森林サバイバル最終日 光 ─ 構築系上級位階の提示
泥。
血。
破れた服。
五日間の苛烈な“狩り”の痕跡を色濃く残す生徒たちは、火と土と風の魔力によって無残に書き換えられた戦場の中、全身の痛みに耐えながら必死の治療と探索を続けていた。
崩れた瓦礫の合間を縫い、琉生が焦燥を隠せない様子で周囲を見回す。
「見つからない。どこに飛ばされたんだ……あの爆発の威力じゃ、最悪の場合……」
少し離れた場所では、レンが固い表情のまま、はるなの脇腹に手をかざしていた。
「はるなちゃん、大丈夫か……?」
「ありがとう、レン。もう血は止まったわ」
はるなは未だ青白い顔をしながらも、気丈に笑ってみせる。
「それにしても、あいつ本当に硬かった……。私の細剣でも、型を乗せてようやく少し皮が切れたくらいだもの」
「ああ……」
レンは視線を落とし、消え入りそうな声で呟いた。
「とっさに出したあの魔法……あれ以外、あの猿に傷をつけられる気がしなかった。……でも、結果として、おれがはるなちゃんを傷つけてしまった」
自身の放った鉄針が彼女を貫いたという事実が、レンの胸を深く抉っていた。
そんな彼の罪悪感を察して、はるなは小さく吹き出す。
「ふふっ、気にしないで。5本飛んできたうち、4本までは弾けたんだから。全部弾ききれなかったのは私の修行不足。まだまだってことよ」
彼女の不敵な笑みに、レンは救われたように少しだけ肩の力を抜いた。五日間、死線を共に潜り抜けてきた二人の絆は、これしきのトラブルで揺らぐほど脆くはなかった。
────────────────
その時、瓦礫の山を乗り越えた新の、裂帛の叫びが夜の静寂を切り裂いた。
「いたぞ!!!!!!」
全員の身体が弾かれたように強張る。
「光さんだ! ここにいる!!」
新は巨大な岩塊の隙間に向かって飛び込み、必死に泥を掻き分けながら声を張り上げた。
「悠真! いや、誰でもいい!! 治癒使えるやつ! 魔力を残してるやつは、全員今すぐ来てくれ!!」
見つかった安堵と、それを一瞬で塗りつぶすような凄絶な容態への恐怖。新の必死の怒号が、満身創痍の生徒たちに再び走る緊張の電流を走らせた。
◇
「ミナト! まだ治り切ってないよ……っ!」
背後から叫ぶニーコスの声を置き去りにして、ミナトは猛然と走り出していた。
腕はまだ感覚がなく、まともに動かない。走る振動だけで全身の筋肉が悲鳴を上げる。それでも、一歩でも早くその安否を確かめたかった。
(失いたくない。――誰も、絶対に、もう失うもんか……!)
荒い息を吐き散らしながら、ミナトは新たちのいる瓦礫の奥へと辿り着いた。
そこは、あのカラヨドロスガパと死闘を繰り広げていた中心地から、五百メートル近くも離れたクレーターの底だった。爆風の凄まじさが、その距離だけで嫌というほど伝わってくる。
「お、お前ら……」
泥にまみれた地面に横たわる光が、かすれた声を漏らした。
「なんだその……野生みたいなツラは……!」
駆けつけた生徒たちを見上げる光の目は、驚愕に剥かれていた。
だが、驚いているのは生徒たちのほうだ。光の首はあり得ない不自然な方向へと曲がり、片方の肩は肉が完全に裂けて骨が覗いているという、凄惨極まる状態だったからだ。
「生きてる……」
琉生が呆然と呟き、そのあまりの重傷ぶりに戦慄する。
「……生きてるけど、これ、問題なし……なのか?」
「あ?」
光は苦しげに顔を歪めながらも、フッと不敵に口角を上げた。
「ああ、これか。爆発の衝撃が強くてな……。まともに衝撃を食らうと死ぬから、骨の噛み合わせを、自分で外して受け流したんだよ。……まぁ、動けないから無事ってわけじゃねえがな。それより……よーこは、無事か?」
