一時名流:属性統合 男の子のロマン
宿舎、ミナトの部屋。
遠くの浴場から微かに響く水の音だけが、静まり返った夜の廊下を伝って聞こえてくる。
谷底に位置するこの学舎の夜は、驚くほど冷える。短い夏の昼間の熱気は完全に消え去り、今や部屋の片隅に用意された湯気の温もりが、ただただありがたかった。
そんな冷え込む夜だというのに、ミナトは妙に元気だった。その瞳は、日中の疲れを感じさせないほどギラギラと明るい輝きを帯びている。
「やっぱ六属性統合はすごいって! 圧倒的な強さだよ、分かりやすい『つ・よ・さ』!」
椅子に深く腰掛け、昼間の興奮を反芻するようにミナトが声を弾ませる。
「男の子のロマン、ですか?」
傍らに控えるリーンが、どこかおっとりとした口調で相槌を打った。
「そう、男の子のロマン!」
その言葉を聞いたリーンは、一度だけチラリとミナトの瞳を見た。
それから、長い睫毛に縁取られた瞼をそっと閉じ、再び開く。ミナトの顔を見上げながら、その真意を値踏みするように、下から覗き込むような上目遣いでミナトを射すくめた。
――そっと、小さな舌先が覗く。
リーンは自身の唇をきゅっとすり合わせ、仄かな艶を与えるように湿らせてから、静かに口を開いた。
「ミナト。それで……それが出来たとき、あなたはどう感じたのですか? ……うまく出来ること、また一つ見つけました? ……リーンにも、教えてくださいますか?」
「……う、うふふ、ふ……」
突然向けられた、あまりにも距離の近い従者の艶然たるアプローチに、ミナトの思考が一瞬でショートする。妙な笑い声が漏れ、引き上がった口角が元に戻らなくなってしまった。手元に置いた空の器を持つ感覚が、自分のものとは思えないほど軽薄に浮ついている。
(近い……っ。なんで急にこんな? それに、今、唇が……あ、そういや、俺、何で浮かれてたんだ?思い出せん……)
ドギマギとした動揺を隠せないまま、ミナトはどうにか言葉を絞り出した。
「……まだ……光を、出しただけ、だし、消す時もう一度魔法が必要だから……」
その答えを聞いた瞬間、リーンの目尻がすっと上がり、瞳が細められた。
彼女はそのまま、値踏みするようにしばらくの間、ミナトの目元から鼻筋、そして落ち着きなく動く口元へと視線を這わせる。ひとしきり観察し終えると、再び元の位置へと視線を戻し、あどけなさの残る上目遣いのまま問いを重ねた。
「誰かに褒められましたか? 六属性統合は、歴史上でも体現者がほとんど存在しない技術的偉業でしょう? ……誰に言われて、一番嬉しかったですか?」
ごくり、とミナトの喉が鳴った。
(え……? リーンは演習場にも、さっきの談話室にもずっと同伴していたはずだ。誰に何を言われたか全部知っているのに、なぜわざわざそんなことを聞くんだ? いや、それより……『一番嬉しい』って言ったか? 俺、誰に言われて嬉しかったんだ? 喜んでたか? 俺……あ、え?出来た事じゃなくて、褒められてうれしかった?誰に……?いや、ここは答えるのが先だ)
リーンの放つ目に見えない圧力に完全に呑まれ、ミナトは混乱の極みの中で、ただ反射的に背筋を伸ばした。
「……はい、がんばります……っ」
「ぷっ」
緊張の糸を断ち切るように、鈴が鳴るような愛らしい笑い声が部屋に響き渡った。
リーンの表情がいつもの穏やかなものに戻ると、張り詰めていた空気と共に、部屋を漂う湯気が少しだけ薄くなったような気がした。
「主様。少し、落ち着きましょう?」
リーンはそう言って優しく微笑むと、今度は一転して、短く、改まった声音へと切り替えた。
「それと――」
「さやか嬢の件、少々懸念があります。……ですが、これについては、今日は共有だけにとどめておきます」
「……うん」
急に現実的なトーンへ戻されたことで、ミナトもどうにか浮ついた頭を冷やし、真剣な表情で頷いた。
「それから、例の剣士も……また、あなたを見ていました。お気をつけください。それと明日ですが、残念ながら私は同伴できません」
「え?」
「本邸より、新たに開発された魔石と、その保存箱が届くことになっております。明日はその受け入れと管理を行う必要がございます。……私からは、以上です」
「……了解」
ミナトは小さく息を吐き、承諾した。
全能感に満ちた嬉しさの後に、冷徹な現実が一歩一歩足音を立てて戻ってくる。
全員が部屋を去り、一人になったミナトはベッドの中で再び自身の両手を見つめた。
(これでいいんだよな。なんだろ、リーンと話すと前を見ていい気がし始める。六属性統合、明日もまた試してみよう……。あの魔力の制御は完全には分からないけど……。発現しているとき、綺麗だしな。やる)
なんとも言えないやる気とリーンが見せたのぞき込むような瞳を思い出して、口元を緩ませ、掴みかけた力と未完の課題を思い出し身震いをしているうちに、深く、静かな眠りへと沈んでいくのだった。




