森林サバイバル4日目 “獣ではなく、人間の強さ” と 獣の執着
演習4日目の午後。
生い茂る木々が陽光を遮る森はどこまでも深く、足元に落ちる影は不気味なほどに濃い。周囲には、いまだに燻るような魔物の気配が漂っていた。
(……手が動く)
はるなは自分の両手の平をじっと見つめ、ゆっくりと拳を握り込んだ。
(……視える。身体が、周囲のすべてを感じ取っている)
2日連続で夜間の急襲を受け、文字通り死線を彷徨った。だが、その過酷な経験が、彼女の五感を信じられないほどに鋭敏に尖らせていた。
(レンがいる。琉生がいる。悠真がいる。みんな、ここにいる。……生きている)
(――これなら、いける!)
はるなは完全に恐怖を排した冷徹な目で前方を睨みつけ、冷静に前衛のポジションを張る。その佇まいは、初日の焦りや気負いが嘘のように消え失せ、隙がない。
その背後で、レンは愛用の魔刃を抜き放ち、その刃の角度や魔力の収束率を微調整していた。
琉生はいつものように軽口を叩きながらも、その視線は一瞬たりとも周囲の警戒を怠らない。
悠真は泥のついた地図を膝の上で広げ、周囲の地形と照らし合わせながら、拠点防衛のための最短かつ最適な迎撃ルートを模索していた。
「……今日を過ぎれば……。残りは、あと半日……!」
悠真が震える指で地図の現在地を指さしながら、全員を鼓舞するように声を絞り出した。
「よし。行けるな、お前ら」
レンが魔力を練りこみながら、不敵な笑みを浮かべる。
「……うん」
はるなが短く、しかし確かな信頼を込めて頷いた。
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四人の視線が、戦火の立ち込める空気の中で静かに交差する。
魔物の返り血の生臭さと、泥と汗の匂いでむせ返るようなB班の拠点。聞こえてくるのは、周囲の不気味な環境音と、四人の規則正しく重なる吐息の音だけだった。
「……今日の夜が、本当の最後だ。一瞬たりとも気を抜けないよ」
琉生が珍しく真剣な表情で、自身の獲物を握り直す。
「大丈夫だ」
レンが短く応じた。「体感だが、日を追うごとに襲撃してくる魔物のサイズが小さくなっている。敵の勢いも、初日のような危険を感じない」
「そうね。このエリアの凶暴なのは、私たちがもうあらかた狩り尽くしたのかもね」
はるながわずかに口元を緩める。
「……でも、安心はダメ……だろ?」
悠真が不安げに、しかし釘を刺すように二人を見上げた。
その言葉に、はるなの表情からふっと笑みが消える。
「そうね」
はるなは冷徹な戦士の目になり、静かに呟いた。「勝った、終わったと思った瞬間が、一番人が死ぬ時よ」
レンもその言葉に同意するように、低く笑って表情を引き締めた。
「違いない。――日が落ちる前に、拠点周囲の結界発動用の刻印が潰されてないか、一回り見てくるわ」
「レン、俺も行くよ! 一人で歩くには、この森はちょっと退屈すぎるからな」
琉生がひらりと身を翻し、レンの隣へと並ぶ。
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二日間の凄惨な夜が、B班の四人を徹底的に叩き上げた。
肉体を削られ、精神を追い詰められ、それでもなお牙を剥き続けて生き残った者だけが持つ、獰猛な熱がそこに残っている。
彼らはもう、ただ闇雲に暴れる獣ではない。互いの背中を預け合い、それぞれの持ち味を噛み合わせる「人間」としての強さを手に入れていた。
演習最後にして最大の試練となる夜を越えるための火が、四人の胸の中で、今、静かに、しかし激しく燃え上がっていた。
◇
演習4日目の夕方。
C班の野営地は、一見するとこれまで通り完璧な機能を維持していた。
お手製の燻製箱からは安定した煙が立ち上り、並んだ乾燥ネットは、風もないのに不自然にわずかだけ揺れている。水処理装置は二段ろ過に煮沸工程を加えられている。
