森林サバイバル4日目 夜、なかま
演習4日目の夜。
森は、恐ろしいほどの完全な暗黒に包み込まれていた。
月明かりすら届かない深い闇の中、A班は簡易天幕の中で互いの肌の熱を感じ合いながら、交代で監視を続けていた。張り詰めた空気が、呼吸の音さえ重苦しく変えていく。
「……暗すぎる……。これ、一歩も外に出られねぇぞ」
ランドが闇の中で、自分のすぐ目の前にあるはずの手を手探りしながら呟いた。
「ライトの初級魔術……唱えようか……?」
さやかが怯えた声で提案する。
「ダメだ」
ミナトが即座にそれを制止した。「この濃い闇の中で不用意に強い光魔術を使えば、“光の反動(残像現象)”で網膜が焼き付けられ、数分間は本当に完全な盲目状態になる。一番危険な時間帯に視覚を失うわけにはいかない」
――パキッ。
その時、天幕のすぐ外で、乾いた枝が折れる微かな音が響いた。
(なんだ……!? 何かいるのか? それとも、ただの風か……。いや、気のせいじゃない。だが、探知魔術に何も引っかからない。魔力を持たない、もっと小さなものなのか……?)
ミナトの脳裏に、昼間から感じていた不気味な違和感が急速に膨れ上がる。
「……風」
ニーコスがそっと耳を澄ませ、闇の奥を見つめる。「でも……何か、いる」
その言葉が引き金だった。
じわじわと迫る目に見えない恐怖に、さやかの精神が限界を迎える。彼女は恐怖を振り払うように、咄嗟に手元で術式を解放してしまった。
「ライト……っ!」
――パッ。
夜の闇を鋭く切り裂く、小さな白い光球が生まれた。
しかし、その直後。ミナトの警告通り、強烈な光の残像が彼らの目を襲い、A班全員の視界が完全に真っ黒へと染まった。
「クソっ、何も見えねぇ……!!」
ランドが両目を押さえてうめく。
「ごめん……! ごめんなさい……っ!」
さやかが自分の失策に気づき、泣き出しそうな声で謝罪する。
(うわーやーらーれーたー……緑色の丸いものが網膜に焼き付いて、目をつむっても見える。そういえば昔、嵐の日に紬姉さんが泣く碧をなだめながら一緒にろうそくみてたな。あの時もこんな感じで……っと。)
「動かないで。位置を変えると余計に混乱する」
ミナトは網膜に焼き付いた光の痛みに耐えながら、冷静に声を張った。「ニーコス、音だけで周囲の動向を読んでくれ」
「……大丈夫」
ニーコスの落ち着いた声が闇に響く。「敵、いない。……風だけ」
視覚を奪われた恐怖の中、彼らはピタリと動きを止める。今のA班にとって、頼れるのはニーコスの超人的な“森の耳”だけだった。
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「――キャァァァーーーー!!!」
その時、完全な暗黒を引き裂くように、遠くの山の斜面から鋭い悲鳴が響き渡った。
ニーコスの長い耳がぴくりと跳ねる。彼女は音のした方角へと、静かに視線を巡らせた。
天幕の中では、ランドもさやかもミナトも、未だに機能不全に陥った目を押さえたまま蹲っている。外の異変を視認できる者は誰もいない。
ニーコスは音を立てずに天幕の隙間から這い出ると、静かに外の闇へと意識を向けた。
彼女の身体から、薄い光の膜を伴った探知魔術が発動する。その光は静かな波紋の輪となり、周囲の森へと広がっていった。
――探知の術式に映し出されたのは、夜露に濡れる木の葉に這う小さな昆虫。そして、その虫を狙って音もなく羽ばたく野鳥の羽撃き。
そこに映るのは、いつもの、ありふれた森の生き物たちの営みだけだった。少なくとも、この拠点周辺に迫る明確な脅威(魔物)の反応はない。
ニーコスは小さくほっと息を吐くと、自身の探知を解除した。
そのまま、再び冷え込む天幕の中へと身体を滑り込ませ、さやかとミナトの僅かな隙間へと潜り込んでいく。
「……大丈夫」
ニーコスは二人の身体にそっと寄り添った。「敵、いない。……寝よ……」
「……ありがと、ニーコスちゃん。おやすみなさい……」
さやかがまだ視界の戻らない目で、ニーコスの温もりにすがるようにして目を閉じた。
「ニーコス。……今、遠くで何か聞こえなかったか?」
ミナトが微かに視力を取り戻し始めた目で、ニーコスの顔を見つめる。
「……んっ、大丈夫。ここは危険ないから、ミナトも寝て……」
ニーコスは眠気に声を沈ませながら、ミナトの胸元にそっとおでこを押し当てた。これ以上、思考を回して消耗しないでほしいと伝えるかのように。
「……あぁ」
ランドもすでに限界だったのか、大きな身体を丸めて泥のように眠りに落ちていく。
やがて、小さな天幕の中は、極限の疲労を分かち合う四人の静かな寝息で満たされていった。
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翌朝。
森に薄暗い朝霧が立ち込める中、ミナトがゆっくりと目を覚ました。
すぐ隣には、大いびきをかいて寝返りを打つランド。反対側には、ミナトの袖をぎゅっと握ったまま丸まっているさやか。そして、その二人の間で、猫のように器用に収まっているニーコス。
演習開始直後は、ただ集められただけで互いに距離も方向もちぐはぐだった四人。
だが今や、誰も何も言わなくても、寒さと恐怖を凌ぐために自然と一つの大きな「団子」のようになって眠りこけていた。
4日目の夜を生き延びたミナトは、彼らとの間にこれでいいんだよなという、言葉にしずらい安心を感じていた。




