森林サバイバル2日目 B班 10メートル四方の死地 ―― “人工空間”の構築
はるなが地を蹴って、深く踏み込んだ。
密集する針葉樹の包囲網へ自ら飛び込み、最も太い巨木の根元へと細剣の刃を滑らせる。同時に、刃に充填されていた爆発的な魔力を一気に叩き込んだ。
“バギィィィィン!!”
鼓膜を震わせる破壊音とともに、何十年もその地に根を張っていた巨木がなす術なく横倒しになり、凄まじい地鳴りを立てて地面が大きく揺れた。
「うおっ……! マジかよ!」
その文字通りの力技に、レンが驚愕の声を上げる。だが、はるなの冷徹な猛攻は止まらない。
「くっそ、相変わらず無茶苦茶やりやがる……! 仕方ねぇ、俺もやる!」
レンは再び、回復したての、なけなしの魔力を無理やり絞り出した。
イメージするのは、土を穿つ巨大な「鍬」。不可視の魔力で雑に作り出したその質量を強引に叩きつけ、はるなが狙う木々の根元を力任せに掘り返していく。
「……了解」
はるなが薄く目を見開き、そして――ぞっとするほど綺麗な笑みで、口角を上げた。
完全にトランス状態に入った彼女の細剣が、猛烈な速度で森の木々を切り刻み始める。一本、また一本。はるなの目の前を閃光のような白い剣線が通り過ぎるたびに、大木が狂ったように倒れていく。そして、倒れた傍からレンが魔力のスキを使い、それらを強引に外側へと積み上げていった。
次第に、二本、三本、十本と巨木が文字通り消し飛ばされ、薄暗い森の中に“10メートル四方の空間”が急速に削り出されていく。
「……すご……」
あまりの騒音と地響きに目を覚ました悠真が、上体を起こして呆然と声を漏らした。
だが、圧倒的な光景に息を呑んだのも束の間――4人は同時に、その「代償」の大きさに気づくことになった。
遮蔽物となっていた密林が消えたことで、山の容赦ない冷気が一気に肌へと染み始める。遮るもののなくなった空間を、切り裂くような突風が冷たく激しく叩きつけた。さらに最悪なことに、二人が限界を超えて撒き散らした濃密な魔力残渣が、風に乗って森の奥深くへと緩やかに、しかし確実に拡散していったのだ。夜の魔物たちを呼び寄せる誘蛾灯のように。
「……魔力、本当に、空っぽ……」
レンが完全に燃え尽きたようにその場に崩れ落ちる。
「はぁっ、はぁっ……、こんな、くらいで……いやだ……!」
髪を汗で顔に張り付け、激しく肩で息をしながら、はるなは悔しそうに顔を歪めた。それでもなお、震える足で立ち上がり、背筋をピンと伸ばして細剣を構え直す。そして、足元に残った邪魔な木の根を親の仇のように突き刺し、粉々に砕いていく。そうでもしなければ、恐怖と疲労で今すぐ倒れてしまいそうだったからだ。
「寒い……動けねぇ……」
開けた地に容赦ない風が吹き込んだその時、琉生がのそりと目を覚まし、全身を激しく震わせながら掠れた声を上げた。
「琉生、動けるか!?」
悠真が慌てて駆け寄り、その肩を掴む。
「あ、ああ、聞こえるよ」
「ん? いや、動けるか? って聞いてるんだ」
悠真は琉生の会話の微妙な噛み合わなさに、ゾクッとした寒気を覚えた。
「動ける」
琉生は頼りなく笑うと、ぴょんと軽い動作で立ち上がってみせた。その空元気だけが、今の彼に残された唯一の盾だった。
「……よし。切り倒した木を寄せて、拠点にしよう。琉生、力を貸してくれ」
「分かった」
二人は最後の体力を振り絞り、はるなとレンが切り開いた大木をパズルのように積み上げ、風よけの頑丈な囲いを作り上げた。
――その囲いが完成した時点で、悠真と琉生の体力も、完全に底を突いた。
夕闇が完全に世界を支配し、極寒の夜が訪れる。
四人は互いの体温を分け合うように身を寄せ合い、毛布に深くくるまって、静かに深い眠り(休み)へとついていった。
風よけの向こうで、拡散した魔力の匂いを嗅ぎつけた“何か”が、じっと息を潜めて彼らを凝視していることにも気づかずに――。
◇
深夜。自分たちで切り開いた10メートル四方の更地のキワ、その闇から、不気味な輪郭を持った魔物たちがゆっくりと這い出てきた。
魔力残渣に引き寄せられてきた、さらなる風走りトカゲの群れ。対するB班は魔力ゼロ、体温低下、疲労限界。絶望という名の寒気が、全盲の夜を支配していた。
「……誰か……動けるか……」
悠真が辛うじて声を絞り出すが、応じる体はどこにもない。
「……無理だ……」
琉生がガチガチと歯を鳴らし、
「……くそ、ったれ……!」
レンが自らの動かない四肢を呪うように地面を血が出るほどに握りしめる。
その横で。はるなは、泥と他人の血にまみれた手で、先ほど切り落とした“へし折れた巨木の枝”を静かに掴んだ。
(魔力がない。術式が組めない。剣線が通らない。落第? 失格? いやだ、違う。でも、ここで死ぬ。いやだ、私たちが、死ぬ。嫌だ。絶対に嫌。形? 綺麗? 違う、死んだら意味ない! 生きる! ――魔力がなくても、私の体は動く! 殺す、来い!)
