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一時名流:属性統合 ニーコスのレンガ、レンの毒、ミナトの興奮

午後・演習場

――パリン。


もう何度目かわからない。ミナトの構築しようとした術式が、無残な音を立てて割れる。

だが今度は、亀裂が走るその直前、周囲の空気が急速に張り詰めるのをミナトの肌が感知した。脳にかかる奇妙な負荷に、視界が急激に一点を拡大していく。


その拡大している視点は、別の魔力の輝きをゆっくりとコマ送りでとらえていた。


ニーコスの術式、火が動く、遅れて土が動く、二つの結果が割れずに噛み合っていく。次第に泥が焼けたように変質し、火の気配は遠のいていく。そこには赤黒く焼けた泥の塊があった。


その奥では、レンもまた術式を割らせることなく維持している。土くれが集まり、次第に「鉄」へと変化する。鉄塊というより鉄粉となったそれは、徐々に湿り気を帯び、水の気配がまし、鉄の気配が消えていく。彼の手元に浮かぶのは、どろりと赤黒く、見るからに粘性と毒性のありそうな悍ましい水弾だ。


(……ニーコスもレンも、二つの属性が内側でぶつかり合っていない……?)


ミナトは狭まる視界の中で、必死に彼女たちの術式の構造を凝視した。


(レン……お前、その水は絶対に毒の類だろ。いや、レンならやりかねないが、問題はそこじゃない。今、あいつらの手元で混ざり合ったのは『魔力そのもの』じゃなくて、その先にある『結果』なのか……? 属性を混ぜるんじゃなく、現象を重ねている? それでいいのか? それがこの講義の言う『統合』なのか?)


思考の回転が、限界を超えて加速していく。

すると、ミナトの瞳に、奇妙な『ビジョン』が映り込み始めた。


術式が割れる“場所”が、実際に亀裂となって弾けるよりも前に、先んじて視覚として見えたのだ。

同じ膜の上に二つの水を流すとぶつかる――干渉の波のイメージだ。

だが、網膜に焼き付いた二人の属性統合は、違う膜の上に魔力が流され先で合流していた。


ミナトの瞬きが、完全に止まる。

乾ききった瞳のレンズは、その不気味な線を捉えたまま微動だにしない。


(……見えた。ひまりの術式、あれは『初めから合流』していないんだ)


完璧な形を見せていたひまりの手元。そこにある二つの属性の線は、確かに美しく重なり合ってはいるが、決して内側で混ざり合ってはいない。並列のまま、ただそこに在る。


(じゃあ、ランドは? 他の奴らの失敗はどうだ?)


ミナトは首を巡らせ、周囲の崩壊していく術式を文字通り「解剖」するように見つめた。


(合流してる。あいつらは強引に混ぜ合わせようとしてるんだ。そして、あっちは――水と火がぶつかって、互いに相殺し、減衰している。だから耐えきれずに割れる。あっちの水と土は、逆に互いを増幅させて変質し、制御を失って割れたんだ)


脳裏のジグソーパズルが、凄まじい勢いで組み上がっていく。


(魔力そのものを合流させれば、減衰するか、増幅して変質する。どちらにせよ器が持たずに割れる。……だけど『結果』として出力を固定してしまえば、現象として綺麗に混ざる。――『属性統合』って、魔力を混ぜるんじゃない。その先にある“結果”を重ねることなのか……!?)


パリンパリンと周囲で響き続ける失敗の音のただ中で、ミナトはついに、この理不尽な試練の裏側に潜む「術式の真実」の糸口を掴みかけていた。


◇


「ニーコスちゃんは、ちゃんと混ざってるね」

「二つまでならなんとかできたよ~」


「ランド、まざらねーな」

「レンうるせぇ、お前はどうなんだよ」

「はぁ、泥水が出来ただけ……ホントは水弾に鉄の重さを足したかったんだけどな」


「ぎゃはははっ、泥水ならちゃんと混ざってんじゃん、泥鉄と水だろ?」

「うっせ」




「減衰と増幅……結果は違う」


喧騒のなか、ミナトは誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。

掴みかけた仮説を検証すべく、意識のすべてを器の中の魔力へと集中させる。


(じゃあ、俺はどうなんだ?……魔力を流す。合流する。水と火の『圧』が全く同じだ。だから衝突のエネルギーを逃がせず、一番負荷のかかる先っぽで術式が裂ける。それで、割れた)


仮説は正しい。ならば、次は――。


(もう一度、……今度は合流する二つの魔力の『圧』に差をつける。片方を強く、片方を弱く……。偏りを作れば、魔力はぶつからずに互いに纏わりつく。けれど、根本が混じり合わない。線を重ねなければ割れないが、無理に重ねようとすれば、やっぱり出力量が減ったり増えたりして不安定に変わる。圧を変えても、線を重ねないまま纏わりつかせるだけじゃ……維持が続かない)


――パッ!


