森林サバイバル3日目 B班 レンの“火を通す”調理
切り開いた大木の陰、風を遮るだけの小さな空間。
薄暗い影の中で、レンが手元に小さな火を起こしていた。
「……腹減った……」
琉生が力なく、餓死寸前のような声を漏らす。
「……生肉は……もう、嫌だ……」
悠真もまた、泥にまみれた顔でボソリと呟いた。昨晩の生きるための蛮行は、彼らの理性に確かな傷を刻んでいた。
その様子に、レンは痛々しげに苦笑する。
「分かってるよ。今日はちゃんと、火を通すから。……でもあんまがっつくなよ。俺が焼き加減を見てから食ってくれ」
レンは薄く切り分けたトカゲの肉を、熱した石の上へと並べた。
ジュッ――ジィィ……。
脂の爆ぜる音とともに、香ばしい匂いがふわりと立ち上る。
「……いい匂い」
はるながぽつりと呟いた。その目はじっと肉を見つめている。
レンは均等に焼けた肉を慎重に四等分し、一人ずつへと手渡していった。
温かい肉を口にした瞬間、悠真の目からポロポロと涙がこぼれ落ち、琉生は獣のように肉へと貪りついた。まともな食事が、4人に一瞬だけの、あまりにも短い安堵をもたらす。
だが――その安堵を、はるなの野生が即座に切り裂いた。
食事中だったはずのはるなが突如として跳ねるように立ち上がり、琉生めがけて飛びかかった。
「ッ!?」
琉生が驚愕の声を上げる。
次の瞬間。はるなが突き出した細剣が、琉生の背後の藪から音もなく迫っていた風走りトカゲの眉間を、正確無比に貫いていた。
ガサゴサッ、ギャァッ!
不意を突かれて刺されたトカゲが、激しく のたうち回る。その勢いのまま、琉生の身体がはるなの方へと倒れ込んできた。
しかし、はるなは無表情のまま、機械的に体をすっとずらして琉生の激突を避ける。そのまま細剣の柄に両手を添え、トカゲの脳殻へと深く、深く刃を押し込んだ。
暴れていたトカゲの身体から、一瞬で力が抜けて静かになる。
はるなに避けられた琉生は、勢い余って地面の石に思い切り顔をぶつけ、そのまま痛そうにうずくまった。
「おい、琉生! 大丈夫か!?」
悠真が慌てて駆け寄る。
「あ、ああ……」
琉生は赤くなった顔をさすりながら、ふらふらと起き上がった。
「ち……探知をすり抜けるな、ここのやつら。感知網に引っかかりやしねえ」
レンが忌々しげに毒づき、額の汗を拭う。
「人に、慣れてる感じがする。多分」
はるなは息一つ乱さず、足元のトカゲを流れるような手つきで淡々と捌き始めた。
「はい。折角だし、食べよ」
彼女は、今しがた切り分けたばかりの生々しい赤肉を、平然と仲間に差し出す。
「……俺、もう無理かも……」
悠真はその魔物の肉を見つめながら、絶望に押しつぶされたように声を漏らした。もう限界だった。精神が、これ以上の異形の摂取を拒絶している。
はるなは、先ほどレンが焼いてくれた肉の残りを小さく齧りながら、更地の隅の暗闇をじっと見つめていた。
(悠真も琉生も限界。もう動けない)
(レンは大丈夫。まだ、正気を保ってる)
(でも……近い。何かが、すぐ近くまで来てる)
ふと、強烈な違和感がはるなを襲った。
(……唇が、割れる。痛い。肌も、ざらざらする。なんで?)
(熱い。身体が燃えるように熱い。……ううん、寒い。凍えそうだ。乾く。喉が、カラカラに乾いて――)
(あれ? レン……?)
突然、世界がぐにゃりと歪み、猛烈な速度で回転を始めた。
経験したことのない凄まじい熱量と眩暈に襲われ、はるなは思わず強く目を閉じる。
次に目を大きく開けた時。
――目の前で、レンが地面に倒れていた。
その奥で、琉生も、悠真も、物言わぬ肉塊となって倒れ伏している。周囲に魔物の気配は、一切ない。
嘘。なんで。レン君? 悠真君?
はるなはパニックになりながら、倒れる彼らへ手を伸ばそうとした。だが、自分の腕が、指先が、まるで鉛になったようにピクリとも動かない。
(あれ……?)
(私、どうしたの? なんで動かないの?)
(レン君、起きて、レン君……目に、ハエが……)
見つめる視線の先。横たわるレンの、見開かれた濁った瞳の奥から、黒い虫がモゾモゾと這い出てきた。
それだけではない。琉生も、悠真も、衣服の隙間から覗く皮膚はどす黒く干からび、肉が削げ落ちて、その奥から不気味な白い骨が露出していた。変わり果てた、無惨な仲間の死体。
手が動かない。声が出ない。
肺が引き絞られ、息を吸うことすら拒絶される。
(違う。こんなの違う!)
(違う、私はみんなで生き残るって決めたのに!)
(違う!! 嫌だ、嫌だ、嫌だ――!!!)
はるなの喉の奥から、言葉にならない濁った絶叫の音が漏れる。
みしり、と自身の身体が酷く軋む感覚。皮膚が割れていく。肉がしぼんでいく。世界が真っ黒に染まっていく。
「うわあああああああ ―― ッッ!!!!!」
極限の演習場の午後に、少女の狂気に満ちた絶叫が、木霊となって悲痛に響き渡った。