ガサリ、と闇が爆ぜ、風走りトカゲが彼女の喉笛めがけて飛びかかった。
「――ッ!!」
はるなは声を上げない。ただ、限界を超えて肉体を駆動させた。
無駄な突きを捨て、手にした細剣の重い『柄』を鈍器として、迫るトカゲの頭部へと叩きつける。凄まじい力で軌道を逸らし、すかさず逆の手で掴んでいた未加工の巨木の枝を、トカゲの胴体へ ―― 質量をそのまま叩きつけるようにして、背後の岩へと全力で叩きつけた。
グシャ、と骨が砕ける鈍い音が、静まり返った更地に響き渡る。
「はるな……!?」
悠真がその凄惨な戦闘スタイルに、恐怖に近い衝撃を受けて息を呑んだ。
だが、はるなの瞳には光が一切なかった。ただ冷たく、倒れたトカゲを見下ろしている。
(熱が足りない。レン君も、悠真君も、琉生君も、私も。このままだと凍える。動けないのは熱がないから。今すぐ食らえ。食えるものは? 目の前にある)
「……脂質、タンパク質」
感情を完全に剥ぎ取られた、平坦な声がはるなの唇から漏れる。
「効率は、これが最短。……だから、やる」
はるなは躊躇なく、まだ温かい風走りトカゲの肉を掴み、泥と血にまみれたまま、無表情でその生肉に歯を立て、力任せに噛みちぎった。
(生臭い。硬い。が、あの時よりまし、食える。これなら、食える。これが熱になる。これが、私が生きるための熱――)
強靭な筋を奥歯で強引に噛み切り、ペッと地面に吐き出す。
口の周りを真っ赤に染めたはるなは、呆然と自分を見つめる仲間たちへ、凍りつくような視線を向けた。
「レン、焼ける? これ、肉がある」
「……マジかよ……」
琉生が引きつった声を漏らす。その顔は、恐怖と困惑に歪んでいた。
「……はるな……」
レンが痛々しいものを見る目で、彼女を見つめる。
だが、レンの瞳に、すぐに別の火が灯った。
狂っているのははるなじゃない。この状況だ。そして、ここで何もしないことこそが本当の敗北だ。
「……焼けるぜ、任せとけ!」
レンが執念で立ち上がる。
「焼けば食えるだろ! 生で食うより何倍もマシだ!」
レンが手元に小さな、本当に小さく頼りない火魔法を熾す。
悠真も、琉生も、レンも――最初は躊躇した。だが、生きるために。ただそれだけのために。はるなが泥にまみれて狩りとったトカゲの肉を火に翳し、むさぼるようにしてその肉を食べ始めた。咀嚼するたびに、奪われていた体温が、生きるための気力が、泥臭く身体の内側から満ちていくのを感じていた。
はるなは、トカゲの返り血で汚れた胸元をそっと指先でさすりながら、肉を食う仲間たちには背を向け、じっと森の境目に潜む無数の魔物の眼光を凝視していた。
(もっと来ればいい。全部殺して、全部肉にしてやる。私たちは、絶対に、生きて帰る!――)




