森林サバイバル1日目 C班の初日
同じ頃、低地の奥深くを進むC班。
リーダーである桜都の方針は明確だった。チェックポイントを目指すのは明日から、初日の今日は高地へは上がらず、まずは安全な拠点を決めることに専念する。
湿った土の匂いが濃くなっていく鬱蒼とした森の中、先頭を歩いていた朔太郎が不自然に踏み固められた茂みに気づき、足を止めた。
「これ、何かが通った道だよね。人にしては、幅も歩幅もなんか違うけど……間違いなく定期的に使われてる」
「もしかして、獣道ってやつじゃないか? ほら、ここ。これって蹄の足跡だろ。しかもかなり新しいぞ」
新が地面にしゃがみ込み、湿った泥に残された凹凸を指差す。
「捕まえられないかな……。蹄持ちの生き物なら、きっと食べられるよ」
おとがじっと足跡を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「よっしゃ、そうしようぜ! 初日から肉にありつけるなら最高じゃんか!」
陸斗が拳を叩きつけ、やる気満々で身を乗り出す。
「じゃあ、まずは俺たちの痕跡を消して、罠を張ろうか」
新が素早く印を結び、人間の臭いや気配を周囲の自然と同化させる『隠蔽魔法』を広範囲に掛けていく。
「罠って言っても、何を餌にする? 木の実とかかな……でも、手元にそんなにないよ」
朔太郎が周囲を見渡して眉をひそめると、おとが小さく手を挙げた。
「ん……任せて。疑似餌の魔法、知ってるから」
「おいおい、都合良すぎだろ! なんでそんなマニアックな魔法知ってるんだよ」
陸斗が呆れ半分、感心半分といった様子で豪快に笑う。
「……戦場で、人を死なせないため。もし食糧が尽きても、獣を狩る方法を調べておけば役に立つと思って。これなら私でもできるから」
淡々と、けれど強い意志の宿ったおとの言葉に、新が深く頷いた。
「おとちゃん、優秀すぎる。準備が良すぎて本当に助かるよ」
「……でも、セットで使うための『罠魔法』も覚えたんだけど、あれは虎バサミみたいな実物の道具がないと発動できなくて……」
おとが少し申し訳なさそうに眉を寄せる。
「あ、それって道具の強化系の術式なのか?」
朔太郎の確認に、おとは「うん、虎バサミの威力を上げる強化系」と頷いた。
「じゃあさ、これで代用できないかな?」
朔太郎が背嚢からロープを取り出し、手際よく大きな輪を作ってみせる。
「古典的だけど、これを地面に仕掛ければ足を縛れるよね?」
「いけるぜ! ロープを物理的に操る補助魔法なら俺の得意分野だ。おとちゃんの疑似餌に引き寄せられたところを、一気に締め上げる。よし、張ろう!」
――作戦が決まれば行動は早かった。
低地の奥、湿った土と木々の匂いが混ざり合う空間で、おとが精神を集中させて疑似餌の魔法を展開する。魔力を編み込んでいく彼女の額には、薄く汗の粒が浮かんでいた。
静寂が数分続いた、その時。
ズシン、と遠くで重い地響きが鳴り、正面の茂みが爆発したように大きく揺れた。低く地を這うような獣の唸り声が、森の空気を震わせる。
「来たッ!!」
陸斗が身構える。
「縛ったる!!!」
新が叫ぶと同時に、朔太郎の仕掛けたロープが魔法の導きによって生き物のように跳ね上がった。
突進してきた巨大な鹿型の巨獣が、勢いよくロープの輪に足を突っ込む。新が魔力で一気に引き絞ると、巨体の前足が見事に宙へと吊り上げられた。
バランスを崩し、咆哮を上げる鹿型の巨獣。
だが、その隙をフロントライナーの陸斗が見逃すはずがなかった。
「おおおおおッ!」
陸斗が爆発的な踏み込みで正面から間合いを詰め、渾身のストレートを巨獣の脳天へと叩き込む。
――ドォン!!
