第13話『有能すぎる妻、国家レベルでスカウトされる』
マルクス監査官を返り討ちにしてから数日後。
公爵邸の執務室で、私は平和な午後を楽しんでいた。
手元には、焼きたてのスコーンと淹れたての紅茶。そして、我が『ヴァルハイト公爵家』の最新の月次決算書だ。
「ふふふ……順調、実に順調ですわ!」
無駄な支出はゼロ、新事業のキャッシュフローは潤沢。
このままいけば、私は完全に「仕事から解放された優雅な公爵夫人」として、一生遊んで暮らせる計算である。前世の過労死に対する最高のご褒美だ。
だが――人生とは、往々にして計算通りにはいかないものである。
バンッ!
重厚な執務室のドアが押し開かれ、ヴィンセント様が手紙を手に駆け込んできた。
その表情は、どこか誇らしげであり、同時に少しだけ困惑しているようでもあった。
「エレノア! 大変な……いや、凄まじい知らせが届いたぞ!」
「あら、旦那様。落ち着いてくださいな。また財務院からの言いがかりですか? 今度はどの計算式で叩き潰してさしあげましょうか?」
私が余裕の笑みで紅茶をすすると、ヴィンセント様は苦笑しながら一枚の豪華な羊皮紙をテーブルの上に広げた。
そこには、王家の紋章が押された金色の封ろうが光っていた。
「いや、言いがかりではない。……王立財務院の【最高責任者(財務大臣)】からの直筆の手紙だ。先日のマルクスの報告を受け、君の圧倒的な会計手腕に感銘を受けたらしい」
「……はあ。それで、何と?」
「『ぜひエレノア殿を【国家財務最高顧問】として王都に迎え入れたい。年間予算金貨100万枚の監査と、国家財政の再建を指揮してほしい』……だそうだ」
「――ぶっ!!??」
私は思わず、含んでいた紅茶を盛大に吹き出しそうになった。
「こ、国家財務最高顧問……!? 年間予算100万枚……!?」
「ああ。君がマルクスを論破した際の会計ロジックとCVP分析の報告書を読んだ財務大臣が、『我が国に必要なのはこのような天才だ!』と大絶賛しているらしい」
ヴィンセント様は胸を張り、自分のことのように自慢気な顔をしている。
「さすが私の妻だ! 国家の財政を任せたいとまで言われるとは、夫として誇らしいよ!」
「誇らしがっている場合ではありませんわ、旦那様ーーーっ!!」
私は頭を抱えて叫んだ!
「国家財務最高顧問なんて引き受けたら、王都と公爵領を往復する超絶過密スケジュール! 朝から晩まで国中の歪んだ予算と睨めっこする、前世以上の超ブラック社畜に逆戻りではありませんか!!」
(絶対に嫌だ!! 私が欲しいのは過労死レベルの権力でも名誉でもなく、温かいベッドとお昼寝の時間なのーーー!!)
「お断りします! 即座に辞退の返信を出してくださいませ!」
「……む?断ってしまうのか?国家最高顧問ともなれば、我が公爵家の名声もさらに高まるのだが……」
首を傾げるヴィンセント様に対し、私はがしっと彼の両手を掴み、切実な目で訴えかけた。
「旦那様! 考えてもみてください! 私が王都で国家の仕事に追われたら、あなたと一緒に過ごす朝も、夜の甘い時間も、すべてゼロになりますのよ!?」
「「……!!??」」
その言葉を聞いた瞬間。
ヴィンセント様の顔が、激しい衝撃と共に固まった。
(……私と一緒に過ごす時間が……ゼロ……!?)
脳内でその恐ろしい計算式を弾き出した公爵様は、一瞬で顔面を蒼白にした。
そして、ガタガタと震える手で羽ペンを取ると、猛烈な勢いで返信用の紙に文字を走り書きし始めたのだ!
「だ、断る!! 絶対に断る!! 我が妻の才能は我が家だけのものだ! 国の財政など自分たちでどうにかしろ!!」
「そうですわ! 頼もしいですわ、旦那様!」
妻への過剰な溺愛ゆえに、あっさりと国家からの要請を蹴り飛ばす「元・冷血公爵」。
しかし、王立財務院がそう簡単に諦めるはずもなく――。
この後、国家の運命とヒロインの平穏なニート生活を賭けた、さらなる大騒動へと発展していくのだった!




