一時名流:属性統合 世界の余韻、六属性統合
六属性統合。
それは、演習場の一角に現れた、あまりにも小さく、けれど絶対的な高密度を孕んだ混沌の極致だった。
ミナトの敷いた不可視の支配線のうえで、すべての属性の『圧』が完璧に噛み合い、文字通り“揃った”。
そして――――。
パッ、と。
それは爆発するでもなく、ただ周囲の夏の日差しを吸い込むようにして、どこまでも優しく輝き始めた。同時に、世界の境界線の向こう側から、目に見えない何かが歓喜に震えて猛々しく嘶いたような、奇妙な『音』がミナトの脳を揺さぶる。
「……っ」
息を呑むミナトの眼前で、その光は消えなかった。
細く、頼りなく、けれど消える気配すら見せずに自立して輝き続けている。
驚くべきことに、ミナトの身体からは、すでに魔力を『使っている』というあの特有の摩耗感が完全に消失していた。
少し離れた場所で実習を続けていたニーコスの目が、信じられないものを見たようにカチリと見開かれる。彼女の唇が戦慄に震え、何かを話しだそうとしていたが、その気配はミナトには届かない。
ただ、異質な全能感がじわじわとミナトに恐怖を与え、ミナトの呼吸だけが浅く、速くなっていく。
(なんだこれ……。魔力を注いでいないのに、属性の線が勝手に纏わりつき続けている。相互に引き、押し、伸ばし、また押し返している……。この内側で、現象が無限に繰り返されているのか? これは――魔力の反響、なのか……!?)
一度組み上がった永久機関のように、術式が自らのエネルギーで自らを維持し始めている。
「お、おい、ミナト……それ、大丈夫なのか……?」
さすがに異様な気配を察知したのか、ランドが生成した土くれを手からこぼしながら、顔を引きつらせて一歩後ろへと身を引いた。
「と、止まらない……っ。消えないんだ……!」
ミナトの声が、困惑と焦燥で微かに震える。
生み出した本人にすら、もうこの光の行く末をどう制御すればいいのか、全く分からなくなっていた。
◇
その異質な優しさを孕んだ光は、演習場にいたすべての者の視線と、そして何より教官の意識を完全に釘付けにしていた。
無言のまま、音もなくミナトとの距離を詰めた教官が、凍りついたような声で問いかける。
「……これは、誰から教わったのか?」
「……分からない、です」
ミナトは浅い呼吸の隙間から、掠れた声をどうにか絞り出した。
「今……この場で、できそうって分かっただけ、です」
「……落ち着いて、まずは魔力を止めろ」
「止めてます……っ。もう、とっくに、流してない……!」
ミナトの胸が激しく上下する。いくら体内の回路を遮断しようとも、器の上の光は独自の機関として回り続け、消える気配すらないのだ。
「なるほど……」
教官の瞳の奥に、凝縮された赤い燃えるような光が鋭く灯った。
一歩踏み出し、躊躇うことなくその無防備な指先を伸ばすと、ミナトの杖の先で自立して輝き続ける「それ」を、まるで小さな火種でも消すかのようにそっとつまみ上げた。
――。
教官の指先で直接触れられた瞬間、あの永遠かと思った輝きが、嘘のようにふっと掻き消える。
世界の檻から解放されたかのように、張り詰めていた全能の圧力が一気に霧散した。
「はっ……はっ、はっ……!」
ミナトはその場に膝をつきそうになりながら、激しく酸素を貪った。
教官はミナトを実質的に縛り付けていた光を押し潰した自身の指先をじっと見つめ、そこに煤も、魔力の残滓も何一つ残っていないことを確認する。それから、まだ息の上がっているミナトを静かに見下ろした。
「恐ろしい程の魔力効率だな。……今のは、ただの“余韻”だったぞ」
「余韻……?」
「お前が供給を断った後も、術式が勝手に回り続けていただけだ。安心しろ、お前の身体に影響は出ない」
教官の言葉に、ミナトは辛うじて肩の力を抜く。しかし、教官はそのままミナトの耳元へ顔を寄せると、周囲の生徒たちには決して届かない、地を這うような低い声音でそっと囁いた。
「……これを、絶対に外でやるな」
その警告の重さに、ミナトの背筋に冷たい戦慄が走る。
