森林サバイバル最終日 それぞれの足取り
正面から顔を焼くような心地よい熱を感じて、はるなはゆっくりと目を覚ました。
視界を開くと、目の前でレンが静かに熾火を熾しているのが見えた。パチパチと爆ぜる火の粉が、冷えた朝の空気を暖めている。
「あったかい……」
はるなは泥のついた前髪を払いながら、小さく息を漏らした。
「起きたか?」
レンが火床から顔を上げずに向こうを指差す。「悠真がまだ寝てる。あいつが起きて、もう少し身体が温まったら行くか」
レンは沸かしたての大雑把な湯をコップに注ぎ、はるなへと差し出した。
「ん……」
はるなは両手でコップを受け取り、固まった指先を温める。
「そういやさ……昨日、どっか遠くから悲鳴みたいなの聞こえなかった?」
いつの間にか起きていた悠真が、まだ重い身体を引きずるようにして焚き火のそばへ寄ってきた。
その言葉に、すでに武器の手入れを終えていた琉生がニヤッと獰猛に笑う。
「悠真の情けない悲鳴なら、一晩中嫌ってほど聞こえたぞ?」
「そうじゃなくて! 夜中だよ、もっと遠くの森の奥からさ……」
「……聞こえた」
はるながコップから静かに目を上げた。その瞳には一切の動揺がない。
「でも、剣戟の音はしなかった。……だから、そのまま寝た」
他班の危機であれ何であれ、直接自分たちの脅威にならないならリソースを割かない。それがこの数日間で彼女が身につけた生存への合理性だった。
「……夜中には、山全体を覆うような魔力反応が届いたな」
レンが不意に空を見上げるようにして目を細めた。「麓の方からだ。誰かが広域探知をしてやがったみたいだが……」
レンはフッと口元を歪めた。
「ま、俺たちを探ってたわけじゃなさそうだったが」
「そっか……。それもそうだね」
悠真が苦笑し、琉生も肩をすくめる。
配られた熱い湯を受け取り、4人はそれぞれ乾いた喉を乱暴に潤した。
「……行こう」
はるながコップを置き、一番に立ち上がった。その動きには、初日のような迷いは一切なかった。
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B班が選んだのは、鬱蒼とした谷底の道だった。
2日連続の夜襲の爪痕である泥とこびりついた血の匂いが濃く漂い、彼らが踏みしめる足音は重く、荒い。
だが――。
その双眸は獲物を狙う猛獣のように鋭く、呼吸はどこまでも深く安定し、足取りには一歩の迷いもなかった。
「……しかし俺ら、見た目ひっでぇな。服もボロボロだしさ」
琉生が歩きながら、肩や腕にこびりついた乾いた泥をパサパサと払いつつ呟く。
「でも……生きてる。五日目の朝に、全員で歩けてるよ」
悠真が顔の傷を引っかきながら、どこか晴れやかな苦笑を浮かべた。
「はるな、右の茂み」
前を見据えて歩いていたレンが、視線すら動かさずに低く鋭い声を出す。
「何かいる」
その瞬間、はるなはすでに手元で迎撃の術式を半ば構築しながら、耳を微かに動かしていた。
「……大丈夫。“逃げる音”」
はるなが魔力を霧散させるのとほぼ同時に、ガサガサッと茂みの奥で小型の獣が怯えたように遠ざかっていく音が響いた。
五日間に及ぶ絶え間ない「狩り」の果てに、はるなとレンは、すでに意識せずとも“森の音”の正体を完全に読み解く領域に達していた。
「……俺たち、強くなったね」
悠真がしみじみと、感慨深そうに呟く。
「強くなったっていうか……」
琉生がふっと肩で笑った。
「バラバラだったピースが、生き残るために“噛み合わさった”だけだろ」
「――それで十分だよ」
レンが静かに、しかし確信を込めて言った。
衣服は裂け、全身は血と泥にまみれ、お世辞にも綺麗とは言えないひどい姿。
だが――谷底を進むその4人の佇まいは、この4日間を力ずくでねじ伏せて“生き残った者の強さ”そのものだった。
◇
穏やかな風が吹き抜ける低地の道。
遮るもののない柔らかな朝光を浴びながら歩むC班の四人の足音は、五日目の朝とは思えないほど軽やかだった。
彼らが台車で大切に運ぶ燻製箱からはまだほのかな熱と香ばしい匂いが立ち上り、乾燥ネットの中では美しく仕上がった大量の保存食が小気味よく揺れている。
「……演習期間の五日間、全行程における食料・物資の補給リスク、完全なるゼロ」
朔太郎が歩きながらノートにペンを走らせ、感嘆の息を漏らす。「これさ、奇跡なんかじゃなくて……僕たちの『技術』の完全勝利だよ。――あ、ついでに鼠狩りもね!」
「そうだね。燻製箱の維持魔法も罠の術式も、最後まで完璧に安定してたよ」
新が台車に載った箱の魔法陣を愛おしそうに撫でながら、爽やかに微笑む。「――うん、ついでに鼠狩りもね!」
「おうよ! ちなみに俺、この五日間で薪割りがめちゃくちゃ上手くなったぞ!」
陸斗が自慢の得物を肩に担ぎ、我が意を得たりと胸を張る。「――ついでに、鼠狩りもな!!」
「ふふ、みんなのおかげだよ」
三人の息の合った(?)大合唱に、おとがようやく心からの健やかな微笑みを浮かべた。
「過酷な環境だろうと、知恵を絞って“工夫で生き残る”って、こういうことだよね。……でも、鼠はもういらないかな!」