――しかし、彼らの構築した“野営工房”は、目に見えない何かの足音に、かすかに、確実に震えていた。
(嫌だ、また盗られる……? 何だっていうの、私は何も間違ってない。汚い、嫌だ、本当に嫌だ……。今度こそ捕まえてやる)
「私が今晩、夜通し番をする」
おとは充血した目で燻製箱を凝視したまま、硬い声で言った。「……うん。私が起きて、全部見張る」
「一人は危ないよ、おと。それに……」
新が宥めるように手を伸ばしかけたが、それを朔太郎の掠れた声が遮った。
「……これ、みて。……毛、が落ちてる……」
朔太郎がピンセットで拾い上げたのは、細い一本の繊維だった。
「ん……? 鹿の毛か?」
陸斗が覗き込むが、朔太郎は小さく首を横に振った。
「……短い。鹿じゃない」
朔太郎の眼鏡の奥の瞳が、恐怖と困惑に揺れる。「それに……細すぎる。そもそも、ありえないはずなんだ。僕たちは皮を剥いで、血抜きをしてからここに肉を持ってきてる。燻製場所に毛が残る余地なんて、どこにもないんだ」
「じゃあ、なんなんだよそれ?」
陸斗の顔から余裕が消える。
「獣か……。これ、野生の動物の毛だ」
新が厳しく周囲の闇を見つめた。
(獣……! 嘘、嘘、汚い、汚い、汚い……! 私たちの完璧な食料に触ったの!? 消す、消さないと、そんなのもう食べられない……!)
「うそ……! あぁ……もう一度、全部殺菌しないと……!」
おとが過呼吸気味に自分の髪を掻きむしる。
「……僕がやるよ」
朔太郎がすぐに消毒用の魔術触媒を手に取った。
「とにかく、一人の夜番は絶対に危ないよ」
新が改めて主張する。
「でも、二人で番をすると、明日の最後の帰投(移動)で万一襲撃があったときに、体力が持たないわ……」
おとは唇を噛み締め、戦術的な不利を計算しようとする。
「じゃあさ、相手が野生の動物なら、灯をガンガンに灯しておけば追い払えるんじゃないのか?」
陸斗が提案するが、新がすぐに懸念を口にした。
「それをやったら、今度は魔物を呼び寄せないかな?」
「魔物なら……姿が見えるんだから、倒して終われる!」
おとが狂気を含んだ鋭い声で言い放った。「魔物ならいい。この動物は、来られても術式に引っかからないし、気づけない……!」
「探知や結界の術式……俺ら、そんなに設置が下手くそだったか?」
陸斗が自分たちの技術に疑問を抱き始める。
「いや、俺たちの術式は機能してる。さっき確認してきた、でもどこかに穴があるんだ。それを潜り抜けてきてるんだ」
新が冷や汗を流しながら、乾燥ネットを見上げた。「ここの動物は、人間の魔術演習に慣れてる。……恐ろしいのは、箱も、吊るしも、何一つ強引に開けられた形跡がないのに、中身だけが弄られていることだ」
「ここって演習でよく使う場所だから、目を盗めるやつがいるってことか……!? あるのかよ、そんなこと!! 動物ってのはつくづく油断ならねぇな!」
陸斗は自身の獲物を強く握りしめ、荒々しく息を吐いた。
「だったら決まりだ、寝ずの番だな! 魔物が来たらその時はその時でぶっ倒す! 見えねぇ相手にジワジワ削られるより、向かってくる相手の方が100倍マシだ!」
「おと、俺は体力だけには自信がある。今晩、お前の夜番に付き合うよ」
「うん。二人なら、まだカバーし合える……」
新も苦渋の決断としてそれを認めた。
「そうしよ? 灯用の、知覚を狂わせる効果を持たせた光の術式……私が今から全力で刻印してくるね」
おとは不気味な笑みを浮かべ、魔術ペンを握りしめた。
「……絶対に、見逃したくない。もう、これ以上私たちの成果を削られるのは、絶対に嫌だ」
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C班は、これまでのサバイバルで培った
“技術 × 魔法 × 身体能力 × 徹底的な分析記録”
そのすべてを歯車のように噛み合わせ、恐怖を原動力にして、自分たちの成果の“野営工房”を、侵入者に対抗するための“野営要塞(陣)”へ改造していった。




