森林サバイバル2日目 C班 “技術で生き残る”運用
二日目の朝、比較的標高の低い低地ルート。
原生林特有の湿度は高いままだが、木々を揺らす風は穏やかで、木漏れ日が静かに地面を照らしていた。
C班の面々は、前日のうちに組み上げた自作の燻製箱の周囲に集まり、淡々と、しかし極めて精密な作業を始めていた。箱の内部では、集めた薪から生じる煙が、まるで計算された回路のように一定の温度と速度で循環している。
新の『維持魔法』が外界の冷気による“温度の揺れ”を完全に抑え込み、おとが緻密に設計した煙道が、箱内部の“湿度の偏り”を完璧に消し去っていた。魔法と技術の、美しく無駄のない融合だった。
「……温度、安定。湿度、安定。これなら、五日間は確実に持つ……」
朔太郎が手元の数値を検分しながら、満足そうに呟く。
「昨日のうちに確保した肉は、すべて“低温燻製”に切り替えたわ」
おとは煙の出方を鋭い目で見守りながら、テキパキと指示を出す。
「脂が落ちすぎないように、煙の流れをあえて弱めてるの。その方が、長時間の行動に必要なカロリーを損なわずに済むから」
「これ、本当に全部食えるようになるのか?」
陸斗が、箱の隙間から漂う香ばしい匂いに鼻をピクつかせながら、素朴な疑問を口にした。
「うん。今日の夕方には“半乾燥”の状態になるわ。で、明日には完全に水分が抜けて、一冬越せるレベルの“完全保存食”になるよ」
「よし、維持魔法を再展開する。――煙の温度、$\pm 0.2$度以内で固定」
新が静かに手をかざすと、幾何学的な魔法陣が足元で淡く光を放った。
その瞬間、燻製箱の継ぎ目からわずかに漏れていた微弱な熱と空気の揺らぎが、ピタリと遮断される。熱効率を極限まで高めた、完璧な密閉空間の完成だった。
「……これ、学園の授業で習うどのサバイバル演習よりも高度だよ」
朔太郎が呆れたように、しかし確かな信頼を込めて笑う。
「生き残るための実戦技術は、授業の採点基準よりもずっと厳しいからね」
おとは当然と言わんばかりに、平然と言ってのけた。
その時、朔太郎がふと、はるか上方の山頂付近へと視線を向け、微かに目を細めた。
「……誰か、上で随分と派手にやってるな……」
彼の言葉に、新とおとも動きを止める。
穏やかな風に混じって、上層のほうから、妙に波形の荒い、焦燥感を含んだ魔力残渣の匂いがうっすらと流れてきたからだ。
「ここに魔物が一切寄ってこないのは……あっちが派手に暴れて、引き受けてくれているからか」
朔太郎の冷静な分析に、新が静かに頷く。
「理由はどうあれ、僕たちにとっては好都合だね。身体強化の術式を常に並列展開していれば、これだけの荷物があっても問題なく動かせる。……チェックポイントはこの森の奥だ。今日はそこまで一気に移動しよう」
「了解」
C班は、泥を啜るような泥合戦には目もくれず、純粋な“技術”によって生存の基盤を極めて優位に確立していく。
森の奥深くから漂う凄惨な血の匂いも、この平穏な低地までは届かない。風の音はどこまでも穏やかで、彼らの周囲に潜む危険の気配は、今はまだ、限りなく薄かった。
◇
低地ルートのチェックポイントへ到達し、班印の石を設置したC班は、そこをベースキャンプとすることに決定した。初日に仕留めた大鹿の解体場所、そして近くの水源との絶妙な距離感を計算した上での、合理的な判断だった。
彼らは手際よく燻製箱を再設置し、その傍らに頑丈な天幕を張り終えると、今度は生活の生命線である水を確保するため、道中で目を付けていた川の浅瀬へと戻っていった。
目の前に流れる水は一見すると澄んでいるが、川幅が広く、流れはひどく緩やかだった。
「ここは少し“留まる水”に近いわね」
おとが水面に指先を浸し、流れの澱みを見極めるように目を細める。
「ただの布濾過だけじゃ雑菌や寄生虫が残るわ。危ない。朔太郎、二段濾過の準備をして」
「了解。砂、炭、布の順で積むよ。昨日、新が寝際にの端材で作ってくれた高品質な木炭を使うね」
朔太郎は背負ってきた道具袋から手際よく簡易濾過器の筒を取り出し、焚火後に置いてあった缶から炭を取り出して、迷いのない手つきで層を作っていく。
「じゃあ、僕の煮沸魔法は弱火で長時間の術式にしておくね」
新が穏やかに微笑みながら手をかざすと、川面から一定量の水が音もなく球体となって吸い上げられ、宙にふわりと浮き上がった。その水球の内部だけが、均一に、じわじわと熱を帯び始める。
「火、強すぎると水の味が変わっちゃうんだろ?」
陸斗が傍らで手斧を振るい、手頃な薪を小気味よい音を立てて割りながら尋ねた。
「その通りよ」
おとは朔太郎の濾過器から滴り落ちる透明な水滴を見つめながら、静かに頷く。
「“生き残る水”っていうのはね、味が変わらない水のこと。強火で一気に沸騰させると酸素が抜けて不味くなるし、焦って作業すれば濾過の隙間から不純物が混ざる。サバイバルにおいて、焦りはそのまま毒になるのよ」
おとの言葉通り、C班の作業には一切の焦燥がなかった。
朔太郎は砂と炭の密度を均一にするため、丁寧に指先で均しながら層を積み重ねていく。新は魔法の制御を一切乱すことなく、浮かせた水球の温度を一定に保って細かな気泡を発生させていく。陸斗は黙々と、燃焼効率の良いサイズに薪の大きさを揃えて割り続ける。そしておとは、それら全ての工程が完璧なタイムスケジュール通りに機能しているかを、厳しい目で見守っていた。
焦らず、丁寧に、確実に。
その光景は、過酷な演習場の中に突如として現れた、冷徹で美しい“野営の職人集団”そのものだった。彼らの構築したシステムは、山の冷気も、魔物の脅威も、まるで始めから存在しないかのように綺麗に撥ねのけていた。




