狂気を含んだ「激怒の黒い炎」だった。
「……カイル皇子殿」
私は扇子をバシッと閉じ、氷のように冷たい声で言い放った。
「私の……私の尊いニート生活(休日)を脅かす奴は……帝国だろうが皇子だろうが、徹底的に破産させて文字通り身ぐるみ剥いで差し上げますわ」
「……なっ!?」
完璧な数字の悪魔(元・会計士)による、帝国を巻き込んだ最大規模の返り討ちバトルが、今幕を開けたのだった――!
【後書き】
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
ついに現れた帝国の皇子!
「スカッとした!」「エレノア様のぶれないニートへの執念が最高!」と思ってくださった方は、ぜひページ下部の**【ブックマークに追加】や、評価の「☆☆☆☆☆」**を押していただけると、毎日の執筆の大きな励みになります!