「ここよ……」
掠れた、だが凛とした声が響いた。
「だいぶやられたわね、光」
いつの間にか、足元をふらつかせながらも南沢陽子がすぐ近くまで歩み寄ってきていた。悠真の決死の治療によって、彼女もまた死線の淵から這い上がってきたのだ。
「陽子随行員……っ」
ミナトは痛む喉から、絞り出すように懇願する。
「光随行員の治療を……どうか、してほしい……!」
「言われなくても、そのつもりよ」
陽子が深く息を吸い込むと、彼女の全身から、これまでの治癒魔術とは明らかに一線を画す『青白い魔力の炎』が猛然と燃え上がった。
その圧倒的な密度の光が、冷徹な奔流となって光の肉体を優しく、しかし不可逆的な圧力で包み込んでいく。
――バキギッ、と硬質な音が鳴り響いた。
不自然に曲がっていた光の首が、強制的に元の位置へと完璧に引き戻される。それと同時に、白骨が覗いていた裂けた肩の肉が、まるで時間を巻き戻すかのように急速に接合され、滑らかな皮膚が再生していく。死人のようだった光の顔色に、見る見るうちに血色が戻っていく。
「すごい……こんな治癒術、見たことない」
朔太郎がその圧倒的な光景に目を奪われ、呟いた。
「戻り方がえぐいな……」
琉生もまた、医療の常識を遥かに超越した「発動系上級位階」の片鱗、そして、このクレーターを作るほどの威力を前に生き延びた「構築系上級位階」、二人の上級位階者にただただ圧倒されるしかなかった。
◇
光の身体を包んでいた青白い光が完全に収束したとき、ミナトの眉間からようやく、ずっと入ったままだった力が抜けた。
極限まで張り詰めていた緊張の糸が切れ、ドッと重い疲労感が押し寄せて肩が落ちる。
(――よかった)
喉の奥で、熱い塊が込み上げるのをミナトは必死に飲み込んだ。
(みんな、生きてる。これで、みんなで戻れる。本当によかった……!)
泥を拭いながらミナトが振り返ると、そこにはいつの間にか意識を取り戻していたさやかの姿があった。恐怖と安堵が一度に押し寄せたのか、小さな肩を震わせて泣いている。その傍らでは、ランドが困ったように、しかし必死になって彼女をなだめていた。
視線を少しずらすと、はるながじっとこちら――ミナトの方を見つめていた。だが、ミナトと目が合うとすぐに、彼女は視線を隣にいる悠真へと移し、神妙な面持ちで何かを低く話し始めた。あの、猿の最期に見た「瞳の異常」についてだろうか。
「さて」
重苦しい沈黙を破るように、衣服の土を軽く払いながら光が立ち上がった。
「帰還するかね。……おい、あっちへ行くぞ。遅れるなよ」
その言葉に、ミナトは目を見開いた。
いつの間にか、先ほどまで光が身に纏っていたはずの重厚な魔術鎧は、影も形もなくなっていた。激闘の衝撃で粉々に砕け散ったはずの装甲の破片すら、周囲のどこにも落ちていない。それどころか、彼は何事もなかったかのように、傷一つなく乱れもない、いつもの端正な教官服の姿へと戻っている。
(――換装術式……!)
ミナトの背筋に、畏怖に似た戦慄が走った。
(一瞬で、残骸ごと元の服へと着替えたのか……? あの限界の死闘の直後、あの状況にあって、まだそんな精密な魔術を平然と動かすだけの魔力が残っているっていうのか。……これが、これが構築系上級位階の本物か)
プロフェッショナルとしての底知れない実力を無言で提示し、光は悠然とした足取りで歩き出す。陽子もまた、ふっと小さく息を吐いてその背中に続いた。
地獄の五日間を生き抜いたB班、そして死線を共に越えたA班とC班の生徒たちも、互いの無事を確認し合いながら、ゆっくりと、しかし確かな足取りで光の背を追い、遠い帰路についた。




