森林サバイバル4日目 A班 泥魚と行者ニンニク
演習四日目の昼。
お湯で体を拭いたとはいえ、限界が近いことに変わりはなかった。ミナトは拠点の焚き火の前で、メンバーたちの顔を順番に見つめる。
肌に張り付いた髪、脂を帯びててかった顔、乾燥してひび割れた唇。誰もが眠気で目をこすり、今にも倒れそうなほどの疲労を抱えながらも、それでも自分のやるべき役割を懸命にこなしていた。
「……右の斜面、風が弱い」
ニーコスがそっと耳を澄ませ、前髪を揺らす風の音を拾い上げる。「あっちの淀み、魚を釣るならあっちがいい」
「了解。ランド、行くぞ」
㠠ミナトは即座に判断を下し、杖を拾い上げた。「さやかはここで待機。もし僕とランドが向こうで不測の事態に陥ったら、即座に救助を頼む」
「任せろ!」
ランドがまだ少し乾ききっていないシャツの袖をまくり上げて胸を叩く。
「はーい! 気をつけてね!」
さやかが小さく手を振り返した。
ニーコスの“森の耳”が獲物の潜む正確な位置を教え、ミナトの“設計(思考)”がそこへ至る最短かつ安全なルートを整える。
(……ギリギリだ。全員、肉体の疲労はとっくにピークを越えている。だけど……僕たちの“戻れる形”は、まだ何一つ崩れていない)
ミナトは川面に糸を垂らしながら、ふと、意識の端に引っかかる奇妙な魔力の残滓を感じ取った。
(……ん? また、遠くで戦闘の魔力反応……? この荒々しい術式の波形は、レンか……? あっちの班も、何かとやり合っているのか)
「さやか、魚捕れたぞーー!」
思考を遮るように、少し離れた岩場からランドの馬鹿デカい声が響いた。
「うっそ、ほんと!? おいしい奴!?」
拠点前で薪を整えていたさやかが、嬉しそうに声を弾ませる。
「知らん! 食えばわかる!」
「……こっちも、魚が捕れた」
ミナトが淡々と、手元の仕掛けを引き上げる。
「うっそ、ミナトもかよ! いいな、敗けねぇーぞ!」
ランドがさらに目の色を変えて川面を睨みつける。
「頑張れ二人ともーー!!」
さやかが両手をメガホンのようにして黄色い声援を送る。
「頑張れー。釣れたら行者ニンニクと塩で美味しく煮込んであげるからね。お魚、楽しみだねぇ」
ニーコスも焚き火の傍らで、のんびりと手を振った。
「よっしゃー! 二匹目だ!!」
調子を上げていくランドに対し、ミナトは手元の竿に伝わる手応えの少なさに小さく眉をひそめた。
「……びくともしないな。川には結構魚影がありそうなんだが、餌への食いつきが悪い。……いっそ、手づかみの方が楽か?」
「手づかみはほとんど無理だよー。水が冷えて体温をごっそり持っていかれるから、絶対にやめてねー」
ニーコスが遠くから鋭く釘を刺す。
「なるほど……。じゃあ、地道に待つか」
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しばらくの間の後、山の斜面から一層冷たい風が吹き付け、川面を白く波立たせた。日差しが急速に遮られていく。
「ねえ、そろそろ戻らない? 風がすっごく冷えてきたよーー!」
さやかが寒そうに身を縮めながら、二人に呼びかける。
「日が陰り始めたな。ランド、一度戻ろう」
「おう! 所でミナト、お前は何匹だ?」
釣り場から川岸の拠点へと移動しながら、ランドがニヤニヤとした勝ち誇り顔で聞いてくる。
ミナトがチラリとランドの籠に視線をやると、そこには丸まっこい魚体が少なくとも四匹以上、元気に跳ねていた。対するミナトの籠には、わずかに二匹しか入っていない。
「聞くのか」
「いいから言ってみろって!」
「……二匹だよ」
「ふっふー! 俺は六匹だ!! よっしゃあ、勝った! 昨夜の借りはきっちり返したぞ、ミナト!」
ランドが子供のように拳を突き上げる。
ミナトは(そもそも釣りの技術と、昨夜の医療の借りは別物だろうに……)とやや理不尽に思いながらも、まぁ本人が元気になったのならいいかと小さく頷き、拠点前の焚き火場所まで戻った。
「ニーコス、これ。食べられるか?」
ミナトが自分の籠を差し出す。
ニーコスは籠の中を覗き込んだ瞬間、パッと目を輝かせた。
「二匹ともアマゴだよ! 滅多に捕れないやつ! すごい、美味しいよこれ、本当に凄いよミナト!」
歓喜したニーコスが、弾むような勢いでミナトに正面からギュッと抱きついてきた。
「ちょ……、なんで!? ニーコス、離れろ!」
突然の柔らかい感触に、ミナトは慌てて両手をあちこちへと泳がせる。
「んふふー、ありがとー」
ニーコスはミナトの胸に腕を回したまま、嬉しそうにその頬をミナトの肩口にすりすりと押し付けて喜んでいる。
ミナトは赤面しながら固まった。(なぜだ? アマゴ……そんなに美味いのか? 地方の特産か何かなのか……?)
「おいニーコス! こっちも見ろよ、俺のなんか、こんなにいっぱいいんだぞ!」
たまらずランドが、六匹の魚が詰まった籠をニーコスの目の前に突き出した。
ニーコスはミナトから身体を離すと、ランドの籠へ視線を落とし、すっと耳を澄ませる。そして、一瞬で見慣れた「冷徹な衛生兵」の無表情に戻った。
「……そいつ(ウグイ)は、骨ばっかり。それに、この時期のは肝がすっごく泥臭いよ。……本当に、食ってみる?」
ニーコスはひらひらと、手元のアク抜き用の行者ニンニクとヨモギの葉を見せながら首を傾げた。
「ランド、どぞ……」
さやかが、これ以上ないほど憐れみのこもった目で、泥臭い魚の詰まった籠をランドの胸へと押し戻す。
「う、うぉーーー!! せっかくの貴重なたんぱく質だぁあ!! 泥臭かろうが何だろうが、うめええぇなあああ(泣)!!」
ランドは悔し涙でむせ返りながら、釣った泥魚を行者ニンニクと一緒に強引に鍋で煮込み、苦いヨモギをちぎり落としながら、ガツガツと自分への罰ゲームのように貪り食っていた。
「んー、アマゴ美味しい♪」
ニーコスは丁寧に小骨を外した身を口に運び、幸せそうに微笑んでいる。
「ミナト君、本当にこれ、私が食べちゃっていいの?」
さやかが串焼きになったもう一匹のアマゴを見つめ、申し訳なさそうにミナトに尋ねた。
「ああ、いいよ。気にせず全部食べてくれ」
ミナトは静かに笑って首を振る。
(……昨夜の疲れが残っているせいか、少し胃が荒れているみたいだ。油気のあるものは、今はあまりたくさん食べたくない……)
ミナトは自分の胃の軽い不快感を悟られないよう隠しながら、再び、不気味なほどに静まり返った森の奥へと視線を巡らせた。




