森林サバイバル最終日 A班 優しい納得の帰還
演習5日目の朝。
山の深い霧がゆっくりと晴れ渡り、木々が落とす不気味な影はその輪郭を薄くしていく。
五日間に及ぶ過酷なサバイバルの疲労が鉛のように全身にまとわりつくが、生き残った三つの班は、それぞれがこの森で獲得した固有の“生存の形”を携えて、最終目標である帰還ゲートへと向かい始めていた。
A班は――“静かに、正確に”。森の呼吸にその身を溶け込ませるように。
B班は――“泥と血のまま、前へ”。死線を潜り抜けた獣の獰猛さを滾らせて。
C班は――“整った野営の延長のように”。牙を剥く狂気を完璧な規律で覆い隠して。
目覚め始めた森の音が、三者三様の確かな足音を静かに迎える。
◇
朝の柔らかな光が簡易天幕の隙間から差し込み、さやかっはゆっくりと目を覚ました。
まだ微かに残る肌寒さの中、A班の面々は驚くほど綺麗に折り重なり、一つの大きな「団子」になって眠りこけている。
(……ん……あれ?)
ふと視線を落としたさやかは、心臓が跳ね上がるのを感じた。自分の両手が、なぜか左右にいるミナトとランドの衣服や腕に複雑に絡みつくようにしてホールドされていたからだ。
「ッ……!?」
さやかは声を押し殺し、顔を真っ赤に染める。
慌ててもぞもぞと拘束を解いて抜け出そうとしたが、今度は背中にずっしりとした心地よい重みを感じた。後ろからニーコスが猫のようにぴったりと抱きついてきており、完全に身動きが取れない。
(詰んだ……っ。なにこれ、はずいよ……! 動けないじゃん……!)
頭を抱えたくなったさやかだったが、下手に暴れて全員を起こすリスクを天秤にかけ――しょうがないから、思考を放棄してもう一度そっと目を閉じることにした。気まずさのあまりの、ささやかな二度寝だった。
(間)
それからしばらくして、長い耳をぴくぴくっと動かした後、ニーコスが先に小さく身じろぎして目を覚ました。その動きに乗じるようにして、さやかも今度こそそっと抜け出すようにして上体を起こす。
二人の気配が動いたことでランドが豪快に伸びをして覚醒し、最後にミナトが、まだ網膜の残像が完全に消えきっていない目を擦りながら一番最後に起き上がった。
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撤収を終えたA班が歩むのは、ゲートへと続く川沿いのルートだった。
水音が一定の心地よいリズムで絶え間なく流れ、A班の四人の足音はそのせせらぎに完全に溶け込むように同調している。無駄な物音を立てない、完璧な隠密移動だ。
「……風、弱い」
ニーコスが長い耳をぴくりと動かし、周囲の空気をそっと読む。「このまま行けば、この先も危険はない。大丈夫」
「ありがとう」
ミナトは短く頷き、歩調を崩さずに指示を出す。「ランド、背負っている荷物の重心をあと数センチ下げてくれ。傾斜での疲労度が変わる。……さやか、現在の魔力残量は?」
「ええと、だいたい五割かな。十分残ってるよ」
さやかが手元の感覚を確かめながら、あっさりと答える。
「五日目の朝で魔力五割残しって……お前、どんな燃費の良さだよ。化け物かよ」
ランドが背嚢を揺らしながら、呆れたように、しかし確かな感心を込めて軽く笑った。
「えへへ……ミナトくんの指示通りにしか使ってないからね」
さやかは少し誇らしげに、照れ笑いを浮かべた。
ミナトは歩きながら手信号を送ってくるランドを見ていた。
(体が動く、痛みもない、皆顔色がいい。これで終わりっていう顔だ。やっとか……ランド、なんだその顔は?足を叩いて、先を指さす……デカいなあの木、両手を振って、おい、正気か?ここで駆けっこしようってことか!?)
(ふ、いいだろ、体力を残してきたんだ、やってやろうじゃぁああないか!!!)
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お互いを見合ったランドとミナトは、何も言わず、同時に低く構えを取り───がさッ、風の音を合図に駆けだした。風が髪を噴き上げる。気持ちよさに二人は思わず笑いながら、指さした巨木の根元まで走りぬいた。
ざっざっざさっざ!
「ミナト!俺の勝だな!」
「ランド、くっそ……お前、荷物はそっちの方が重いはずなのに、なんでそんなに元気なんだよ」
息を切らせながらも、ミナトは悔しそうに笑った。
「筋肉だ! 最後の最後に頼れるのは――」
「「筋肉」」
二人の声が見事に重なり、あっはっはっと少年たちの瑞々しい笑い声が静かな森に快く響き渡る。
そこへ、樹上からすとんと舞い降りるように追いついてきたニーコスが、楽しそうに耳をぴくぴくさせて微笑んだ。
「二人は本当に仲がいいねぇ」
「ちょっと! なんでいきなり走り出すのよ!」
遅れてさやかが、膨れっ面をしながらも小走りでやってくる。その文句さえも心地よく、四人は顔を見合わせて笑い、再び歩き出した。
ミナトは歩き始め、また周囲の地形を見渡し、視線を細かく動かして“安全に戻れる形”の最終チェックを脳内で実行し続けていた。
(退避ルート、現在三系統を確保。確保している水は十分。食料は最低限だがゲートまでは確実に持つ。全員の足取り、呼吸、精神状態ともに極めて安定……。よし、アーキテクチャは崩れてない)
「……ミナト、すごい」
隣を歩くニーコスが、ミナトの横顔を見上げて小さく微笑んだ。「森の中で、ずっとみんなの“帰り道”を作ってた。一族でもあそこまで考える人あまりいない」
ミナトはその言葉に一瞬だけ目を見張り、それから少しだけ視線を逸らすようにして答えた。
「……俺がルートを敷いても、みんなが的確に動いてくれたから形になったんだよ。俺一人じゃ何もできなかった。ニーコス、素直にうれしいよ。ありがと」
五日間という地獄のような演習の中で、最も“綺麗な状態”を維持したまま、A班は確実な足取りでゴールのゲートへと向かっていく。




