森林サバイバル3日目 C班 湯あみ ― 技術で生き残る
三日目の夜。
演習場の中でも、C班が設営した拠点は他とは明らかに一線を画していた。自作の燻製箱から漂う香ばしい匂いと、新が施した維持魔法のおかげで、天幕の中の温度と湿度は極めて快適な数値で安定している。外の荒れた風を寄せ付けず、焚き火の煙だけが夜闇に向かって真っ直ぐに上っていた。
「……よし。これで、ぴったり噛み合う。“桶”になる」
おとが手際よく削り出された木材を並べ、狂いなく組み上げていく。
「え、マジで……? おと、風呂作るの?」
陸斗がその見事な職人技に、目を丸くして驚きの声を上げた。
「湯あみ」
おとは表情を変えず、淡々とした声で訂正する。
「森の菌は私たちが思っている以上に強い。日中の汗と土の汚れは、早めに落としておかないと皮膚から感染症を招く。だから、これは合理的な防衛策」
「温度は、僕が±0.2度の範囲で完全に維持するよ」
新が組み上がった木桶の底に、滑らかな手つきで幾何学的な魔法陣を描き込んでいく。
「熱すぎると逆に皮膚のバリア機能が荒れて逆効果だからね。一番筋肉の疲労が取れる最適な温度に固定する」
「……なるほど。A班、B班がどうしているかは分かりませんが、C班は『衛生すらも技術と魔術で管理する』、と」
朔太郎が眼鏡の奥の目を光らせ、手元の記録紙にサラサラとペンを走らせた。
────────────────
やがて、新の魔法陣が淡く輝き、木桶に満たされた水がまたたく間に澄んだ湯へと変わる。白い湯気が、静かに、そして美しく立ち上り始めた。
「……あったけぇ……っ! おいこれ、どこからどう見ても極上の風呂じゃん……!」
陸斗が恐る恐る湯に手を入れて、その完璧な湯加減に感動の声をあげる。
「風呂じゃない。湯あみ」
おとはフッと小さく、悪戯っぽく微笑んだ。
「でも、気持ちいいでしょ?」
「文明の力だよ」
新がシャツの袖を軽快にまくり上げながら笑う。
「使える魔力と技術があるなら、使わないと損さ。泥臭く耐えるだけが演習じゃない」
四人は順番に木桶の前に座り、煮沸した清潔な布で身体を拭い、温かい湯を惜しみなくかぶって、日中の激しい演習でこびりついた汗と土を綺麗に落としていった。
「……はぁあ、生き返る……」
陸斗がこれ以上ないほど満足げに息を吐き出す。
「衛生状態が良好に保たれると、肉体の疲労回復速度は通常の1.5倍以上に跳ね上がる。……うん、データ通りの効果ですね」
朔太郎が湯気で曇った眼鏡を拭きながら、自身の身体が軽くなっていくのを実感していた。
「明日も、全員が万全で動ける。それが一番大事」
おとは長い髪を後ろで器用にまとめながら、静かに夜の森を見つめた。
過酷な環境にただ耐えるのではなく、知恵と技術で環境の方を支配する。
C班の即席の湯あみは、まさに彼らの“技術で生き残る”という洗練された哲学そのものだった。
◇
湯上がりの心地よい熱が体幹に残り、C班の天幕にはどこかほわほわとした、穏やかな空気が流れていた。
新は今日の分の記録を完全に整理するため、燻製箱の蓋をそっと開け、中の肉の測り形状や乾燥具合を丁寧に紙へと書き写していく。
「これで、今日削って消費した場所が正確に分かるっと」
新は満足げにペンを回した。
「重さの減少率も予定通り。うん、これならあと二日は余裕でもつね。……それどころか、演習が終わってそのまま家に持って帰れるくらいは残りそうだ」
上手くいった。その確かな手応えに、新の頬が自然と緩む。
「新君、夜遅くまで記録をつけてくれてありがとう」
髪を乾かし終えたおとが、静かに新の隣へと歩み寄ってきた。
「いや、これくらい平気だよ。おとちゃんこそ、もう先に寝たら? 昼間一番動いてたんだし」
「一人だけに頑張らせているのは、チームとして良くないから」
おとは小さく首を振ると、新の隣に腰を下ろした。
「私も一緒に確認するね」
おとは、新が綺麗にまとめた記録用紙に視線を落としながら、燻製肉の仕上がり状態を一つずつ指先で確かめていく。
「うん、完璧。これなら傷む心配もない」
「よかった。じゃあ、今度こそ僕たちも休もうか」
「うん。おやすみ、新君」
────────────────
天幕の魔術灯が消され、深い闇が静かに落ちてくる。
山の鋭い冷気が、湯で温まっていた四人の身体を優しく冷やし、心地よい眠りへと誘っていく頃。
――カサ、カサ……。
――カッ、カッ、カッ……。
天幕の真上、頭上のどこかで、小さく硬い、何かが蠢くような音がした。
それは風に揺れる木の枝の音にしては、あまりに規則正しく、あまりに近くで鳴り響いていた。
静かな夜気の中に響くその異音は、C班の四人の浅いまどろみの奥へと、冷たく、静かに染み込んでいく。
だが――あまりの深い疲労ゆえか、その微かな警告の音に、反応して目を覚ます者は誰一人としていなかった。