周囲の木々が激しく揺れ、地面が震えるほどの衝撃音とともに、巨大な獣が文字通り一撃で床に殴り倒された。ピクピクと痙攣し、そのまま完全に沈黙する。
「でっか……! なんだこれ、主クラスじゃねぇか……?」
仕留めた獲物の規格外なサイズに、新が目を丸くして呆然と呟いた。
「……肉だ」
朔太郎が眼鏡の位置を直しながら、驚くほど冷静な声で言った。
「これだけの量、もし腐らせずに保存できれば、僕たちの五日間の補給問題は今この瞬間に消滅する」
「やる」
おとが静かに闘志を燃やし、背負っていた工具箱をカチャリと開いた。
「燻製箱、今から作る」
◇
おとは手際よく木材を組み上げ、持参した金具をカンカンと小気味よい音を立てて固定していく。空気の対流を計算し、煙が効率よく肉を巡るよう排気口の微調整を重ねるその姿は、完全に本職のエンジニアのそれだった。
その隣では、新が燻製箱の底面に丁寧な手つきで魔法陣を描き込んでいた。煙の温度と湿度を一定に保つための術式だ。
「煙は低温のまま、じっくり長時間。……新、魔法で内部の“温度の揺れ”を完全に抑え込んで」
「了解。維持魔法、展開!」
新が指先から魔力を流し込むと、木箱の底の魔法陣が淡く発光し、燻製箱の内部環境がピタリと一定の数値で固定された。
「……信じられないな」
朔太郎がその様子を素早く羊皮紙に記録しながら、感嘆の息を漏らす。
「これだけのクオリティなら、初日で手に入れたこの肉を、味を落とさず最終日まで持たせられる。僕たちの食料問題は完全に解決だ」
「すげぇ……! 本当に箱一つで大物の肉を全部保存食にしちまいやがった!」
陸斗が大きな目を輝かせて拍手を送る。
「えへへ、これが“工夫で生き残る”ってことだよ」
おとは少し誇らしげに、けれど柔らかく微笑んだ。
初日にして十分すぎるほどの食料を確保したC班。だが、おとの手は止まらない。彼女は工具箱をパタンと閉じると、仲間たちを見上げた。
「ね、次は寝床を作るの手伝って。……陸斗君、近くの木を切り出して『すのこ』を作れる?」
「おう、任せとけ! 切り出すための頑丈な鉈も持ってきてるからな。すぐやってやるよ」
「ありがとう。……朔太郎君と新君は、川までのルートをもう一度確認してきてもらえる? 完全に水源を押さえておきたいんだ。それから、帰りに乾いた樹皮を集めてきてほしい。すのこの下に敷き詰めると、さらに安定すると思うの」
「分かったよ、行ってくる。ついでに水も上限まで汲んでくるよ」
朔太郎と新がそう言って、手際よく森の奥へと歩き出す。
「みんな、お願いね。私はその間に、炭焼きの準備をしておく。炭を使うのは明日以降でいいと思うけど、水を二段濾過するためのフィルターを作る準備を今のうちにしておきたいんだ」
――数時間後。
おとの的確な指示によって、班Cの拠点には食料だけでなく、見事な寝床の土台までが完成しつつあった。
すっかり日が落ち、森の夜気が周囲を包み込む頃。彼らは、持参した鉄缶に細かく割った木片をぎっしりと詰め込み、それを焚き火の熱にかけていた。赤々と燃える炎を、4人で静かに囲む。
「悪い。急いで作ったから、すのこ、あんまり平らに出来んかったな……」
陸斗が申し訳なさそうに頭を掻く。
「いや、十分すぎる出来だよ。地面の泥に直接身体が沈み込まないのが、これほどありがたいとは思わなかったな」
新がすのこの上に寝袋を広げながら、満足げに身体を伸ばした。
「明日の朝、時間が空いたら一緒に少し削りだそう。そうすればもっと快適になるはずだ。何より、今は直接土に寝袋が触れないだけで、体温の奪われ方が全然違うよ」
朔太郎が眼鏡の奥の目を細めて、すのこの効果を冷静に評価する。
「うん。陸斗君、本当にありがとうね。……鹿のときも、陸斗君のおかげで……」
おとはそこまで言うと、張り詰めていた緊張が一気に解けたのか、言葉を濁らせたままこてんと首を傾げ、小さな寝息を立て始めた。
「お疲れ、おとちゃん」
新は優しく微笑み、じきに煙の出なくなった鉄缶を、火傷しないよう布越しに火から外した。缶の隙間から覗く木片は、見事な黒漆色の『炭』へと姿を変えている。
「そのまま、静かに冷えてくれれば完成だな……」
新は小さく呟くと、おとに毛布を掛け、自分も寝袋へと潜り込んだ。
パチパチと爆ぜる焚き火の音と、燻製箱から漂うかすかに香ばしい匂い。それに包まれるようにして、ほどなくして4人は深い眠りへとついていった。




