第一話 休憩
扉は音を立てずに閉まった。
一人が戻ってくる。
部屋にいた五人のうち、誰かが顔を上げた。
「おかえり。」
それだけだった。
戻ってきた者は頷き、入口の近くにある自動販売機へ向かった。缶を一本取り出す。開ける。小さな音が部屋に残る。
窓はない。
時計もない。
それでも、この部屋には時間が流れていた。
缶を持ったまま、男は空いている椅子に腰を下ろす。
向かいでは、一人が本を読んでいる。
ページをめくる音は小さい。意識して聞かなければ気づかないほどだった。
「苦い。」
本を閉じることなく、その声に返事が返る。
「毎回言っています。」
「今日は違う。」
「昨日もそう言っていました。」
男は缶を見つめる。
少し考えてから、もう一口飲んだ。
「……昨日より苦い。」
本のページが一枚だけめくられた。
「そういうことにしておきます。」
それ以上、その話は続かなかった。
部屋では、話が途切れることは珍しくなかった。
終わらせる必要がない会話があることを、ここにいる者は知っていた。
壁の表示が静かに切り替わる。
文字が一行だけ現れる。
SEEK
本を読んでいた男が栞を挟む。
立ち上がる。
椅子を机の下へ戻す。
それだけの動作にも迷いがなかった。
「行ってきます。」
誰も送り出さない。
男は扉を開け、部屋を出る。
静かに閉まる。
残った者は、それぞれの時間へ戻っていく。
誰かは本を開き直し、誰かは目を閉じる。
誰かは冷めた缶を最後まで飲みきった。
部屋には小さな音だけが残っていた。
空調の音。
ページをめくる音。
アルミ缶が机に置かれる音。
そのどれもが、長くは続かない。
しばらくして、また扉が開く。
先ほど出ていった男が戻ってくる。
缶は持っていない。
何も持っていなかった。
「おかえり。」
今度は別の声だった。
男は短く頷き、さっきまで座っていた椅子に腰を下ろす。
机の上には読みかけの本が置かれている。
誰も触っていない。
男は本を開かなかった。
代わりに、自動販売機を見た。
「また補充されてる。」
誰に向けた言葉でもなかった。
部屋の隅から声が返る。
「昨日も補充されていました。」
「見た?」
「見ていません。」
「じゃあ何で分かる。」
「減っていません。」
男は少し笑う。
「そういう見方もあるのか。」
返事はなかった。
壁の表示がもう一度切り替わる。
今度は何も表示されない。
部屋は静かだった。
静かなまま、誰もその静けさを気にしなかった。




