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一時名流:属性統合 超級は危険度六、ミナトは属性統合ができない

「教官、実際、どれくらいのものなんですか?」


静寂を破って、井上琉生がすっと手を上げた。どこか軽いノリを混じえつつも、その目には真剣な色が浮かんでいる。


教官は組んでいた腕を解き、黒板を背にしたまま淡々と応じた。


「危険度は被害、位階は規模。危険度6に充てる位階は――『超級』だ」


さらりと放たれたその言葉に、教室内の空気が一瞬で凍りついた。


「他に質問はあるか?」


問いかけに対する返答はない。

『超級』という言葉が持つ絶対的な重みに押され、生徒たちは言葉を失って沈黙するしかなかった。


「……昨日、外縁で遊んだ者もいるだろう」


静まり返る教室を見渡し、教官は少しだけ間を置く。


「風鳴りの風穴・外縁は危険度1相当だ。……まあ、遊びの延長で済むレベルだな」


一拍の静けさ。


「だが、卒業要件はそれよりずっと上だ。危険度4を“単独で成立”させる必要がある」


教官の提示した現実の厳しさに、ミナトの視線は吸い寄せられるように黒板へ向かった。

そこに大きく書かれた『危険度4』の文字。


(――単独で、成立……)


内心でその言葉を反芻する。

昨日足を踏み入れた外縁とは根本的に異なる、本物の死線。それを自分ひとりの力で突破しなければならないという事実に、胸の奥がキュッと締め付けられるような錯覚を覚えた。


パンッ、と。


教官が強く手を叩き、教室を支配していた重苦しい空気を無理やり切り替えた。


◇


「では後半は、複合創造の基礎に入る」


教官の声に促され、生徒たちが一斉に手元の資料へ目線を落とした。


「まずは属性統合の起源を確認し、その上で……属性を混ぜ合わせる際に『なぜ崩れるのか』その理由を解き明かしていく」


創造系の講義後半。

一人ひとりの机の上には、刷りたての講義資料とともに、小さな試薬器や精密な触媒が整然と並べられている。

ここでは単なる魔力の出力ではなく、魔法そのものの“綺麗さ”や精密さが何よりも要求される。どこか張り詰めたような、緊張感のある空気が教室を包んでいた。


短い夏の盛り。窓から差し込む陽光は白く硬質で、卓上のガラス器具に眩しい反射を作っている。しかし、谷沿いに位置する校舎の奥には、なおも冷たい影が静かに身を潜めていた。


tミナトは手元の触媒を指先で弄びながら、どこか落ち着かない様子で視線を泳がせる。


(――綺麗に、か。……俺の魔法なんて、綺麗とは程遠いんだけどな)


自分自身の手元を見つめ、内心で自虐気味に溜息をつく。


(――俺が一番適性が高いのは、魔法を壊すのが得意な『終結系』……。自分で言ってて悲しくなってくるな。作り出すのなんて一番苦手だってのに。……隣の桜都(おと)は目がキラッキラしてるし。いいよなぁ、あいつは構築系も発動系も得意なんだから。ランドもさやかもそうだし……うわ、レンなんて目がメラメラ燃えてるじゃないか。はぁ……)


周りのクラスメイトたちの熱量と才能に押し潰されそうになりながら、ミナトは内心の焦りを誤魔化すように浅く息を吐き出した。


「手元の資料を見ろ。属性統合そのものは、有史以来人類が直感で行ってきたものだ」


教官は教壇をゆっくりと歩きながら、講義を続ける。


「だが今から約八百年前に、ある魔法使いの手によってその体系の基礎が築かれた。『リュミエール・義』――この冒険者協会の設立にも深く関わった人物だ」


歴史的な偉人の名が挙がり、生徒たちが資料の該当箇所を目で追う。


「リュミエール・義が提唱した基礎理論とは、属性同士が引き起こす『増幅作用』と『減衰作用』に着目し、それらを組み合わせて属性の統合を行うというものだった」


教官は足を止め、鋭い眼光で生徒たちを見回した。


「現代魔法において、これら双方の現象は制御における『予測不能性』を高めるものとして、基本的には回避される傾向にある。……だが、この合同演習においては別だ。その危険性と構造を正しく把握するため、実習としてあえて取り入れている。属性を混ぜ合わせた時、なぜバランスが崩れるのか。各自、しっかりと手元で確認しろ」


◇


「属性統合」の合同講義。

短い夏の熱気が籠もる屋外演習場で、生徒たちの間に戸惑いと焦燥の溜息が広がっていた。


ミナトの指先に、微かな魔力が集う。

ほんの少しの、水。

ほんの少しの、火。

それぞれを単体で発現させることなら、今のミナトにとっては造作もない。だが、その二つの術式を一つの器のなかで重ね合わせようとした瞬間――。


パリン、と。

脳裏で硝子が粉々に砕け散るような、嫌な音が響いた。


「……また、割れる」


ミナトは小さく、吐き捨てるように呟いた。

指先が器の縁で一瞬だけ止まる。自覚のないまま浅くなっていた呼吸を、一度深く吐き出して、強引に体内へ戻す。


(くそ、なんだこれ。本当に混ざるのか? いきなり割れるじゃないか)


二つの属性を掛け合わせる。言葉にすればそれだけのことなのに、明確な拒絶反応が術式そのものを内側から破壊していく。


「そういう日もあるんだね」


隣から、どこかおっとりとした、しかし明確に「慰め」を含んだ声が掛けられた。

見返すと、さやかが小首を傾げてミナトの顔を覗き込んでいる。


「ミナトくんでも、うまくいかないことってあるんだ」


悪気のない、純粋な労い。だが、今のミナトにはその言葉を受け止めるだけの心の余裕がなかった。


(……さやか、お前さっき盛大に失敗してなかったか? 俺に構ってないで、自分の練習をした方が絶対にいいと思うんだが。いや、これでも心配してくれてるのか? それは分かる。分かるんだが……)


お前たちの「割れる」と、俺の「割れる」は、症状の根本が違いすぎる。


じわじわと、ミナトの眉間に不機嫌な皺が寄っていく。


「……俺だけ、割れ方が違う」


「まざれぇぇぇ……っ!」


少し離れた場所から、ランドの魂の底からの絶叫が聞こえた。

直後、彼の目の前で、不安定に膨らんだ魔力の塊が破裂する。


――パリン!


「まざらん……」


がっくりと項垂れるランド。周囲の生徒たちも似たり寄ったりの惨状で、術式が混ざり合う前に拒絶を起こし、霧散していくプロセスを繰り返している。


だが、それを見つめるミナトの眉間の皺は、ますます深くなるばかりだった。


(違う。俺だけ、割れ方の次元が違うんだ)


ランドや他の連中は、二つの魔力を「混ぜようとして、失敗して」術式が崩壊している。

だが、俺の場合は違う。


(混ざろうとする段階にすら達していない。混ざる前に、術式そのものが内側から木っ端微塵に砕ける。……途中までは、確かにランドや他の奴らと同じ手順に見えるのに)


できない。

その結果は同じだ。だが、そのプロセスがあまりにも異質だった。


(もしかして、俺だけなのか? 混ぜる云々の前に、術式そのものが壊れてる……なんでだ。同じ『出来ない』のになんで、俺だけこんなに違うんだ――?)


真夏の太陽が照りつける中、ミナトの胸の奥に、冷たい違和感と焦燥がじわりと広がっていった。

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