一時名流:属性統合 森の人とジン、合同課程の「卒業要件」
やっとと主人公が主人公らしいものを手にする話がでてきました。『話の中心に置けば主人公』という単純なものじゃないんだぞと、気づいたのは連載を開始して、3カ月もしてからでした。何ていう無知。主人公とは、もっとわかりやすい記号だったのです。それに気づくのに時間がかかりすぎていて恥ずかしくていつか絶対言語化して、『上品ではない小説制作過程』でさらけ出したい気持ちでいっぱいです。言語化できれば、主人公属性を隠して、演じさせたり、わかりやすく張り出して引っ張ったり拡張ができるようになると考えています。
短い夏の盛りが訪れたベイルスレイブ。
その朝の教務室は、まだ生徒たちの喧騒が届かない、張り詰めた静寂に包まれていた。
長く艶やかな金髪をたたえ、透き通るような白い肌をのぞかせる長い耳の女性――“森の人”が一人、古びた石板を挟んでジンの前に立っていた。
彼女の指先が、石板の表面に微かに走る怪しい光の脈動をなぞる。
「ジン、これ、やっぱり稼働している」
ジンの鋭い視線が石板へと注がれる。
「……思い出せないのか?」
「うん、師匠は『忘れた』としか言わないし、外から見てても構造まではわからない。……ごめんなさい」
彼女はすまなそうに眉をひそめるが、すぐに気を取り直して石板の表面を指差した。
「でも、刻印は読めるよ。ばっちり、いかにも思わせぶりなことが書いてある。意味はいまいち、要領を得ないけれど……」
彼女は記憶をなぞるように、そこに刻まれた古代の言葉を一つずつ紡いでいく。
「1行目『ニルカを見る』。
2行目『潰れない目』。
3行目『〇〇〇〇〇探す』。
4行目『帰る場所』。
5行目『砂場』。……この5つだった」
「3つ目のは?」
ジンが短く問い返す。
「ごめん、そこだけはどうしてもわからなかった。森の言葉(私たちの言語)じゃないかもしれないの」
彼女は小さく首を振った。
「『ニルカを見る』は、おそらく、私たちの古い伝承でいう『神を監視する』って意味。『潰れない目』は、永久に稼働し続ける、ずっと動く機構のことかな。……3つ目の文脈にある『探す』の繋がりは分からなかった。何か特定のものを探しているのかもしれないけれど。あとは……本当に意味不明」
長年眠っていたはずの遺物が、このタイミングで急に脈動を始めた事実。ジンは小さく息を吐き、彼女に向かって頭を下げた。
「悪かったな、急に呼び立てて。……最近は、こちらから声をかけても、まともに足を運んでくれるやつが少なくてな」
「うん、大丈夫。いきなりこんなものが現れたんだもんね。びっくりするよ、誰だって。しかも、刻印まで浮かんできたんだし。――森の石板に浮いた文字は、これで全部だよ」
彼女は手元の紙に、石板から注意深く書き取った不気味な文様をまとめると、それをジンへと手渡した。
任務を果たした安堵からか、先ほどまでの真剣な表情を解き、彼女はひまわりのように鮮やかな笑顔をジンに残して、軽やかな足取りで教務室を去っていった。
一人残されたジンは、渡された紙に並ぶ5つの文字列をじっと見つめ、静かに思考の海へと沈んでいくのだった。
◇
午前中の明るい日差しが差し込む教室のなかで、空気だけがどこか重く沈み込んでいた。
短い夏の真っ只中。高い窓から注ぎ込む陽光は眩しいほどだが、谷沿いに建てられた校舎の影は深く、どこか冷ややかな静寂を孕んでいる。
まだ眠気の残る生徒たちが席につくなか、教壇に立つ教官の声だけが、いつも以上に硬く響いていた。
チョークが黒板を叩く乾いた音が数度。
教官は黒板に大きな図を描きながら、静かに振り返る。
「合同課程の卒業要件は三つだ。A:実戦。B:統合。C:社会」
黒板には、まっすぐに引かれた三本の縦線。
それぞれ『A』『B』『C』と記された三つの柱だ。
「今日はそのうち、Aの“実戦条件”を扱う」
教官の淡々とした口調に、静まり返った教室内の緊張感が一段と増す。
「要件A。危険度4相当の案件を“単独で安全に成立”させること。これが卒業の最低ラインだ」
教官はチョークを走らせ、Aの文字の下に『単独・成立』と書き添えた。
「危険度5は“チーム成立”が条件付きで許容される。上限は九名まで。役割分担、指揮、補給、救護、そして退路。……このうちどれか一つでも破綻すれば、その時点で不成立だ」
淡々と告げられるシビアな基準。
生徒たちの背筋が、示し合わせたようにピンと伸びる。誰もが真剣な面持ちで黒板を見つめていた。
「危険度6以上は、“中心的役割”を果たしたかどうか。他は問わない」
一拍の置き、教官は生徒たちを見回して言葉を継ぐ。
「……つまり、逃げてもいいが、逃げ方を間違えるなということだ」
命を守り切ること、そして現場を破綻させないこと。
教官の言葉の裏にある厳しい現実を感じ取り、教室内に詰まるような沈黙が広がる。
「勘違いするなよ。危険度というのは“魔物の強さ”そのものを指すわけじゃない」
教官は黒板の図をもう一度示しながら、言葉を強めた。
「その事案を成立させるために必要な『要素の数』だ。危険度4は“単独で成立するか”が基準。危険度5は“チームが破綻しないか”が基準。そして危険度6は“中心を担えるか”が基準だ」
◇
「では、その実戦条件を学ぶ場所――迷宮についてだ」
教官はチョークを握り直すと、黒板の余白部分をトン、トンと叩いた。
「幸いにも、このベイルスレイブ近郊には、危険度4から6に対応する“現実的な訓練場”が揃っている」
示されたのは、周辺地域の地図とそこに点在する主要な迷宮の名だった。
「危険度4や5を狙うならば、『風土の巣穴』――風と土属性が入り混じる山脈麓の中層や、『雷風の回廊』――高地雷風帯に位置する雷と風の複合域だな。このあたりの+中層まで潜るのが現実的なラインだ」
教官の指が、黒板に書かれた迷宮名を次々と滑っていく。
「さらに上の危険度6を目指す場合は、『岩壁の迷宮』の中層……あるいは、下層の入口にあたる『水底の沈黙洞』や『土崩の墓所』まで進むことになる。……だが、どれも生半可な覚悟で挑めば簡単に命を落とす危険地帯だ」
黒板を叩く音が止まり、教室内の空気が一段と冷え込む。
「お前たちの先輩でも、下層の奥へ足を踏み入れるような者はめったにいなかった。はっきり言っておくが、無策で潜るのは死にに行くようなものだと思え。探索は中層まで、どれほど足を進めたとしても限界は“下層の入口”までだ。……肝に銘じておけ」
淡々とした、しかし一切の妥協を許さない警告。
教官は手にしていたチョークを静かに教壇のトレイへと置いた。
コトン、と小さな音が静寂に響く。
教官は腕を組み、鋭い視線で教室全体をぐるりと見渡した。




