森林サバイバル4日目 消える魔物と寝息
同じく4日目の夜。演習場の麓に佇む教官用のロッジ。
ふっと意識を浮上させて目を覚ました光は、暗闇の中で天井を見つめた。風の鳴き声の奥で、かすかに遠い悲鳴が聞こえた気がしたからだ。
「……」
光は上体を起こすと、ゆっくりと目を閉じた。精神を集中させ、演習場となっている山全体を包み込むような広域探知魔術を展開していく。
「……過保護が、他の教官にばれるかもしれんが、ま、いいか」
規則違反に対する小さな言い訳を独り言のようにつぶやきながら、光は術式の網に引っかかる各班の生体反応を一つずつ精査していった。
(……ないな。特に深刻な戦闘も、大怪我につながるような事故の予兆もなし)
(今度のC班が、ちょっとばかし慌ててる、くらいか。あそこは今日、全員で寝ずの番だな。まぁ、順当な森の野生獣対策ってところか。あんな立派な燻製箱なんか作っちまえば、周囲の獣に『ここに美味い餌がありますよ』って触れ回ってるようなもんだからな。……よし、寝よ寝よ)
大事には至っていないと判断した光は、あっさりと探知を解除した。
再び温かい毛布の中へと潜り込む。ロッジの外では、山の夜が何事もないかのように静かに更けていった。
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しばらくして、同じ部屋の別のベッドで陽子が静かに目を覚ました。
シーツを押し上げて身体を起こした彼女は、隣のベッドで呑気な寝息を立てている光を一瞥し、足音を忍ばせてベッドから降りる。
窓辺に立った陽子は、他の教官や生徒に気づかれないよう、独自の「隠蔽式広域探知魔法」を山に向けて音もなく放った。だが、帰ってきた術式の波動を読み解くうちに、彼女は美形な眉を深くひそめることになる。
「……いない」
陽子は小さく声を漏らした。「最終夜に向けて『魔呼の香炉』を焚いて魔物を呼び寄せているはずなのに、大型の魔物の気配がまるで残っていない……。感知できるのは、動物……いや虫のような小さなものだけ……?」
「まさか、守屋のB班がすべて狩り尽くしたというの? 2日連続で夜襲をかけたとはいえ、あのエリア一帯の魔物をそこまで集めて殲滅したかしら……」
陽子は、隣のベッドでスースーと気の抜けた寝息を立てている光をもう一度見た。こういう時の勘が誰よりも鋭い彼が、この状況に何の反応も示さずに眠りこけていることも、不思議でならなかった。
「……光さんの反応の薄さ……、本当に、私たちの想定を超えるような『即座の脅威』はないってことなのかしらね」
陽子は小さく息を吐き、窓のカーテンを閉めた。
「ま、明日、無事に全員を迎えて帰路につけば、今回の私たちの任務も終了……終わったらこの湿温風機ちゃんとしたの作ってもらお」
再び冷えたベッドへと潜り込みながら、陽子は明日の朝一番に、どの生徒の衛生点検や精神ケアが必要になりそうか、チェックを忘れないようにしようと思考を巡らせる。
大人たちがそれぞれの解釈で「山の静けさ」を納得していた。




