合同課程:動く迷路と解析者 影と誤解、そして夜の入り口
ミナトたちが息を整え始めてから、それほど時間を置かずに、重い木製の門扉が再び開いた。
現れたのは、第二のチーム――はるなが率いる一団だった。
誰も怪我をしておらず、息すら上がっていない。まるで平地を散歩でもしてきたかのような、圧倒的な安定感。
ぴょん、と出口の砂時計が再び跳ね上がり、「にばん」「にばん」と甲高い声で無機質に叫び始める。夕暮れの静寂に、その音は少しばかり耳障りに響いた。
だが、はるなの双眸は、迷路を出てなお鋭い光を失っていなかった。
死線をくぐり抜けてきた者だけが持つ、前線の目だ。
はるなは無言のまま、真っ直ぐにミナトを見つめた。それから、彼の後ろに控えるランド、さやか、そしてリーンの姿を、値踏みするように一通り観察する。
そして何かを納得したように、視線を己のチームへと戻し、淡々と指示を与え始めた。
ミナトは彼女に視線を返したまま、何かを言いかけて、そっと口を閉じた。言葉の代わりに、白く冷たい吐息だけが先に出る。
(言いたそうだった。……だが、彼女は言わない)
互いの領域を崩したくない。だが、二人の間にある奇妙な「距離」だけが、冷気の中でじっと佇んでいた。
山から吹き下ろす夕方の谷風が、彼らの間をすり抜けていく。日が落ちる前に、山の冷え込みが急速に戻り始めていた。
◇
宿舎へと引き上げる道すがら、さやかがそっとミナトの横に並んだ。
その寄り方は、どこかぎこちない。ミナトの歩幅に合わせようとしているのか、いつもより小さく、遠慮がちな歩を刻んでいる。
春の冷たい風に長い髪を揺らしながら、彼女は少しだけ俯き加減に、だが明るい声を絞り出した。
「ね、ミナトくんってさ……」
少しだけ口ごもり、指先で服の袖をいじる。
「……いつも、そういう風に言うの?」
「そういう風に、とは?」
前を向いたまま歩くミナトに、さやかは上目遣いで視線を向けた。
「ほら、さっき言ってた……“いつでも戻れる距離を維持する”って」
「……よく言う。基本方針だから」
ミナトは淡々と答えた。彼にとってそれは、迷宮に挑む上での、極めて合理的で冷徹な「生存算式」に過ぎない。
「へぇ……」
さやかの瞳の奥に、ぽっと小さな光が灯る。
「今回は……みんなを、戻したかったの?」
「……ああ。誰も欠けさせたくないからね」
ミナトに他意はなかった。一人でも欠ければ、その瞬間に戦術の選択肢が狭まり、生存率が急降下するからだ。
「……そっか。うん、ありがと」
さやかは自分で自分を励ますように、小さく、独り言のように呟いた。
「誰も」の中に、自分という存在が確かに含まれている。その事実が、彼女の胸の奥をじんわりと甘く満たしていく。
ミナトはやはり前を向いたまま、一定の歩幅で歩き続ける。
その後ろを歩くリーンは、さやかの横顔をほんの一拍だけ見つめた後、無表情のまま、半歩先を行く主人の背中へと視線を戻した。
◇
坂を下るにつれて、石畳は冷たさを増していく。
谷底の影が濃くなるほど、周囲の空気は重くなり、彼らの声は遠くまで届かなくなっていった。自然と、交わされる言葉も短くなっていく。
「で、結局どうやって分かったんだよ」
沈黙を破ったのはランドだった。首の後ろをがしがしと掻きむしりながら、ミナトを覗き込む。
「あの迷路、めちゃくちゃに動いてただろ」
「動いてた。でも、動き方に『癖』があったんだ。魔物が現れると、その癖が目立った。だから読めた」
「癖……?」
「人も同じだよ。癖があれば、全体の流れと、どこで詰まるかが予測できる。今回ので言うと、三枚の壁が縦と横に交互に行ったり来たりしていたんだ。つまり、四回動くと元の形に戻る術式だった」
「マジかよ!?」
ランドが信じられないといった様子で目を見開く。
「俺にはとても元通りになってるなんて思えなかったぜ。一回壁が動くたびに、全然知らない別の路に放り出された感覚だった」
「わ、私も……!」
さやかも同意するように何度も頷く。
「ずっと、見たこともない新しい路を進まされてる気がして、生きた心地がしなかったよ」
「それは無理もないよ」
ミナトは少しだけ歩調を緩めた。
「三枚もの大きな壁が、縦と横に同時にスライドするんだ。視覚情報が完全に狂わされるから、自分がどこにいるのか分からなくなるのが普通だと思う。……ただ、僕は幸いにも解析が得意だったから、最初の場所の配置をしっかり記憶していたんだ。だから四回目に戻るって……あ、いや」
そこでミナトは、少しバツが悪そうに、はにかむような笑みを浮かべて訂正した。
「嘘。本当は、六回目に魔物と遭遇したときに『あ、これ完全に繰り返されてるな』って確信したんだ。最初はただの勘だった」
「え、なにそれ……かわぃ……」
さやかはパタパタと両手で自分の顔を扇ぎ、赤くなった頬を隠すように、それ以上は言い切らずに笑った。完璧でクールに見えるミナトが、少しだけ照れくさそうに見せた人間らしさに、彼女の胸はすっかり高鳴ってしまっている。
「今日の結論は一つです」
それまで静かに従っていたリーンが、冷や水を浴びせるわけでもなく、けれど確かなトーンで言葉を挟んだ。
「“倒す”ことより、“詰まらせない”ことこそが勝利です」
「……お前、なんか言い方トゲがねえか?」
ランドが胡散臭そうに眉をひそめる。
「いいえ。事実を述べたまでです」
「いや、リーンの言う通りだよ」
ミナトが二人の間を取り持つように言った。
「さやかとランドが、出てきた魔物を的確に処理して、脅威を減らしてくれた。二人が前線を押さえてくれたおかげで、僕は壁の観察に集中できたんだ。魔物が現れて、倒されて、魔力が消える――その一連の流れが、次の壁の動きをはっきりさせたんだ。本当に、二人に助けられたよ」
「……へへ、まあ、俺の短剣にかかればあんな狐、敵じゃねえからな!」
ランドが嬉しそうに胸を張る。
さやかはそんなランドを見て楽しそうに笑い、それから、隣を歩くミナトを見て、さらに深く微笑んだ。
自分たちは、ミナトの力になれた。
暗い夜がすぐそこまで迫る帰路。しかし、さやかの心の中だけは、確かな「進展の予感」で満たされ、じわりと温度を上げていた。




