森林サバイバル最終日 笑う岩猿、水魔術師 陽子
ミナトが戦慄したその瞬間。
恐怖を力ずくでねじ伏せたランドが、すでに構えていた二発目の大岩を渾身の力で投げ放っていた。
――ドゴォッ!!!
ニーコスの暴風をまとった超高速の質量弾が、燃え盛るカラヨドロスガパの分厚い胴体へと正面から直撃し、激しい火花とともに粉々に砕け散る。
「当たれぇぇえええッ!!」
叫ぶランドの手元へ、ニーコスがさらに鋭い風の渦を編み上げていく。
「もう一発いくよ! 止まらないで!!」
狂暴な風が唸りを上げ、三発目の岩がさらなる加速を伴って虚空を切り裂いた。
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連続する衝撃に、カラヨドロスガパの纏う炎の竜巻が一瞬だけ揺らぎ、隙が生まれる。
その好機を、光が見落とすはずがなかった。
光はカラヨドロスガパのすぐ側、剥き出しになった巨大な岩の頂へと弾丸のように飛び乗った。
ミナトの強化術式を宿した脚力で岩の足場を激しく蹴りつけ、さらに高く、天を突くような高度まで跳躍する。
「これで、終わりだぁぁああっ!!」
自由落下の大質量に全魔力を乗せ、光は上空から巨猿の脳天へと、金属鎧の拳を容赦なく叩き込んだ。
――ドドドンッ!!!
まるで小規模な隕石が衝突したかのような破壊音が響き渡る。
カラヨドロスガパの巨躯が文字通り地面へと深く沈み込み、その衝撃波で山腹全体が激しく波打つように振動した。土煙と火の粉が天高く舞い上がる。
その圧倒的な光景に、ミナトの胸に確信がよぎる。
(――押している! 教官の火力なら、このまま一気に粉砕できる――!)
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だが。
次の瞬間だった。
――ゴガンッ!!!!
耳を聾するような、あまりにも硬質で凶悪な爆裂音が戦場を震わせた。
それはカラヨドロスガパの肉体が砕けた音ではない。光が踏み台にし、そして今まさに奴を圧殺していたはずの「岩」そのものが、内部から異常な魔力を孕んで一気に爆ぜたのだ。
◇
爆ぜた岩の破片が猛烈な散弾となって周囲を切り裂き、光の姿が爆煙の向こうへと完全に見えなくなる。
誰もが息をのんだその刹那、砕け散った岩の瓦礫を踏みしめて、あの巨躯が再び立ち上がった。
「――グウォオオオオオオオッ!!!」
火風岩猿が、勝利を確信したように天を仰いで咆哮する。奴の命の波動と同調するように、周囲の炎と風が、さらに凶悪な密度で一気に膨れ上がっていった。
熱気と魔力の過負荷によってミナトの視界が不自然に歪み、猿の周囲の景色さえもが陽炎のようにぐにゃりと捩れていく。
(倒せない――。教官のあの最大火力でも、届かない。こんな魔物がいるのか!?。あれは――災害そのものだ)
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ミナトがカラヨドロスガパの暴力に無力感を感じ始めた瞬間、世界が突然、白く弾けた。
――ガッッシャアアァアアン!!!
鼓膜を強烈に突く、激しく防壁が割れる音。
直後、カラヨドロスガパから放たれた目に見えない風と土の複合衝撃波が、ミナトの身体を正面から容赦なく飲み込んだ。
「な、ぐ、がっ……!?」
受け流す間もなく身体が宙に浮き、凄まじい質量で地面へと叩きつけられる。
ゴロゴロと硬い土の上を転がり、砂が容赦なく口の中へ入り込んだ。視界が赤と黒に染まり、脳を揺らすような白い衝撃が何度も襲いかかる。
(痛い――。胸が圧迫されて、息が、できない。肺の空気が、詰まる。何で撃たれた? 突風、いや、風に礫を混ぜた衝撃波か……!?)