――直後、一拍遅れて、周囲の生徒たちのざわめきが津波のように押し寄せてきた。
それは、あまりにも理解の範疇を超えた異物を見せつけられ、場全体の空気が一気に凍りつき、急速に冷え切っていくような――そんな「失速の音」の方が、遥かに大きく演習場を支配していた。
◇
夕方・帰り道から角のすれ違いへ
放課後の帰り道。いつもの四人――ミナト、リーン、さやか、ランドは、並んで宿舎への道を歩いていた。
夕方を迎え、あれほど容赦なく照りつけていた昼の熱気が急速に抜け始めていく。短い夏の盛りは、夕暮れ時ともなると、早くも夜の冷え込みの匂いを大気に混ぜ合わせるのだった。
「お前さ、急にやばいの出したな」
ランドがしみじみとした口調で、午後の演習場での光景を振り返る。
「……出た」
ミナトは短く応じ、小さく息を吐いた。
「でも、出ただけだ」
ミナトの肩が一瞬だけ硬く上がり、それからすとんと落ちる。視線が所在なさげに地面へと落ち、また前へと戻った。
(出し方の理屈は、完全に分かった。……でも、あの自立する魔力の制御は正直に言って怖い。それに、なんとなく、光るだけで他に何もできそうにない。あれ、変質させたり上げたり下げたり制御できるのか?出力の線を先に決めてしまっているから、無理じゃない?後からだと結局――)
「やっぱりミナトくんってすごい!」
不安を隠すミナトとは対照的に、さやかが我が事のように嬉しそうに声を弾ませる。
「でさ、そういうランドはどうだったの?」
「びくっ」と、あからさまにランドの身体が大きく揺れた。
「おー、そりゃ出たさ! ……出たとも!(小さく)単属性だけど……右側が勝ったんだよ」
さやかはニヤニヤとした笑みを浮かべ、ジト目でランドを見つめる。
「ふーん……」
「ミナト!」
その時、賑やかな掛け合いの後ろから、ミナトの名を呼ぶ声が響いた。
「ニーコス?」
ミナトが振り返る。
豊かな茶色の髪を夕風に流しながら、ニーコスが小走りでミナトの前までやってきた。森の人特有の長い耳を、緊張からかピンと真っ直ぐに伸ばしている。
「ミナト、少し話したい。時間ある? 今から」
そう言いながら、ニーコスはちらりとミナトの半歩後ろに控えるリーンへと視線を走らせた。向けられた視線に対し、リーンはただ、声音も表情も崩さずに、おっとりと静かに微笑み返す。
――ちょうどその時。
彼らが立ち止まった通りの角を、はるなと一人の“先輩”がすれ違っていった。
二人の会話は極めて小さく、互いの名前を呼ぶこともない。
「……ふーん、あの子か……」
先輩が小声で、ミナトたちの一団を盗み見るように呟く。
「ちょっと、今、言わないでよ」
はるながすかさず、声を潜めて嗜める。
「聞こえるじゃない」
ミナトはそのすれ違いにも、密やかな会話にも全く気づかない。
だが――リーンの耳は、その小さな声を確実に拾い上げていた。
「リーン、大丈夫だよな?」
ニーコスに答えを返す前に、ミナトが確認するようにリーンへ振り返る。
「……っ」
リーンははっとしたように小さく息を呑み、瞬時にいつもの完璧な従者の顔に戻った。
「はい。本日はこの後、お約束などはありません」
「ニーコス、いいよ。長い話になる?」
ミナトが向き直ると、ニーコスは「うーん」と眉を寄せる。
「もしかしたら、なる。あーでも、案外短く済むかも」
「なぁなぁ、俺ら居てもいいのか?」
ランドが遠慮がちに、けれど興味津々といった様子で首を突っ込んでくる。
「ねぇねぇ、気になるから教えて!」
さやかも身を乗り出してニーコスをおねだりするように見つめた。
そんな二人の様子を見て、ニーコスはにぱっと太陽のように明るく笑った。
「うん、もちろん居て!」
「じゃあ、いったん宿舎に戻って、談話室を使おうか」
ミナトの提案に、ニーコスは嬉しそうに頷く。
「そうしよう、うん」
「A班の集いだね」
さやかが弾んだ声で言い、ランドは「違いない」とニヤリと笑う。
賑やかに歩き出す四人の後ろで、リーンだけは半歩下がった位置を崩さず、先ほどすれ違った角の残響を反芻するように、静かに、深く、その瞳の奥を沈み込ませていた。




