森林サバイバル1日目 監督者たちの初日の夜
――同じ夜、演習場麓に佇む教官用のロッジ。
外の原生林が深い闇に沈んでいく中、陽子は支給された部屋で持ってきた荷物を広げながら、明日以降の日程を記した書類を確認していた。今回の演習生は十二人――多い、いや多すぎる、自分の時の三倍だった。
「ここで、過ごすのか……」
後ろから声をかけてきたのは、同僚の教官である光だった。
「そうね。四泊五日、よろしくお願いしますね、光さん」
陽子は振り返り、肩の力を少し抜いて応じる。
「こちらこそな。ところで――酒は持ってきたか?」
「……もちろん。ないともたないわ、こんな仕事」
陽子が呆れたように、けれど本音を漏らすと、光はニヤリと悪戯っぽく笑った。そして、私物の中からアルコールの入っていない発泡酒の瓶を取り出す。
「酔えねーが、一杯やるか?」
「言わなくてもわかってしまうのが、この仕事の嫌なところね」
陽子は短く溜息を吐きながらも、光が差し出してきたガラスのコップを受け取った。
黄金色の液体を一気に喉へと流し込む。のど越しは完全に酒のそれだったが、どれだけ飲んでも頭が冴えたままだ。ふと見ると、コップの側面に無骨なフォントで『状態異常無効』と印字されている。
もちろん、そんな魔法陣も術式も刻まれてはいない。ただの悪趣味なロゴだ。いや、むしろ「ここにいる監視役が、アルコールごときで状態異常(泥酔)にかかってどうする」という、組織からの無言の戒めなのかもしれなかった。
「しかし、この時期はまだいい。夜の冷え込みがそこまで厳しくないから助かるよな」
光が自分のコップを傾けながら言う。
「そう? 夜の冷えが身体に堪える年になってきたと思うのだけど」
「そぉおなんだよ! 最近さ、ビックリするくらい体力が落ちててな。なぁ陽子、そろそろ俺を助けてくれよ」
「……真智に言うよ?」
陽子が冷ややかな視線を向けると、光はあからさまに両手を振って慌てて見せた。
「待て待て、誤解してないか!? そういう意味じゃない。もうアラフォーを現場で酷使しないでくれって意味だよ!」
「……どうだか。とりあえず、私の半径0.5メートル以内に近づいたら、焼くか、刻むか、凍てつかせるから。それでも良ければいつでもどうぞ」
「マジでもう少し大人を労わってほしいわ……。あ、お望みの布団は出しておいたし、ベッドも作っておいたぞ」
光は肩をすくめ、ロッジの奥にある陽子用の個室を顎で指し示した。
「ふうん……。ねえ、一つ教えて。なんで今回、真智が選ばれなかったの? 光さんでしょ、今回の実戦演習に真智じゃなく私を推薦したの」
陽子のまっすぐな問いに、光は一瞬だけ表情を緩めたが、すぐにいつもの飄々とした笑みに戻って頭を掻いた。
「はぁ……その話は、また今度してやるよ。今日は疲れたろ? ここまでの移動だって楽じゃなかったはずだしさ。ほら、こいつも差し入れだ。ゆっくり休んでくれ、俺はもう寝るよ」
光は陽子の前にノンアル発泡酒の瓶をもう一本置き、ついでに買い込んできたお菓子とつまみの袋を並べると、そのまま自分の部屋へと引っ込んでいった。
「……あ、おいしい」
残された陽子は、差し出されたつまみを口に運び、残りの発泡酒で流し込む。
ふぅ、と深く一息ついた後、自分の部屋に入って光が用意したというベッドを確認した。木枠の組み方から寝具の配置まで、完璧な職人仕事だった。
「構築系か。相変わらず、こういうのだけは上手だよね」
あいつの器用さに少しだけ毒気を抜かれながら、陽子はふかふかのベッドへと潜り込む。丸まるとした心地よい温もりに包まれると、日中の移動の疲労が一気に押し寄せてきた。
――五日間の演習は、まだ始まったばかり。自分の時はどうだったかなと、もう思い出すことも難しいくらい昔に感じるあの日を思い出そうとしていると――彼女はいつしか、深い眠りへと落ちていった。




