一知半解:解説が妙に当たる 卒業条件
投稿再開です。カクヨム版から大幅修正しています。どこかで、ミナトらしいって違うって思っていた所を直して行きました。この修正版は、毎日10時にアップして行きます
朝一番の講堂前。
まだ谷の影が深く残る石畳は、春先とはいえ指先の感覚が鈍るほどに冷たい。
「紙、増えたな」
掲示板の前に立つと、雪解けの季節特有の、湿り気を帯びた風が鼻腔をくすぐった。
張り出された真新しい羊皮紙。その端は湿気でわずかに反っているが、ピンと四隅が揃っている。
最上部に書かれた『卒業要件』という文字だけが、嫌に太い。
「卒業要件は三本立てだ」
近くに立つ教官が、無愛想に掲示を指し示す。
「『実戦』『統合』『社会』。――この三つの評価基準をすべて満たした者のみが、ここを卒業し、前線へと立てる」
周囲の生徒たちが「おいおい、まじかよ」「社会評価って具体的に何するんだ?」と騒ぎ始める。
だが、俺は彼らのようにすぐに内容を読み始めたりはしない。
まず紙の貼り方(端)を見る。次に項目が書かれた順番を見る。そして最後に、その文字の奥にある内容へと視線を落とす。
(分かった気になった瞬間、思考はそこで詰まる。……だから、最後の一文字まで、書いた奴の意図をなぞるように読むんだ)
紙の端が綺麗に揃っているのは、これを貼った人間が『規則と規律』を極端に重んじるタイプだからだ。つまり、試験の成果はかなり正確に評価されると見ていい。
そして、『実戦』が最初に書かれているのに、三つ目の『社会』のインクだけが僅かに濃く、後から書き足された痕跡がある。
(……前線での兵員不足が深刻化して、社会全体が、ただ強いだけの駒じゃなく、すぐに役に立つ『即戦力』を求めている、ってコトか。俺、即戦力……迷路くらいならいけた。弱い魔物もやれる。なら、ちょっとはやれるか?)
ミナトが一般的に言って考え過ぎているときに、半歩後ろに立つリーンは、一言も発さず、それでいてピクリとも動かず控えていた。
この掲示板の前は、裏手の橋へと抜ける主要な導線だ。立ち止まる人間が増えれば、すぐに渋滞が起きる。
リーンは、周囲の生徒たちの動線を決して妨げず、かつ、誰かがミナトにぶつかりそうになれば、さりげなくその体躯で俺を護る位置に――まるで最初からそこに配置されていた彫刻のように、ごく自然に佇んでいる。
「……すごいな」
ボソリと呟くと、リーンは表情一つ変えず、ただ「主様の邪魔をさせないのは、従者として当然の務めですから」と、影のように静かに微笑んだ。その絶対的な特別感が、騒がしい周囲の雑音を綺麗に遮断してくれる。
ふと、少し離れた列の向こう側に、見覚えのあるピンと張った背中を見つけた。
(……はるな)
彼女もまた、張り出された要件をじっと見つめていた。
その横顔は極めて真面目で、ゆっくりと要件を目で追っていた。坂の上から吹き下ろす冷たい風に髪を揺らされながらも、彼女は一度も周囲に目を上げなかった。
声をかけてみようか、と喉元まで出かかった呼吸を、ため息に変える。
(いや、目を上げないのが彼女の『集中』だ。声をかけて場を乱すのは、彼女を邪魔してしまう。それに、なんて声を掛けるんだ?この前見てましたよね?か?それとも、いつも背筋が通って……いますね?なんだそれ――)
声をかけるか掛けないか、一般的に言ってどうでもいいことに分類される悩みを高速回転させながら、ふと、同じ冷たい風を浴びて全く同じ『生き残るための条件』を脳内に刻み込んでいることに気づく。その奇妙な同じものを見ているような沈黙が、妙に心地よかった。
俺は息を静かに吐き出し、張り紙から視線を外した。
「行こう、リーン。頭に入れるものは、もう全部入った」
「はい、主様。お供いたします」
俺が背を向けたその瞬間、はるなもまた、迷いのない足取りで逆方向へと歩き出した。まるで、掲示板に書かれた『要件』を迎え撃つ準備ができた二人が、同時に歩みだしたのように。
「ミナト、手と足が同時に出ていますよ、そのままでは詰まります」
リーンが小走りに近寄ってきてささやいた。
ミナトは赤面して、「ああ、ちょっと、隙間を通ろうとしたんだ」と言い訳した。




