森林サバイバル4日目 A班 靴擦れの化膿と川で血を洗い流す
4日目の朝。演習の最終日が幕を開けた。
まぶたを刺す朝日の眩しさに、ミナトはゆっくりと目を覚ました。身体を起こしようとして、自分のすぐ隣に妙な重みと温もりを感じる。
見れば、ランドとさやか、そしてニーコスが、自分を挟み込むようにして奇妙な「団子」の形になって固まって眠っていた。
「……はは、なるほどな」
ミナトは痛む頭を押さえながら、小さく苦笑した。
「……夜の間、凍えずに済んだのはそういうことか……」
限界突破の魔術による反動の冷えから自分を守ってくれていた仲間の体温に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
起き上がった全員で手早く身支度を整え、A班は再び森の幸を求めて移動を開始した。だが――開始してすぐに、その歩みは止まることになる。
「……待って。ミナト、歩き方がおかしい」
鋭く察知したニーコスが、ミナトの足元を凝視した。「見せて」
ニーコスはミナトの足の状態を確かめるため、ためらいなく靴を脱がせ、その素足に触れた。
「足、すごく腫れてる」
「……あァ、これか……」
ミナトは顔をしかめ、足を軽く回した。
「……昨日から靴擦れだ。よく見ると皮が剥けてるし、熱を持ってるな」
「うわ、マジかよ……! パンパンに膨れ上がってんじゃねぇか! これ、靴が入らねぇじゃん……!」
ランドがその赤黒く腫れ上がった患部を見て、悲鳴のような声を上げる。
「どうするの……? ミナトくん、歩けないんじゃ……っ」
さやかが焦りに瞳を揺らした。
昨夜の命の恩人が直面した危機に、班の中に一気に緊張が走る。だが、当のミナトだけは、驚くほど冷静に自分の足を観察していた。
(痛いは痛いが、痛いだけだ。別に歩けないわけでもない。大げさな……と、昨日までの俺なら切り捨ててたかな)
「問題ない、想定の範囲内だ。――状況、コードR3(負傷・移動制限)発生」
ミナトは感情を排した声で、テキパキと指示を飛ばし始める。
「ランド、僕の体格に合う頑丈な杖を作れるか? ニーコス、化膿を抑えるための薬草の採取をお願い。さやか、君の魔力で僕の足の炎症を外側から冷やしてくれ。治療はいらない。これから何があるか分からないからね、魔力消費は最低限に抑えておきたい」
「分かった、すぐやる!」
全員が迷いなくそれぞれの役割へと動いた。
(おい、皆、凄く速く動くな、どうした? 特にランド、腹はもう大丈夫なのか? ……ううっ。さやか、さすらないでくれ、逆に痛い……!)
ランドが手際よく周囲の木を切り出して即席の杖を作り、ニーコスが持ってきた薬草を患部に当てて、ミナトの足を急造の添え木で固定していく。
「……ハハ、参ったな」
杖を突き、じわじわと走る激痛に耐えながら、ミナトは自嘲気味に笑った。
「……昨日、『俺が倒れたら終わりだ』なんて偉そうなことを言ったばかりなのに、これだ」
「笑い事じゃないよ! 倒れないでよ、もう……っ!」
さやかが涙目で、ミナトの衣服の袖をぎゅっと握りしめる。
「大丈夫さ」
ミナトはそんなさやかの頭を軽く叩き、安心させるように優しく微笑んだ。
「――昼には、僕の魔術回路が完全に回復する。そしたら、自分の魔法で一瞬で完治させてみせるよ。僕たちが無事に帰れる形は……まだ、何一つ崩れていない」
(おい、今回は完璧に決まっただろ。見ろ、皆が俺を見ている。状況を的確に言葉にする――やっぱり指揮官として必要な事だな)
内心で自負するミナトだったが、ここで不意にランドが声をかけてきた。
「ミナト、お前はここで休んでたらどうだ?」
「え?」
「食い物はニーコスと俺の二人で取ってくるぞ?」
(ん? んんん? なんだ、あのランドが珍しく気遣って……いや、だが、なんか引っかかるな……。さやかの心配そうな顔、ニーコスのいつも通りの自信に満ちた顔、そしてランドの……なんだ、そのモジモジとはにかんだ顔は!!! 何があったんだランド!?)
