第14話『国家の危機より、妻とのランチタイムが優先です』
「断る!! 我が妻を国家の社畜にするなど断じて認めん!!」
公爵邸の豪華な応接間。
ヴィンセント様の雷のような怒号が響き渡り、テーブルの上のティーカップがカタカタと震えた。
対面に座っているのは、王国の財政を一人で背負う重鎮――王立財務大臣、バーンズ伯爵である。
白髪交じりのヒゲを蓄えた厳格そうな老貴族は、ヴィンセント様の剣幕に気圧されつつも、必死の面持ちで食い下がっていた。
「ヴァルハイト公爵! 頼む、そこを曲げてなんとか……! 現在、王国の財政は各領地のどんぶり勘定と不正な予算申請のせいで火の車なのだ! エレノア殿のあの『CVP分析』とやらがなければ、来期の国家予算が組めんのだよ!」
「知ったことか! 国家の予算管理など、財務院の官僚どもが寝ずに働けば済む話だろう!」
「もうみんな3日寝ておらんのだ!!」
血走った目で叫ぶ財務大臣。
……どうやら王立財務院は、すでに前世のブラック企業も青ざめる地獄絵図と化しているらしい。
(うわぁ……絶対に行きたくないわ。関わったら最後、死ぬまで書類の山に埋もれされる未来が見える……)
私はヴィンセント様の背中に隠れながら、そっと胸を撫で下ろした。
「大臣閣下」
私はヴィンセント様の肩越しにひょっこりと顔を出し、静かに口を開いた。
「私を直接雇うことは不可能ですわ。ですが……『やり方』をお教えすることでしたら、手伝えないこともありませんけれど?」
「な、なんだと……!? 本当か、エレノア殿!?」
バーンズ大臣が身を乗り出す。
「ええ。私が直接作業するのではなく、財務院の官僚たちに向けて【公認会計システム導入マニュアル】および【複式簿記の基礎講座テキスト】を作成して差し上げます。これを使えば、誰でも簡単に正確な予算管理が可能になりますわ」
いわゆる、業務の標準化とマニュアル化(自動化)である。
自分が働くのではなく、他人に働かせる仕組みを作る――これこそが、ニート生活を守るための最強の防衛策だ。
「お、おお……! マニュアルとな!? それがあれば我が国の官僚たちが覚醒するというのか!?」
「ええ。ただし! 作成費用およびライセンス料として、国家予算から金貨30,000枚を頂戴いたします。もちろん、我が公爵領への今後の課税優遇措置もセットで」
「さ、三万枚……! 破格だが……背に腹は代えられん! 採用だ!!」
バーンズ大臣は即座に契約書を取り出し、震える手でサインした。
こうして、私は王都へ赴くことなく、たった数冊のマニュアル執筆だけで金貨30,000枚の莫大なライセンス収入を獲得することに成功したのだ。
「――ふぅ、これで一件落着ですわね!」
大臣が歓喜の声を上げながら王都へ走り去った後。
私はソファに深々と腰掛け、満足気に息を吐いた。
すると、隣に座っていたヴィンセント様が、すっと私の腰を抱き寄せ、そのまま膝の上に私をちょこんと乗せた。
「きゃっ……!? だ、旦那様!?」
「よくやった、エレノア。さすが私の賢い妻だ。これで君が王都に取られる心配もなくなった」
ヴィンセント様は心底ホッとしたように私の首筋に顔をうずめ、満足そうに吐息を漏らす。
「邪魔者も去ったことだ。……さあ、約束の『お昼寝タイム』にしよう。もちろん、私も一緒に寝る」
「えっ、公爵様のお仕事は……!?」
「今日の下半期の公務はすべて午前に終わらせた。これからの時間はすべて、君を甘やかすためだけに使う」
「んむっ……!?」
抗議の声を上げる間もなく、甘い口づけで唇を塞がれてしまう。
数字とロジックで国家の危機すら解決してしまった元会計士だったが、この無敵の溺愛公爵様が仕掛けてくる「甘い罠」から抜け出す計算式だけは、やっぱり永久に見つけられそうにないのだった――。




