森林サバイバル最終日 素晴らしき戦果
「はい、集合!」
光の張りのある声が、ゲート前の重苦しい静寂を払うように響き渡った。いつもの飄々とした、しかし有無を言わせぬ教官のトーンだ。
「春日井陽菜、立花蘭土、佐伯紗耶香。――お前らは即座に衛生チェックを受けろ。陽子、頼む」
「ええ。三人とも、こっちにきて。容態を確認させて」
陽子が穏やかな、しかし確かな声音で手招きをする。
はるな、ランド、さやかの三人は、互いに顔を見合わせると、静かに深く頷いた。
そのまま、陽子の待つ簡易救護のスペースへとゆっくり歩みを進めていく。泥と返り血に汚れ、ボロボロに引き裂かれた衣服――その背中には、この過酷な五日間の地獄のような戦いを生き抜いた証が、これ以上ないほど雄弁に刻まれていた。
────────────────
去っていく三人の背中を見届けたあと、光は残った生徒たちへ向き直り、ふっと視線を落とした。
「あとは、あの猿だが……」
少しだけ声を低くし、光は真剣な眼差しをミナトたちに向ける。
「あれについては、後日お前たちの元にも公式の調査書が回るはずだ。詳細はそっちを見ておけ。今は下手な予断をするなよ。……ただ、これだけは事実として教えてやる」
光はそこで一度言葉を切り、無残に転がる怪物の死体を見やった。
「あれは火風岩猿──カラヨドロスガパっていってな。……ま、一言で言えば、かなり危ない奴だ。ここだけの話、協会の定める危険度で言えば……『5』だ。城塞を単体で危機に落とし込むくらいやばい奴だ、本来なら、俺らみたいな上級位階者が4〜5人でチームを組んで、万全の準備をして袋叩きにするってのが狩りの定石なんだよ」
その言葉に、ミナトや新たちの身体が微かに強張る。自分たちがどれほど常軌を逸したバケモノと命を削り合っていたのかを、今更ながらに突きつけられたのだ。
すると次の瞬間、光はいつものように顔をクシャクシャにして、豪快に笑い声をあげた。
「はっはっはっは! それを、お前らぁああ! 俺ら二人が情けないことに生死の境を彷徨うような大戦犯やらかした状況で、よくぞ持ちこたえて討ち果たした! よくやったぞ!」
光は生徒たちの顔を一人一人見つめ、力強く言い切る。
「それだけは今、遠慮なく胸に噛みしめていい。……お前らは優秀だ。そんなお前らと森林演習をこなせて光栄だ」
教官からの、これ以上ない最高の賛辞。
満身創痍の身体に、光の言葉がじわりと温かく染み渡っていく。まだ多くの謎や不安は残されているものの、今この瞬間だけは、自分たちが確かに「生き残った」という厳然たる勝利の事実を、ミナトたちは深く胸に刻むのだった。
◇
光の快活な笑い声と、魂の底からの賛辞が、ゆっくりと夜の森の静寂へと溶けていく。
生徒たちは、誰一人として浮足立つことなく、その言葉の重みをただ静かに、深く受け止めていた。
三班三様の、あまりにも過酷だった演習。
暗闇の中で孤独に飢えと戦い、ただ生還のために泥を舐め続けた者たち。
牙を研ぎ澄まし、限界の先で己の『型』を完成させた者たち。
そして、仲間の盾となり、命のバトンを繋ぐためにその身を賭した者たち。
そして――あの底知れぬ悪意を孕んだ、凶悪な火風岩猿との、文字通りの死闘。
地獄の淵を覗き込み、それらすべてを乗り越えて今ここに立つ合同課程一年生たちの佇まいは、もはや演習を始める前の幼い学生のそれではない。
傷だらけの手足で、泥にまみれた背中で。彼らは、過酷な世界を生き抜くための、それぞれの“生存の哲学”を、何よりも鮮やかにその全身で示していた。
ざわざわと、どこか優しく、どこか冷徹に、森の風が三班の少年少女たちを等しく撫でて通り過ぎていく。
激闘の熱を冷ますように吹くその風と共に、彼らの血と汗と、そして確かに掴み取った栄光に満ちた――五日間の物語へ、静かに、しかし厳かに幕が下りた。




