森林サバイバル1日目 B班の初日
――同じ頃、悠真たちB班は険しい斜面をひたすら登り続けていた。
高度が上がるにつれて吹き抜ける風が強くなり、木々の隙間から一瞬だけ視界が開ける。しかし、標高が高くなっているにもかかわらず、なぜか森の音が圧倒的に少なかった。鳥のさえずりは目に見えて減り、代わりに不気味な静寂が辺りを支配し始める。
「……音が、少ないな」
悠真が周囲を警戒しながら、不安げに呟いた。
「強力な捕食者が近くにいる時、鳥は鳴かない」
はるなが歩調を崩さず、淡々とした声で事実を告げる。
「おいおい、縁起でもねぇな。初っ端から大物と遭遇とか勘弁してくれよ?」
琉生が肩をすくめておどけてみせるが、その目は笑っていない。
「でも、事実だね。はるなの言う通り、ここからはさらに慎重に行こう」
レンが冷静に皆を落ち着かせ、周囲のクリアリング(安全確認)を徹底する。
深く安定した呼吸を繰り返すはるなに対し、緊張からか悠真の呼吸は少し浅くなっている。風が木々を大きく揺らすたび、地面に落ちる枝の影が激しく蠢き、まるで何かが闇に潜んでこちらを覗っているかのように見えた。
やがて辿り着いた稜線付近でようやく坂道が緩やかになり、メンバーたちの荒い息が少しずつ軽くなっていく。
「川はあっちの方向だったな。チェックポイントは……うん、あの向こうか。ミナトたちは『初日は無理して奥まで行かない』って言ってたし、僕らも今日はこのあたりをキャンプ地にしようか」
悠真の提案に、レンが周囲の地面を見定めて頷いた。
「悪くないんじゃないか? なんだか、ちょっと下草が湿っぽくてジメジメしてるが……まあ、魔法で乾かすか」
レンが短く呪文を唱え、手から温かい魔力を放射する。
――小域除水魔法。
レンが放った術式が空間に作用し、あたり一帯の地面からじわじわと余分な水分が抜けていく。さっきまで湿気を含んで重かった広葉樹の落ち葉が、一転してカサカサとした乾燥した音を立て、ふかふかの絨毯へと様変わりした。
「すげー! 一瞬でふかふかになったじゃん。これなら十分寝心地も良さそうだな」
琉生が嬉しそうにその場で足踏みをする。
はるなはその様子を、何も言わずにただ静かに見つめていた。
「よし、じゃあ今のうちに水を汲んで、焚いて濾過しておこう。……それと、初日は移動を優先したから食料がまだ見つかってないんだよね。みんな、一応保存食はある?」
悠真の問いかけに、レンが自分の背嚢を叩いてみせる。
「そいつは大丈夫だ。数日分はきっちり持ってきてる」
4人ともそれぞれ持参した保存食の残量を確かめ、ひとまずは最悪の事態(餓死)がないことを確認し合う。
「じゃあ、俺はさっき通った斜面を少し戻って、川を探して水を汲んでくるわ」
レンが水筒をまとめて手に取る。
「レン、俺も行くよ。悠真とはるなちゃんはここで大人しく待ってて」
琉生が少し格好をつけるようにウインクをして見せ、すぐさまレンの後を追って斜面を駆け下りていった。
「うん、頼むねー」
二人の背中を見送った後、悠真は残されたはるなに向き直った。
「じゃあ、はるなちゃん。僕たちは今のうちに寝床の用意をしちゃおうか?」
「待って……」
はるなが不意に声を鋭くし、細い身体を硬直させた。
「何か、居る」
「え……?」
悠真の背筋に冷たいものが走る。慌てて索敵用の探知魔法を展開すると、脳内マップの座標に2つの不確実な反応が引っかかった。
(2体……木の上から、僕たちを見下ろしてる……!?)
悠真は息を呑み、検知した頭上の方向へパッと視線を向けた。
「あっち……? なんだろ、葉が茂っててくそっ、よく見えない……!」
「私が行ってみる。魔力の格からして、多分そこまで危なくない。ここで待ってて」
はるなはそれだけ言い残すと、腰の細金を音もなく引き抜いた。
深く腰を落とした直後、彼女の身体がバネのように弾ける。垂直に近い幹を、木々から木々へと交互に鋭く跳ね渡りながら、はるなは一瞬で鬱蒼とした梢の上へと駆け上がっていった。
「……まぁ、彼女の実力はわかってたけど、相変わらず凄すぎだな」
圧倒的な身体能力を見せつけられ、悠真は呆然と上空を見上げるしかなかった。
頭上から生暖かい風がひと吹きし、激しく木々が揺れる音が響く。
直後、ざざっと木の葉を分ける音がして、はるなが何事もなかったかのように上空からしなやかに降り立ってきた。その細剣の先には、何か肉塊のようなものが突き刺さっている。
「魔物じゃない感じ。ただの獣だと思う」
はるなが差し出してきたのは、手足の間に大きな皮膜を持った小動物の死体だった。
「んー、なるほど。多分、ムササビだよこれ」
悠真がその特徴的な体を覗き込んで鑑定する。
「そ……」
はるなは興味を失ったように短く呟き、剣を引いた。
ちょうどその時、斜面の下から足音が近づき、レンと琉生が水筒を揺らしながら戻ってきた。
「おーい、水汲んできたぞ!」
「ふぅ、ありがとう! さっそく火を起こして沸かして、濾過しようか。今日はもう暗くなる前に、このあたりで一旦休もう」
戻ってきた琉生は、地面に転がされたムササビの死体を見て「うわっ!」と大袈裟に驚いていたが、レンは特に動じることもなく、自分の寝袋を広げる作業を淡々と始めていた。




