↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/108

森林サバイバル1日目 C班の初日

同じ頃、低地の奥深くを進むC班。

リーダーである桜都(おと)の方針は明確だった。チェックポイントを目指すのは明日から、初日の今日は高地へは上がらず、まずは安全な拠点を決めることに専念する。

湿った土の匂いが濃くなっていく鬱蒼とした森の中、先頭を歩いていた朔太郎が不自然に踏み固められた茂みに気づき、足を止めた。


「これ、何かが通った道だよね。人にしては、幅も歩幅もなんか違うけど……間違いなく定期的に使われてる」


「もしかして、獣道(けものみち)ってやつじゃないか? ほら、ここ。これって蹄(ひづめ)の足跡だろ。しかもかなり新しいぞ」

新(あらた)が地面にしゃがみ込み、湿った泥に残された凹凸を指差す。


「捕まえられないかな……。蹄持ちの生き物なら、きっと食べられるよ」

おとがじっと足跡を見つめながら、ぽつりと呟いた。


「よっしゃ、そうしようぜ! 初日から肉にありつけるなら最高じゃんか!」

陸斗が拳を叩きつけ、やる気満々で身を乗り出す。


「じゃあ、まずは俺たちの痕跡を消して、罠を張ろうか」

新が素早く印を結び、人間の臭いや気配を周囲の自然と同化させる『隠蔽魔法』を広範囲に掛けていく。


「罠って言っても、何を餌にする? 木の実とかかな……でも、手元にそんなにないよ」

朔太郎が周囲を見渡して眉をひそめると、おとが小さく手を挙げた。


「ん……任せて。疑似餌(ぎじえ)の魔法、知ってるから」


「おいおい、都合良すぎだろ! なんでそんなマニアックな魔法知ってるんだよ」

陸斗が呆れ半分、感心半分といった様子で豪快に笑う。


「……戦場で、人を死なせないため。もし食糧が尽きても、獣を狩る方法を調べておけば役に立つと思って。これなら私でもできるから」

淡々と、けれど強い意志の宿ったおとの言葉に、新が深く頷いた。


「おとちゃん、優秀すぎる。準備が良すぎて本当に助かるよ」


「……でも、セットで使うための『罠魔法』も覚えたんだけど、あれは虎バサミみたいな実物の道具がないと発動できなくて……」

おとが少し申し訳なさそうに眉を寄せる。


「あ、それって道具の強化系の術式なのか?」

朔太郎の確認に、おとは「うん、虎バサミの威力を上げる強化系」と頷いた。


「じゃあさ、これで代用できないかな?」

朔太郎が背嚢からロープを取り出し、手際よく大きな輪を作ってみせる。

「古典的だけど、これを地面に仕掛ければ足を縛れるよね?」


「いけるぜ! ロープを物理的に操る補助魔法なら俺の得意分野だ。おとちゃんの疑似餌に引き寄せられたところを、一気に締め上げる。よし、張ろう!」


――作戦が決まれば行動は早かった。

低地の奥、湿った土と木々の匂いが混ざり合う空間で、おとが精神を集中させて疑似餌の魔法を展開する。魔力を編み込んでいく彼女の額には、薄く汗の粒が浮かんでいた。


静寂が数分続いた、その時。

ズシン、と遠くで重い地響きが鳴り、正面の茂みが爆発したように大きく揺れた。低く地を這うような獣の唸り声が、森の空気を震わせる。


「来たッ!!」

陸斗が身構える。


「縛ったる!!!」

新が叫ぶと同時に、朔太郎の仕掛けたロープが魔法の導きによって生き物のように跳ね上がった。


突進してきた巨大な鹿型の巨獣が、勢いよくロープの輪に足を突っ込む。新が魔力で一気に引き絞ると、巨体の前足が見事に宙へと吊り上げられた。


バランスを崩し、咆哮を上げる鹿型の巨獣。

だが、その隙をフロントライナーの陸斗が見逃すはずがなかった。


「おおおおおッ!」

陸斗が爆発的な踏み込みで正面から間合いを詰め、渾身のストレートを巨獣の脳天へと叩き込む。

――ドォン!!