乾いた小さな音が鳴り、ミナトの目の前で触媒の木皿が小さく跳ねた。またも失敗。だが、ミナトの瞳に焦りの色はなかった。今の失敗で、不可能な領域が完全に削ぎ落とされたからだ。


(違う。線を重ねるか重ねないか、じゃない。……じゃあ、逆だ。最初から『重ならない線』をそこに配置する。その独立した線のうえに、今度は圧を意図的に変えた魔力をそれぞれ流し込む……!)


二つの属性が、互いの領域を侵さぬまま、けれど一本の大きな奔流として同一の軌道に滑り込んでいく。


――刹那。

ミナトの手元で、それまでとは明らかに異なる魔力の渦が、パッと目も眩むような鮮烈な輝きを放った。


割れない。それどころか、暴れ馬のようだった二つの属性が、綺麗に御されている。


「……先に、ルールを置く」


ミナトの口元から、確信に満ちた言葉が漏れ出た。

ただ闇雲に混ぜるのではない。二つの属性がどう交わるべきか、その前提となる檻をあらかじめ構築しておくのだ。


「干渉の順番を、俺が支配する……」


周囲のパリンパリンという失敗の音が遠のいていく。ミナトはついに、自分だけの「属性統合」の正解へと手を伸ばし始めていた。


◇


掴んだ理詰めの境界線を、今度は一気に現実の魔力へと落とし込む。

ミナトは迷うことなく、自らの内に眠る二つの相反する属性――「水」と「火」を同時に創造した。


パリン、というあの不快な破裂音は、もう鳴らない。

重ならない線を敷き、そこに異なる圧の魔力を滑り込ませる。刹那、熱と冷気が互いの領域を侵さぬまま激しく身をよじり、ミナトの手元から、白く濃密な「霧」のような現象がじわりと生まれ出た。


ミナトは、指先で触媒の感触を確かめながら、自らの手のひらを凝視した。


(……見えた。やっぱり内側では混ざり合っていない。互いが互いの軌道に、ただ美しく纏わりついているだけだ、ヤバイ、凄いことが分かってきた)


魔力そのものを融合させるのではない。干渉の順番を支配し、現象の重ね合わせを維持する。


(合流する圧を最適化して、この『纏わりつき』を固定する……。いや、これこそがこの世界の言う『混ざる』の正体なんだ。混ざらないからこそ、この境界線で起きる相互の『変質』を、俺の意志で完全にコントロールできる! これなら、いける……っ!)


「……え?」


すぐ近くで、呆然とした声が漏れた。

片付けの手伝いをしていた井上琉生が、目を見開いてミナトの手元を凝視している。


「できた……? おい、マジかよ……」


周囲の誰もが「混ぜる」ことすらできずに術式を割らせている中で、ミナトの前にだけは、確かに新たな現象の形が自立していた。


一つ、世界のルールが解ければ、あとは濁流のように理解が流れ込んでくる。

だが――脳の理解の速度に対して、肉体と魔力回路の出力がまるで行き着いていない。急激な負荷に、肺の空気が引き搾られ、呼吸が浅くなっていく。


しかし、ミナトの脳は加速を止めない。この圧倒的な万能感の「先」を、衝動のままに求めていた。


「光……っ」


霧のなかに、微かな輝きが爆ぜる。


「闇……!」


その輝きの影に、深い漆黒が寄り添う。


「風……、土……っ!」


さらに大気が渦巻き、石床の熱が全属性の檻へと巻き込まれていく。


急激に跳ね上がる魔力圧。ミナトは、過呼吸を起こしそうになる肺の動きを喉の奥で一拍だけ強引に止め、狂気にも似た勢いのまま、言葉だけを先へ先へと紡ぎ出していく。

脳が焼き切れそうなほどの熱量のなかで、ミナトの口角が、制御不能な高揚感によって次第に吊り上がっていった。


(六属性同時――うはっ、熱い! 意識が落ちる……いや、違う、魂だけになり世界の外へ抜けていく感覚だ……! すごい、これ、凄すぎる……!!)


世界のすべてを、自分の敷いた線のうえで躍らせている全能感。だが、肉体の限界はとっくに引き波のように押し寄せていた。視界の端が白く明滅し始める。


(……今だけ。頼む、この瞬間だけでいいから、俺の魔力、集中、耐えてくれぇええええ!!)


限界の向こう側で、ミナトの手元に、かつてない多重属性の混沌たる光が狂おしく咲き誇ろうとしていた。

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