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痛みに顔を歪めながらも、ミナトは必死に視線を上げた。
ゲート前で立ちすくむこちらを見ていたカラヨドロスガパが、まるで人間のようにその口角を醜悪に釣り上げ、ゆっくりと視線を移すのが見えた。
その視線の先――。
そこには、今も意識不明のさやかの治療に全霊を傾けている陽子の姿があった。
(まずい……! 猿の狙いが陽子とさやかの近くに……! 俺はさっきの衝撃で、完全に遠くへ飛ばされた……!)
距離がある。教官の防壁も今はもうない。
ミナトは激痛を堪え、地面の草を掴むようにして拳に力を込めた。
(……動ける。直前に張った防壁が、最低限の威力を殺してくれたらしい。まだ、骨は折れてない
誰かいないか?ランドは?光教官は?)
立ち上がろうとする口の中に、生温かい血の味がじわりと広がっていく。絶望的な状況の中、ミナトの瞳にはまだ、決して諦めない冷徹な光が宿っていた。
◇
その時、さやかの前にいた陽子が弾かれたように立ち上がった。
陽子の両手が虚空を薙ぐと同時に、大気中の水分が瞬時に凝縮され、周囲の空間に十数メートル規模の巨大な水弾が無数に構築されていく。
カラヨドロスガパは激しく吼え、自らの肉体に纏わせていた、燃え盛る岩塊を陽子に向けて容赦なく投げつけた。
陽子は鋭い視線のまま、眼前に浮かぶ巨大な水弾を微細化して勢いよく放つ。
「いけッ!!」
――ドン! ドン! ドン!
地響きと共に、お腹の底から響くような重低音が鳴り響く。
微細化された水粒の表面が瞬時に沸騰し 爆ぜた水粒が白い蒸気となって広がる。
カラヨドロスガパはさらに激昂して魔力を滾らせ、一帯を焼き尽くさんばかりに燃え上がりながら水粒をかき消していく。
奴が執拗に燃える岩の弾を放ち、陽子がさらに水粒をまき散らす、周囲にはすさまじい濃度の水蒸気が爆発的に立ち込め、ゲート前一帯の視界を真っ白に覆い隠していった。
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その真っ白な水蒸気の隙を突き、陽子は素早く身を翻してさやかの華奢な身体を抱き上げた。
一刻も早くこの爆撃地帯から離れようと、地面を強く蹴る。
しかし――その瞬間だった。
真っ白な霧を内側から焼き裂くように、火風岩猿が純粋な魔力で練り上げた数メートル規模の狂暴な火炎弾を、今度は無数に放ったのだ。
赤い死線の群れは、霧の向こうでさやかを抱える陽子を真っ直ぐに狙い澄ましていた。
避ければ、腕の中のさやかが消し飛ぶ――。
陽子は咄嗟に、自らの身体を割り込ませるようにして捻り込んだ。
直後、激しい爆炎が陽子の背中を完全に飲み込んだ。
「あ、ぐっ……!」
短い悲鳴と共に、陽子とさやかの二人の身体は、まとめて無残に地面へと崩れ落ちた。
『逃がさない、食らう、食らいつくす――』
燃え上がる霧の向こうから、まるでそう激しく呪詛を吐き散らすような魔獣の邪悪な咆哮が響き渡る。
「ニー……」
ミナトは必死に声を絞り出そうとした。だが、肺の空気が足りず、まともな音にならない。
(うわあああああああ! ぐうぅうううおおおおお!、ぐぞぉ、ふざけるな、ふざけるなッ!!)
内側から胸が焼け裂けそうなほどの怒りが爆発する。
(なんだこれぇええ、声が出ない! 動け、考えろ! 強化か!? 支援か!? ランド、ニーコス、誰でもいい、動ける奴はいないのか!? 撃てるか!?)
ミナトは縋るようにして、少し離れた場所にいるランドへと視線を向けた。
だが、ランドもまた、教官すら容易く蹂躙していく圧倒的な「災害」の暴力を前に、完全に身体を硬直させて立ち尽くしていた。