周囲の木々が激しく揺れ、地面が震えるほどの衝撃音とともに、巨大な獣が文字通り一撃で床に殴り倒された。ピクピクと痙攣し、そのまま完全に沈黙する。


「でっか……! なんだこれ、主(ぬし)クラスじゃねぇか……?」

仕留めた獲物の規格外なサイズに、新が目を丸くして呆然と呟いた。


「……肉だ」

朔太郎が眼鏡の位置を直しながら、驚くほど冷静な声で言った。

「これだけの量、もし腐らせずに保存できれば、僕たちの五日間の補給問題は今この瞬間に消滅する」


「やる」

おとが静かに闘志を燃やし、背負っていた工具箱をカチャリと開いた。

「燻製箱(くんせいばこ)、今から作る」


◇


おとは手際よく木材を組み上げ、持参した金具をカンカンと小気味よい音を立てて固定していく。空気の対流を計算し、煙が効率よく肉を巡るよう排気口の微調整を重ねるその姿は、完全に本職のエンジニアのそれだった。

その隣では、新が燻製箱の底面に丁寧な手つきで魔法陣を描き込んでいた。煙の温度と湿度を一定に保つための術式だ。


「煙は低温のまま、じっくり長時間。……新、魔法で内部の“温度の揺れ”を完全に抑え込んで」


「了解。維持魔法、展開!」

新が指先から魔力を流し込むと、木箱の底の魔法陣が淡く発光し、燻製箱の内部環境がピタリと一定の数値で固定された。


「……信じられないな」

朔太郎がその様子を素早く羊皮紙に記録しながら、感嘆の息を漏らす。

「これだけのクオリティなら、初日で手に入れたこの肉を、味を落とさず最終日まで持たせられる。僕たちの食料問題は完全に解決だ」


「すげぇ……! 本当に箱一つで大物の肉を全部保存食にしちまいやがった!」

陸斗が大きな目を輝かせて拍手を送る。


「えへへ、これが“工夫で生き残る”ってことだよ」

おとは少し誇らしげに、けれど柔らかく微笑んだ。


初日にして十分すぎるほどの食料を確保したC班。だが、おとの手は止まらない。彼女は工具箱をパタンと閉じると、仲間たちを見上げた。


「ね、次は寝床を作るの手伝って。……陸斗君、近くの木を切り出して『すのこ』を作れる?」


「おう、任せとけ! 切り出すための頑丈な鉈(なた)も持ってきてるからな。すぐやってやるよ」


「ありがとう。……朔太郎君と新君は、川までのルートをもう一度確認してきてもらえる? 完全に水源を押さえておきたいんだ。それから、帰りに乾いた樹皮を集めてきてほしい。すのこの下に敷き詰めると、さらに安定すると思うの」


「分かったよ、行ってくる。ついでに水も上限まで汲んでくるよ」

朔太郎と新がそう言って、手際よく森の奥へと歩き出す。


「みんな、お願いね。私はその間に、炭焼きの準備をしておく。炭を使うのは明日以降でいいと思うけど、水を二段濾過するためのフィルターを作る準備を今のうちにしておきたいんだ」


――数時間後。

おとの的確な指示によって、班Cの拠点には食料だけでなく、見事な寝床の土台までが完成しつつあった。

すっかり日が落ち、森の夜気が周囲を包み込む頃。彼らは、持参した鉄缶に細かく割った木片をぎっしりと詰め込み、それを焚き火の熱にかけていた。赤々と燃える炎を、4人で静かに囲む。


「悪い。急いで作ったから、すのこ、あんまり平らに出来んかったな……」

陸斗が申し訳なさそうに頭を掻く。


「いや、十分すぎる出来だよ。地面の泥に直接身体が沈み込まないのが、これほどありがたいとは思わなかったな」

新がすのこの上に寝袋を広げながら、満足げに身体を伸ばした。


「明日の朝、時間が空いたら一緒に少し削りだそう。そうすればもっと快適になるはずだ。何より、今は直接土に寝袋が触れないだけで、体温の奪われ方が全然違うよ」

朔太郎が眼鏡の奥の目を細めて、すのこの効果を冷静に評価する。


「うん。陸斗君、本当にありがとうね。……鹿のときも、陸斗君のおかげで……」


おとはそこまで言うと、張り詰めていた緊張が一気に解けたのか、言葉を濁らせたままこてんと首を傾げ、小さな寝息を立て始めた。


「お疲れ、おとちゃん」

新は優しく微笑み、じきに煙の出なくなった鉄缶を、火傷しないよう布越しに火から外した。缶の隙間から覗く木片は、見事な黒漆色の『炭』へと姿を変えている。


「そのまま、静かに冷えてくれれば完成だな……」

新は小さく呟くと、おとに毛布を掛け、自分も寝袋へと潜り込んだ。

パチパチと爆ぜる焚き火の音と、燻製箱から漂うかすかに香ばしい匂い。それに包まれるようにして、ほどなくして4人は深い眠りへとついていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。