ミナトの脳が、猛烈な違和感をアラートとして弾き出した。
(くっ、理由は分からんが、直感が告げている。多分ここでランドをニーコスと二人きりにしない方がいい。俺の“何か”が全力でそう訴えてくる。おい、ランド、なんでニーコスを見て、そんなに恥ずかしそうにしてるんだ? 昨日俺が寝たあと、絶対に何かあったな!?)
「いや、ランド。ランドにはここに居てもらいたいんだ。僕の魔力が回復するまで、護衛としてしばらく側を離れないですまん」
ミナトは平静を装って告げた。
「さやか、ニーコスと一緒に水と食料の運搬に行ってきてくれないか?」
「分かったよ、ミナト、行ってくるね。さやか、行こう」
「う、うん、行こう、ニーコスちゃん」
二人の女子は素直に頷き、天幕の外へと歩いていく。
「ミナト、なんでだよ? 俺が一緒に採集に行った方が効率いいだろ?」
残されたランドが、不満げに眉をひそめる。
「ランド。何があったかはあえて聞かんが、なんとなく、お前はここに居た方がいい。うん、僕の勘だ」
ミナトは真っ直ぐにランドを見つめ、それから少し表情を崩した。
「あと一日だ。午後、僕の足が治ったら、一緒に川に行こうぜ。魚釣りだ。誰が一番大物を釣るか、競争しよう」
「お、マジか! いいね、確かにそれは面白そうだ!」
単純なランドは、魚釣りの約束に一瞬で目を輝かせ、いつもの調子を取り戻した。
(お、ランドが元の感じになった。よかった。……よかったのか? いやでも、さっきの奴のあの甘酸っぱい違和感はいったい……)
◇
演習4日目、最終日の朝。
川の浅瀬には、まだ朝陽が届ききっておらず、冷たい水面の上を白い霧が薄く漂っていた。
昨夜、即席の風呂で疲労こそ抜いたものの、B班の面々の衣服はまだ、数々の死闘でこびりついた泥と魔物の赤黒い血でひどく汚れたままだった。
「……うっは、マジか! 風呂に入って鼻が正常に戻ったせいか、自分の服の匂いがめちゃくちゃよく分かる。……うっへぇ、臭いな、俺たち!」
レンが上衣を脱ぎ、その襟元の匂いを嗅ぎながら顔をしかめた。
「ひゃっ……つ、つめてぇ……!!」
琉生が川の水を手で掬って思い切り顔を突っ込み、あまりの冷たさに飛び上がりながら叫ぶ。
「でも……冷たいけど、気持ちいいよ……」
悠真は少し離れた場所で、冷水に手を浸しながら自分の服を丁寧に洗い、泥を落としていた。
はるなは静かに川へと手を入れ、昨夜酷使した細剣を水面へと浸した。冷たい流水が、刃の根元や柄にこびりついていた魔物の乾いた血を、ゆっくりと、しかし確実に洗い流していく。
「……冷たい」
はるなはぽつりと、掠れた小声で呟いた。
「でも……冷たいと感じる。……私、ちゃんと生きてる」
昨夜、自分の手が透けて見えるほどの深い枯渇を味わった彼女の瞳には、今はもう、はっきりとした生命の光が宿っていた。
「はるな」
隣で同じく上着を洗っていたレンが、ふと手を止めて声をかけた。
「昨日の狩りと、あの風呂……本当に助かった。お前がいなきゃ、俺たち今頃どうなってたか分からないぜ」
はるなは細剣を水から引き揚げ、レンの方を見て、ほんのわずかだけ淡く微笑んだ。
「……レンの的確な魔法支援があるから、私は迷わず狩れた。あと、お湯を温めてくれた火、ありがとう。おかげで筋肉がちゃんとほぐれた」
二人はそれ以上、多くを語らなかった。けれど、川のせせらぎの中で交わされた視線には、過酷な夜を共に生き延びた者同士にしか分からない、剥き出しの“信頼”が確かに共有されていた。
「……ねぇ」
川から顔を上げ、濡れた髪を拭いながら、悠真が少し引き締まった表情で二人に尋ねた。
「……今日も、やっぱり……魔物を狩るのかな?」
はるなは細剣を鞘へと静かに収め、霧の立ち込める森の奥へと視線を向けた。
「……来るなら、狩る。向こうが襲ってくるなら、返り討ちにするだけ。来ないなら、……私たちは静かに休む」
レンも力強く頷き、乾いた上着を肩に引っかけた。
「そうだな。それだけだ。シンプルなのが一番いい」




