森林サバイバル最終日 鋼鉄の硬さ、ミナトの執念
「ッ――『発動系・水縛拘束』ォオオオッ!!」
声にならない、血の混じった絶叫だった。
ミナトは肺に残る全空気を強引に押し出し、喉をさらに傷つけながらも術式を虚空へ解き放った。さやかたちへ向かう死線を、一瞬でもいいから引き剥がすための、執念の拘束魔術。
「ランドォォォォォオオオッ!!!!」
その裂帛の気迫に、金縛りのようになっていたランドの身体が大きく震えた。
――ハッと我に返る。
恐怖に支配されていた瞳に、かつての猛々しい野生の光が爆発的に燃え上がった。
「おおおおおおおあああああっ!!!」
ランドは脳の安全弁を叩き切るような咆哮をあげ、足元にあった一際巨大な岩塊を力任せに掴み、引きずり上げる。そして、自らの全筋肉をバネのようにしならせ、カラヨドロスガパに向けて全力で投げ付けた。
――ドゴンッ!!!
質量弾が風を切り裂き、巨猿の至近で激しく炸裂する。
カラヨドロスガパはミナトの放った執拗な水の鎖を、圧倒的な熱量とステップで強引に回避してみせた。
だが、その弾け飛んだ水飛沫の向こう。
凶悪に赤く燃える奴の双眸は、さやかたちではなく――今まさに小賢しくも自分に岩を叩きつけてきた、あの黒髪の少年へと完全にロックオンされていた。
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完全に、標的が切り替わった。
――グルゥォオオオオオオッ!!!
地響きのような咆哮と共に、火風岩猿がランドへ向かって突進を開始する。
大地を爆裂させながら、燃え盛る巨体が文字通り陽炎となって牙を剥く。
「しまっ――! ランド、逃げ――!」
ミナトが叫ぼうとするが、もう遅い。
圧倒的な質量と熱波が視界を埋め尽くし、ランドとの距離が一瞬にして、完全にゼロになる。
◇
カラヨドロスガパの燃え盛る拳が、硬直するランドの頭頭へ向けて振り下ろされようとした、まさにその直前。
爆煙と水蒸気のカーテンを強引に切り裂き、泥と血にまみれた一本の『黒い影』がその間に猛然と割り込んだ。
――ギィンッ!!!!
鼓膜を劈くような、鋭利で凄まじい金属音が戦場に炸裂する。
極限まで鋭く研ぎ澄まされた一本の細剣が、上空からの狂暴な一撃を真っ向から、寸分の狂いもなく叩き付けたのだ。
信じがたい質量変化の衝撃に、突進していたはずのカラヨドロスガパの巨躯が、不自然なほど綺麗に後方へと激しく吹き飛んでいく。
「何、この猿……」
ボロボロの衣服を風に靡かせ、剣を構えたはるなが低く呟いた。
だが、その鋭い目は驚愕に微かに見開かれている。
「……硬すぎる。刃が、刺さらなかった」
五日間あらゆる魔物を一撃で屠ってきた彼女の細剣をもってしても、奴の強固な外皮には白刃の跡がかすかに残っただけだった。
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「――文句は後だ、動きを止めるぞ! はるな!」
即座にはるなの背後からレンが飛び出し、その両手を激しく地面へと叩きつけた。
極限の狩りで培われた超高速の術式展開。間髪入れずに放たれたのは、ミナトのそれを遥かに凌駕する密度で編み上げられた、闇の魔力による「三重の拘束術」だった。
不気味な黒い鎖が、着地しようとするカラヨドロスガパの四肢へと蛇のように襲いかかる。
カラヨドロスガパは持ち前の野生の勘でそれを受け止め、鎖の範囲から逃れようと、上空へ向けて力任せに跳躍しようとした。
――だが、その瞬間。
ズサッ、とカラヨドロスガパの強靭な後ろ足が、妙に不自然な形で地面を滑った。
踏み切るはずだった大地の摩擦係数が完全に狂わされたかのように体勢が崩れ、巨猿の身体は空中へ逃れることなく、すぐ側のおびただしい「岩」へと激しく叩きつけられた。
◇
カラヨドロスガパの後ろ足が地面を滑り、その巨躯が岩へと激しく衝突した、その刹那。
ミナトは大きく息を吐き出し、限界を超えて痙攣する右手を、前方の怪物に向けて真っ直ぐに伸ばした。
(――やれた! 摩擦を消せた。逃がさん、絶対に、ここで止める……!)
見据える視線の先、奴の身体を中心に渦巻いていた「火・風・土」の複雑な魔力循環の座標を、ミナトは奥歯を鳴らしながら捉え、その構造を強制的に剥ぎ取りにいく。
「――『終結系解除』ォオッ!!」
ミナトの全魔力が暴風となってゲート前に吹き荒れた。
次の瞬間、カラヨドロスガパの巨躯を包み込んでいた禍々しい業火が、嘘のように一瞬で掻き消えた。纏っていた燃える岩の鎧がガラガラと音を立てて崩れ落ち、周囲の空気を歪めていた突風が跡形もなく霧散していく。
奴を無敵の災害たらしめていた三属性による複合強化術式が、ミナトの、今、ミナトしか持たない「終結系」の力によって脆くも崩れていく。
「――ガ、はっ……!?」
それと同時に、無理な3属性同時解体の反動が、ミナトの肉体を内側から無残に破壊した。
ゴボリと、ミナトの口から鮮紅の血が激しく溢れ出す。
凄まじい体内の激痛に視界が激しく明滅し、ミナトはその場へドサリと激しく膝をついた。地面に血が滴り、荒い呼吸を繰り返すたびに肺が焼けるように痛む。
(……さやか)
(陽子)
(光教官)
視界の端で倒れ伏す仲間たちの姿を、血の滲む目でぎりぎりと睨みつける。
四肢の自由が失われかけようとも、ミナトの魂の奥底にある炎だけは、少しも衰えてはいなかった。
(死なせない。――絶対に、俺が全員生きて帰す……!)
強化を完全に剥ぎ取られ、ただの「無防備な肉塊」へと成り下がった巨猿を前に、ミナトが最後の執念を燃やす。自らの激痛を気合で断ち切るために、彼は血塗れの指先を震わせながら、すでに次の魔法の構築を始めていた。




