一知半解:解説が妙に当たる 尺度と誤解、そして昼下がりの境界線
講堂
朝の光が差し込んでいるはずの講堂内は、谷の街特有の入り組んだ建物に遮られ、今なお冷え冷えとした影を色濃く残していた。
無駄に高い窓。そこから差し込む光は刃のように硬く、床に落ちては白く弾ける。
ここは、無駄な音が吸い込まれ、交わされる言葉すら自然と短くなる――そういう、独特な緊張感を孕んだ場所だった。
壇上に立ったのは、教官のジンだ。
彼の話し方は、およそ人を煽るような派手なものではなかった。しかし、その声は驚くほどよく通り、一つひとつの言葉が鎖のように強固に繋がって耳に届く。
それは、前線で数多くの生死の境目を潜り抜け、実際に『面倒を見てきた人』だけが持つ、独特の重みだった。
「敵を倒すのは簡単だ」
ジンは講堂を見下ろし、淡々と、しかし鋭く言い放つ。
「守るのは難しい。……だが、人を『活かす』のは、それよりも遥かに難しい」
ざわついていた講堂内の空気が、一拍だけ、完全に凍りついた。
止まったのは拍手ではない。生徒たちが手元で羊皮紙をめくる、その微かな摩擦音すら一瞬で消え失せたのだ。
「尺度も覚えろ」
沈黙を支配したまま、ジンが続ける。
「危険度とは、『被害』の大きさを指す。
位階とは、『規模』の大きさを指す。
……いいか、これは単なる『強さ』の指標ではない。社会が受ける『傷』の大きさを、どう見積もるかという話だ」
ジンは一度言葉を切り、生徒たちの顔を見回した。
「被害を測り、規模を当てる。これからの試験、そして前線でやってもらうのは、そういう話だ」
俺は、視線をそっと手元に落とした。
何かを言いかけて、結局は言葉を喉の奥に飲み込む。いつもの癖だ。
(……『強いか弱いか』だけで事態をひと括りにして片付けようとすれば、現場では確実に死ぬ。
まず被害を測り、次に規模を予測する。――それが、前線という最悪の現場における、正しい『順番』だ。ジン教官は、最初からその本質を叩き込もうとしているんだな)
周囲の生徒たちが「被害……?」「強さじゃないのか?」と首を傾げる中、俺はその言葉の裏にある冷徹な合理性を、静かに頭の中に残る様に記憶していった。
◇
食堂には、安っぽいスープの湯気と、スプーンが皿に当たる騒がしい音が充満していた。
春先特有の、濡れた靴がなかなか乾かない生乾きの匂い。ガタガタと椅子の脚が床をこする音が、狭い室内でやけに近くに響く。
窓の外では、日差しで溶けた雪解け水が川に流れ込み、ごうごうと少しうるさいくらいの音を立てていた。
「ジン教官、マジで怖えな……」
先に席を取って待っていたランドが、配給されたパンを千切りながら顔をしかめた。
「『活かす』ってなんだよ。魔物を倒す以外に、やることなんかあんのか?」
俺とさやかが並んで席に着き、リーンはいつものように、俺の半歩斜め後ろの『同伴位置』に音もなく控える。
「……倒すだけだと、その『次』が続かなくなるんだよ」
俺はスープを一口啜って、さやかを見てから答えた。
「逆に、味方を活かし続けられれば、理論上は全滅が来ない。危険度を見極めて、それに適した位階を当てるっていうのは、要するに『これ以上の被害を出さないために、今ここで最低限やらなきゃいけないこと』を冷静に選択するって意味だと思う。
ランドみたいに、圧倒的な力で全部ねじ伏せられるなら話は別だけど……僕らみたいな敵を選ぶ程度の力だと、そういう見極めがどうしても必要だからね」
「えっ……! 今の、なに……?」
隣で、さやかがスプーンを握ったまま、唐突に顔を真っ赤にして身を乗り出してきた。
その瞳は、なぜか潤んでキラキラと輝いている。
「それって、ひょっとして……私のこと、心配して言ってくれたの……!?」
「……ん?」
俺はパンを口に運ぼうとした手の動きを止めた。
(心配? 俺が? さやかを?
いや確かに、ランドと違ってさやかも、やり方を選ぶ側の人だなと思って、視線を送ったが……ある意味心配か?うん、間違ってない。合ってるのか?)
「いや……ほら、力で解決がどうしてもできない時の事で、一般的な戦術としての形の話なんだけど……」
「力ばっかじゃ駄目だよな~、分かるぜ!」
(俺の困惑はそこじゃない、後半だと心で突っ込んだが、ランドには届かないみたいだ)
綺麗にスルーして、ランドがガツガツと肉を食いながら無邪気に頷く。
「あ、そういやさやか、髪型変えたか? 今日、なんか上の方でまとめてんじゃん」
「ん? えへへ、気づいた? 似合うかな?」
さやかは嬉しそうに、俺とランドを交互に見つめた。
心なしか指先が落ち着かない様子で、何度も制服の袖の端をパタパタと触っている。
「いいぜ! 垂らしてるより万倍マシだ!」
ランドが親指を立てる。
「……うん、似合ってると、思う」
俺が一般的な賛辞を返すと、さやかの指先のパタパタはさらに加速した。
そして、完全に「噛みあった」という、自信に満ちた笑顔を浮かべている。
「でもさ、やっぱりミナトくんって独特な言い方をするよね」
さやかは上目遣いで、スープのカップを両手で持ちながら言った。
「『戻れる距離』とか、『活かす』とか……。なんだか、私達のこと、ちゃんと見ててくれてるんだなって感じがする」
(合っている。ものすごくあっている。だが、ものすごく違う気もする)
言葉にできないため、助けを求めるように後ろを振り返ると、リーンは相変わらず完璧な無表情のまま、冷淡に口を開いた。
「誤解は非常に危険です、さやか様」
慇懃無礼、という言葉がこれほど似合うトーンもない。
「……ですが、お昼休みの、この程度のたわ言(誤解)であれば、まだ安全の範疇ですね」
「おい、まだ安全って何だよ! リーン、お前たまに不穏なこと言うよな!」
ランドがスープを吹き出しそうにしながら突っ込む。
「ごめん、僕には今、君たちの話が分かるけど分からないんだ、ごめん……」
俺は小声で呟き、いたたまれなくなって「コホン」とわざとらしい咳払いをした。何とか真面目な話に軌道修正を試みる。
「つまり、その……事前にしっかり見ておかないと、現場での臨機応変な対応なんて僕らにはできないからね。対応できないことが増えれば、結果として……」
そこで、俺は少し迷った。
(俺が本当にやりたいこと――つまり、「誰も、一歩も、戻れない場所へ行かせない」という俺自身の頑なな目的を、ここで言うべきか?)
その僅かな沈黙を、リーンが冷徹に、そして平たく叩き潰した。
「詰まります。平たく言うと、怪我をするのです。皆様のうちだれかが」
「……」
俺はほっと一息を吐き(半分は諦めのため息だったが)、それ以上の追求を逃れるように、食べかけの冷めかけたパンに慌てて手を伸ばした。
地の文がミナト視点とミナトのモノローグの境界が不透明になっている部分が多かったので改善をしました。これでも、ちょっと……難しいなぁ




